第 三百 話 起死回生の眼差し
「……何を言っているのですかな?」
袖口に筒状の道具を仕舞いながら肯定も否定もしない。まだ明確な返答を控えていた。
その場の視線がヨハンに集中する。
「僕は知っている。シグラムでそれを実際に目にしているからね。それはオルフォード・ハングバルム伯爵が持っていた物と似ている。いや、そっくりと言ってもいい」
「何かの見間違いでは?」
「じゃあもう一度見せてもらっても?」
再度の問いかけ。次に視線はドグラスに集中した。
「…………ぐぅ」
ヨハンの言葉を聞いたドグラスは周囲に聞こえないよう声を漏らして奥歯を噛み、どう答えようかと思案する様子を見せている。
「(あの感じ、やっぱり)」
仮にそれが違っていれば迷うことなくそのまま見せるはずだし、見せなければ追及すれば良い。今は落とした道具が何かと尋ねるよりもここは不確かであろうともシトラスの笛だと断定した方が相手の反応が見られる。
「…………」
僅かの間を挟んで、ドグラスは袖口から筒状の物を取り出した。
「……これが我々の探していた魔道具だと?」
「はい。それをどうしてあなたが持っているのですか?」
所持していることを追求すれば何かしらの打開策が見えるかもしれない。あとはその反応次第でどう答えるか。
「……そうか。これが件の魔道具か。お前はどうやらカレン様に決定的な証拠を突き付けたようだな」
小さく口角を上げるドグラスは笑みを浮かべる。
「どうして笑うんですか?」
ここで認めれば追い詰められるのはドグラスの方。しかしその様子の一切を見せない。
「いえいえ。これが魔物を召喚する魔道具ですか。ふむ。異様な感じがしたので持ち歩いておいて正解でしたな」
「何を言っているの?」
「いえ、これはカレン様の部屋で見つけたのですが?」
ニタっと悪魔的な笑みでドグラスはカレンを見た。
「なんですって!?」
突如としてカレンに矛先が向けられる。全く身に覚えのない突拍子もない話。
「なるほどなるほど。ではやはりカレン様がコレを使って何やら企んでいた、と。そういうことでよろしいでしょうか? そうなると背後関係も調べないといけないようですな」
「そ、そんなわけないでしょう!」
声を荒げて否定するカレン。
「わたしはそんなの知らないわよ!」
「しかしこれはここへ来る前に、間違いなくカレン様の部屋で見つけたのですよ」
カレンの反逆の嫌疑が掛かった時に部屋の中を捜索して見つけたと言い張るドグラス。
「ドグラス殿。いつまで話し込んでおるのですか。そろそろお戻りください。ルーシュ様もドグラス殿が戻らないとどうにも不安になっているようでしてな」
そこで会話を遮る様に天幕から姿を見せたのはレグルス侯爵。カレン達を一瞥するだけに留める。
「これはレグルス殿。そうですな。今のルーシュ様には我が寄り添ってあげなければいけませんからな。ではペガサスの皆様方。これで重要な証拠を掴めそうなので、逃がさないようよろしくお願いしますよ」
ペガサスの一同はただただそのやりとりを聞いていただけで、お互いに顔を見合わせ困惑する。
「どうするのだローズ?」
「わからないわ。私達には判断出来ない話だもの」
そこでニーナはドグラスとレグルスが並んだところでピクリと反応した。
「ねぇ。オジサン。それって一つしかないの?」
ドグラスはレグルスに天幕に招き入れられようとしていたところでピタと足を止める。
「それはどういうことですかな。お嬢さん?」
「だからぁ。その魔道具は一つだけしかないの?」
「ああ。そういうことでしたか。カレン様の部屋から見付けたのは一つだけですよ」
「ほんとにぃ?」
「疑い深い娘ですな。もちろん一つですよ。なんでしたら調べてみては?」
ドグラスは両手を広げてまさぐって調べてみても良いとばかりの仕草を見せる。その返答を受けたニーナはニヤッと口角を上げた。
「あっそ。ならさ。どうしてそっちの人も同じの持ってるのかなぁ?」
真っ直ぐニーナはレグルスを指差す。
「あたしには視えるんだよね。その道具と同じ色をした道具を、そっちのオジサンが持っているってのが」
そのまま指を目の周りに持っていき輪っかを作ってみせた。
「なッ!?」
ニーナの言葉の意味をすぐに理解できなかったドグラスなのだが、理解したと同時にハッとなる。
「きき、貴様ッ! まさかアレを持ち出しているのかッ!?」
グルンと顔を回したドグラスがレグルスを見るのだが、レグルスは意味がわからずに困惑した。
「も、持ち出すって、何をですか?」
「ぐっ!」
ドグラスとレグルスのその僅かなやりとり、それを見たカレンは腰に手を当てて、ふぅっと大きく息を吐く。
「動かないでっ!」
突然響き渡る凛とした声にその場はシンとする。チラと一瞬だけカレンはヨハンを見てニコリと微笑み、目が合う自信に満ち溢れたその笑みには光明を見出しているというのだと一目でわかった。
「カレン様っ!」
「黙りなさいドグラスッ!」
「うぐっ」
カレンの一喝によってドグラスは怯む。
「良くやったわニーナ」
「えへへ」
ニーナがはにかんでいる中、カレンは全体を見回してから口を開いた。
「さて。やっぱり二つだったという言い訳は聞かないわよドグラス。あれだけ念入りに確認したにも関わらずあなたは自信満々に一つだと断言したのだから。それに、あなたが先程レグルスに対して口にした言葉。それが何よりの証拠だわ」
形勢逆転した実感を得たカレンがこの場を堂々と仕切る。
「ど、どういうことですかなドグラス殿?」
「…………」
わけがわからないレグルスは首を回してカレンとドグラスと交互に見るのだが、ドグラスは無言で鋭い眼差しをカレンに突き刺していた。
「マヌケなあなたにもわかるように説明してあげましょう。レグルス侯爵」
「な、なにを……」
「その前に、ルーシュにも説明しなければいけないのでローズさん。ルーシュを呼んで来てもらえますか?」
「わかりました」
ローズが天幕に向かって歩き出す。
「おいっ! 勝手なことは!」
「うぅっ」
ギンッとローズに睨みつけられたレグルスは唇を震わせてその場に立ち竦んだ。これ以上踏み込めば殺されてしまう。そんな危機感を直感的に受けてしまっていた。
「わたしはルーシュ様の護衛なのだから中に入ってもいいはずよ」
冷たく言い放たれながらローズは天幕の中に入っていく。
少しすると、ローズを先頭にして、ノーマン内政官とトリスタン将軍の後に続いてルーシュ・エルネライが天幕から出て来た。
「……姉様」
その表情はどう繕ったらいいのかわからず困惑している。
「ルーシュ。今は何も言わないで。ドグラス達から何を吹き込まれたか知らないけど、お姉ちゃんが話すこと。しっかり聞いていて欲しいの。それでルーシュ……いいえ。あなた自身。ルーシュ・エルネライ第三皇子として判断して欲しいの」
優しくも厳しい眼差し。今まで向けられた姉の笑顔の中で一度も見たことがない儚さも伴っていたのだが、すぐにそれは消えていった。
「さて。全員集まったことですし、話を再開するわね」
現状に置ける理解が個々に異なるのだが、誰も彼もがカレンの言葉に注目している。
「今回ルーシュとわたしは帝国内で未知の脅威。魔物を召喚するという魔道具を探しに来たことは皆さんご存知ですね」
「…………」
当初の目的。今となってはルーシュを次期皇帝に擁立するという流れになってしまっているのだが、ルーシュから託されたカレンの任務。
「たった今、それをドグラスが所持しているという確認が取れました。まだ認めたわけではないですが、その様子だともう認めた様なものですね」
「ど、ドグラス殿?」
目を泳がせるレグルスはドグラスを見るのだが、ドグラスはレグルスに見向きもしない。カレンとルーシュの表情のみに注目していた。
「それとレグルス侯爵、あなたがそれを所持しているとなればそれがどういうことなのか、わからない程愚かではありませんよね?」
「えっ?」
「何故それをここに隠し持ってきているのか」
「あっ……やっ、それは、どどど、どういう意味ですかな」
しどろもどろになるレグルスは無意識に胸元に手を送る。その仕草だけでももう所持しているのだと断定できるほどの怪しさ。
「詳しいことはまた後で調査をする必要があるでしょうけど、帝国を脅かしていたのは他ならないあなた達ではありませんか?」
「そ、それは……」
カレンに問い詰められ口籠るレグルス。ドグラスは未だに無言を貫いていた。
「ルーシュ達は聞いていなかったけど、たった今ドグラスはその道具がわたしの部屋から出て来たと。確かにそう言いました。それはここにいる全員がそれを聞いています。わたしを追い詰める為に反逆者に仕立て上げようとしたその魔道具、探していた魔道具を二つも所持していたことを、わたしはまだしもルーシュにさえ何の報告もないなどとはどんな言い訳も通らないわ」
饒舌に一気に捲し立てる。既に大勢は決していたという自信もカレンにはあった。細かなことはこれから擦り合わせていかなければいけないがこれで誤解も解けたはず。
「……では、毒物の件はどう弁明するおつもりでしょうか?」
そこでようやく口を開いたドグラス。その話はまるで方向違いの話。魔道具のことから話題を逸らした内容。
「それはわたしにもまだわからないわ」
毒殺未遂事件。先日までは帝位継承権第二位であるアイゼン・エルネライに疑いが掛けられ、アイゼンとルーシュが対立する様相を呈していたのだが、毒物混入に関することのその詳細は未だに掴めていない。
「けれど、それもわたしが解明してみせるわ」
「それだけはっきりと申していますが、カレン様の疑いがそれだけで晴れたというわけではありません。魔道具の件は別にして、カレン様が毒を盛っていないという証明をされないことには全てが戯言に聞こえますぞ」
ドグラスが優位に立っているわけではないのだが、それでも反論するだけの言葉をここに居る誰も持ち得ていない。どちらの言葉を信じればいいのかわからないルーシュは不安気に二人を見る。
「それについては俺から話そう」
「えっ?」
不意にカレンが声を漏らすのは、その声が今ここで聞こえてくることがまるで信じられなかった。
「に、兄さん?」
「兄さま!」
背後に張られていた天幕の裏から姿を見せたのは剣聖ラウル・エルネライ。カレンとルーシュの兄である帝位継承権第一位の男。
「ラウルさん!」
「おっちゃん」
「待たせたなカレン。それにヨハンとニーナも」
突如として姿を見せたラウル。
そこでカレンはパアッと表情を明るくさせたのだが、嬉々としたのはカレンだけではない。ドグラスもラウルの存在を確認するなりニタっと笑みを浮かべた。




