第二十九話 王家からの依頼
王と謁見していた玉座の間から場所を変え、案内されたのは小さな会議室であった。
中央には円卓が置かれ、周囲に椅子が並べられている。促されるままにそれぞれが座り、すぐにメイドから紅茶が運ばれてきた。
「では、私はこれにて」
近衛隊長のジャンが王に退室の許可を求める。
「ああ、すまんな、今日はもう大丈夫だ。それにガルドフもいるしな」
「では失礼します」
そう言いながらジャンが退室する。
王の前でのジャンの佇まいは、王宮前でガルドフに絡んでいた時とは全く違っており、同じ人物には思えない程だった。さすがは一流の近衛隊長といったところか。立派なものだ。
「さて、と。まずは俺とスフィンクスの話なんだが――――」
ローファス王はヨハン達をジッと見渡した後に話し始める。
先代国王であったローファス王の父がスフィンクスに依頼を行ったのがきっかけであった。
まだスフィンクスを結成される前の頃、ガルドフに連れられて旅をしていた少年時代のアトム。ガルドフが用事で王宮を訪れた際に、若かりし当時のローファス王子とアトムが出会った。
お互い若かったこともあり初対面では反りが合わず喧嘩をしてしまう。それも相当な大喧嘩であった。
「――スフィンクスのメンバーと喧嘩っすか…………」
レインが呆気に取られながら当時の王子を想像して王の言葉を反芻する。
「ああ、まぁな。アトムの野郎が生意気なガキでな。そもそも当時はスフィンクスなんてもんはまだできてなかったけどな」
「それに王子と喧嘩するヨハンのお父さんって一体どんな人なのよ…………」
モニカも王子と喧嘩するヨハンの父がすごいと言ったらいいのか、スフィンクスのメンバーと喧嘩をするローファス王がすごいといったらいいのかなんともいえない気分になる。
「(いや、そもそもスフィンクスのメンバーと喧嘩できる実力の王子ってどんだけ!?だからエレナもあれだけつよいんだな)」
レインが脳内でエレナの力の出所に少しばかりの納得がいっていた。
「まぁそういうお主も当時は相当な悪ガキであったぞ」
ローファス王とアトムのそれぞれの若い頃を知るガルドフが一言添える。
「あっはっはっは、違いねぇ!あんときはガルドフにこっぴどくやられたな!それにシルビアさんにもな!」
笑いながら当時を懐かしそうにローファス王は話した。
「シルビア……さん?」
ここに居ない人物の名前にヨハン達が疑問に思っていたところにガルドフがおおっと言葉を重ねる。
「おお、シルビアはスフィンクスのメンバーじゃ。魔法の腕に関してはあやつ以上の者は中々おらんぞ」
「じゃあもしかしてお母さんは?」
「そうじゃ、シルビアはエリザの師にあたる。それはそれは厳しく教え込まれていたな」
ふと疑問に思ったことにガルドフが答えた。
「その人、今はどうしていらっしゃるのですか?」
「あやつは今単独で余所におる。ちょっと特殊な環境で今は会えんのぉ」
「そうでしたか、残念ですわね。どんな人か一度会って見たかったですわ」
「いやいや、エレナよ。やめておけ。あのおばはんマジで恐ぇから」
エレナの質問に、何度も怒られたことが甦ったのか、ローファス王が少し曇った表情で回顧している。
「それで、喧嘩したお父さんとどうして仲良くなったのですか?」
「ああ、それはな――――」
ローファス王は話を続けた。
つまるところ、実力は高かったが世間知らずで無鉄砲な父アトムと、王族で力もあり庶民を下に見ていた王子のお互いが反発して、それぞれ「生意気だな負かしてやろう」となったのであった。
しかしお互いすぐに倒せると思っていたのだが、実力が拮抗していた上、長期化しそうになったところにガルドフとシルビアにのされたのである。
その後、お互いを認め合うことになるのだが、事あるごとに顔を合わせては喧嘩をしていたのであった。
「先代国王は何故お止めにならなかったのですか?」
モニカの疑問も当然である。自国の王子が見ず知らずの冒険者の若者に喧嘩を売られたのだ。打ち首になってもおかしくはない。
「それは、この国の歴史に大きく関わることです」
ジェニファー王妃が言葉を挟む。
「この国では例え王族であろうとも一定以上の力が必要とされます。政治的な力はもちろん、実戦的な力も。生きる上で個人として必要な力のことですが。大昔、かつてこの国、といっても当時の国は今の国とはまた別の国になるのですが、ともかく、当時魔族によって恐怖に陥れられました。そして、魔族の王、魔王を倒したのが王家の祖先にあたる方らしいのです。その方が滅亡した国に代わり、新たな国を建国し今に至ります。王家の血筋はいつ国に危機が訪れても先陣をきって戦えるよう、民を鼓舞できるように常に力が必要とされるのです。戦争で王が民の後ろで踏ん反り返るのではなく、背中を見せられるように代々そう教えられていきます。ですので、この方とアトム様との喧嘩に際しましてもお父様、先代国王は命に関わりがあるようなものではないですので放っておいたようです。それに、先程ガルドフ様が言われたようにあのあたりで一度お灸を据えられる必要もあったようですしね。元来、その役目は近衛隊長が勤めていたのですが」
最後の方で王妃は笑いながら話した。
「まぁそういった事情でエレナは今冒険者学校に通っていますの(それに…………)」
そう言いながら王妃はエレナ・ヨハン・モニカと目をやり、どこか慈しむような視線を送る。
「(もう任せるしかありません)」
その後ローファス王に目を向けると、王妃の視線を感じ取った王は小さく頷いた。
「まぁそういった感じであいつとは仲良くなったんだ」
「……そうだったんですね」
こんなところで父の話を聞けるとは、自分の知らない父の一面を知れたことでどこか嬉しくなる。
「それで、本題なんだが、話に出てきた魔族。こいつについて、だ」
今回王宮に招かれた話の核心について話が移った。
「魔王はその昔に封印された。ここまではわかったな?それが魔王の眷属である魔族が復活しだしている。元々魔族は絶滅していなかったのはわかっていたのだが、魔王が封印されたことによりその力のほとんどは失われている。仮に相対してもこれまではそれほど脅威ではなかった。といってもそれでも魔獣クラスにはそれなりに脅威ではあったのだがな。それが、以前スフィンクスに討伐してもらったやつにしても今回冒険者学校に現れたやつにしても過去に類を見ない程の力を発しているみたいだ」
ローファス王は少しばかり表情を落として話す。
「そこでだ、この国から北へ遠く離れたところにエルフの里がある。そこには世界樹の木があってな、その世界樹の様子を見てきて欲しいってのが今回お前たち『キズナ』に依頼したい内容だ」
突然依頼を出されたことでそれぞれ驚き目を丸くした。
「僕たちに依頼……ですか?けれども僕たちはまだギルドではBランク扱いですよ?王家からの依頼を受けられるのはSランクだけではなかったのですか?」
「ああそうじゃ、しかし今回の魔族討伐の件もありお主らのランクはAランク相当になっておる」
ガルドフによって唐突に今回の件による昇級が伝えられる。
「(おいおい、俺にAランクは荷が重いって!)だ、だとしてもSランク相当の依頼なんて俺たちには…………」
「確かに王家から依頼を直接受けられるのはSランクだ。けど、今スフィンクスは活動を休止中な上にもうひとつのSランクパーティーには今別の依頼をしてもらっている。それに、今回はそれほどの難題な依頼ではないぞ。難度でいえばAランクだな」
とはいうものの、どうしたらいいものか。
レイン達に視線を向けると、レインは顔を横に振りたそうにしていたのだが、モニカとエレナは小さく頷いた。それは判断は任せるという風に受け取れる。
「……わかりました。それでエルフの里に行って僕たちは何をすれば?」
「特に何かをするわけではない。その世界樹の木の輝きを見てきて欲しいだけだ」
「「「「?」」」」
それぞれ同じように顔を捻った。
見て来るだけとは一体どういうことなのだろうか。
「――――エレナはもういいの?」
先程まで綺麗なドレスに身を包んでいたエレナであったが、ヨハン達が帰る際に一緒に帰ることとなり、もういつもの普段着に着替えていた。
「ええ、あくまでも王女としての体面を取り繕っただけですし、もう終わりましたわ」
「そっか」
「それにしても、まさか王家から依頼を受けるなんてね」
モニカも緊張が解けたみたいにいつも通りにしている。
「そういや案内の人を付けるって言っていたな」
レインがローファス王からの依頼に関する事項を思い出していた。
ローファス王から依頼された内容はこうだった。
キズナのメンバーでエルフの里に赴き、長と面会した後に世界樹の輝きの確認をするというもの。
世界樹は、魔王が封印されている時は神々しく光を放っており、魔王の封印が解けるに従って輝きが失われていくというものだった。それらを確認して報告するというもの。
そのエルフの里が王都の遥か北に位置する森の奥深くにあり、普通に森に入っても辿り着くことが出来ず、里に入るための特別な道案内を寄越してくれるというのであった。
「ガルドフ校長は僕たちの知っている人って言っていたけど…………」
ガルドフは王とまだ話があるといって残ってるのでこの場にはいない。
ヨハン達四人は歩きながらエレナに宮廷内を簡単に案内されながら今後について話をしていた。
エルフの里には通常馬車を用いても丸5日ほどかかるところにあるらしい。時期的にも冒険者学校が長期休暇に入るタイミングであったため、丁度都合が良かった。
―――王宮内―――
ヨハン達を見送った後、部屋の中にはローファス王にジェニファー王妃とガルドフのみとなっている。
「ローファスにジェニファーよ、今の話は真の話じゃな?」
神妙な顔つきでガルドフが王と王妃に話し掛ける。
「ああ、こんな話で嘘なんかつかねぇよ」
「はい」
王と王妃は少しばかり目に涙を浮かべながらガルドフの問いに答えた。
「そうか、お前たちがそう言うのであれば儂からはもう何も言わんさ。学内でのことは任せておいてくれ。シェバンニもおるしの」
「そこは心配していないさ。それよりも、魔族の件だが。万が一の時には――――」
「先程の話が真実であるならば、な。こっちでもやれるだけのことはやってみるわい」
「すまない、任せる」
「ガルドフ様、申し訳ありません」
王と王妃の顔が悲哀の表情から謝罪の表情に変わる。
「過ぎた事を言っても仕方あるまい。それにこの国の安寧は王家により脈々と受け継がれていたのは確かなのじゃから」
「そう言ってもらえると助かる」
「なるべく早く報告できたらいいが…………まあ気長にまっといとくれ。ではまたの」
「ああ、頼んだ」
「よろしくお願いします」
ガルドフが王と王妃に挨拶を済ませ部屋から出ていく。
その表情には決意と覚悟が刻まれていた。




