第二話 母の試験
―――午後―――
「ヨハン、大丈夫?」
ヨハンが目を覚ますと母エリザと父アトムの姿があった。
「ヨハン、お前は魔法の才能があるとはおもっていたが、剣技もとんでもねぇな」
アトムがヨハンとの模擬戦を回想しながら驚きを隠せずにいる。
「うん、でもお父さんには勝てなかった」
「当たり前だ!俺は魔法は大したことはねぇが、剣の腕は冒険者の中でもトップクラスだったんだぞ!」
「そうよ。お父さん、剣だけは凄かったんだから」
「おいおい母さん。『剣だけは』ってそれはちょっとひどくないか?」
「ふふっ」母が意地悪く笑う。
「お父さん、最後にお父さんがぼんやりと光ってたあれって?」
ヨハンは両親のやりとりを横目にふと疑問に思ったことを口にする。
「あぁ、あれはな、仕合中にもちらっと言ったが、『闘気』ってもんでな。魔力を闘気に変換して自分の力に変えるもんなんだ。父さんも若い時に結構苦労して身に付けたもんで、お前にはまだ難しいと思うがな。まぁまだ一週間あるんだ。お前が冒険者学校に入学するまでに基礎くらいは教えてやるよ。それよりも、これも仕合い中にお前が言っていた負荷ってのは何だ?お前が父さんの思っていた以上に強かったのはそれのおかげなんだろ?」
「あーうん、その、これも魔法なんだと思うんだけど。お父さんとの鍛錬の時、なんだか物足りなくて。でもちょっと言えなかったから自分で体を重くしたんだ。なんていうか体重を重くするようなだるくするような…………」
アトムを前にして申し訳なく思う。物足りないなんて言ったらどう思われるか。
「……おめぇそれ、負荷っていうか、もう闘気を使える一歩手前じゃねぇか?」
「えっ?そうなの?」
アトムは目を丸くしてヨハンを見る。
「あぁ。お前の言うその負荷の反対の事をしてみろ。身体を軽く、頑丈にする感じだな。魔力の変換は体内の魔力を感じ取ってってのはお前には説明の必要がないかも知れないが、まぁ感じ取った後に魔力を身体全体に張り付くようにするんだ。あとは鍛錬次第で効果の比率が変わるさ」
「張り付かせる……か。こう…………かな?」
ヨハンの体が少しだが薄く黄色く光る。
「ははっ、すげぇな。これもあっさりやってのけるか。だが、まだ粗さが目立つな。これはな、身体の基本的な強さと魔力を闘気に変換する効率の良さと精度が求められる。魔力の量はそれほど必要とはしないし、剣士や戦士などの肉体での戦闘を基本とするやつらが身に付けるもんだからな。魔道士とはまた魔力の扱いが異なるから必ずしも魔力量が多い才能のある魔法使いが強いとは限らないんだ。身体の動きに対して闘気のコントロールも必要になるしな。けど、おめぇ魔導士じゃなくて剣士でもいけるんじゃねぇか?」
「ちょっと待って!まだ午後の私の魔法実技があるんだから。確かにこれだけ見ればそう思うけど、魔法実技を見てから考えてよ」
エリザは慌てて声を挟んできた。
――――そうして午前中にアトムとヨハンが仕合った草原に次は母エリザとヨハンが立っている。アトムは少し離れて腕を組んで見ていた。
「お母さんからはお父さんみたいな模擬戦はしないわ。ヨハンがこれまで勉強してきた成果を見せてくれたらいいから」
「成果って言われてもどうしたらいいの?」
「そうね、ヨハンが得意な魔法を発動してくれたらいいわ。火・水・土・風のどれでもいいから。それに対してお母さんがヨハンの魔法を消していくから」
「わかった」
そういうとヨハンは手の平に魔力を集中させて空中に直径3メートル程ある炎の塊を浮かばせる。
「相変わらず凄いわね。さすが私の息子。じゃあいくわよ」
エリザはヨハンが出した火球に対して手をかざす。水魔法で作った大きな水球を当ててあっさりと相殺した。火球のあった場所には蒸気と地面を水が滴っている。
「まだまだこんなものじゃないでしょ。もっと強く!」
「なるほど。そういうことか。じゃこれでどうかな?」
ヨハンは同じ様な火球を作り出す。
「? 何か変わった?」
目の前の火球を見てもエリザには違いがわからない。
同じ様にエリザが手をかざして水魔法を火球に対して繰り出し相殺しようとした瞬間――――。
「!?」
ズモモと大きな音を立てて地面が隆起する。
水球は火球に届く前に霧散した。そこには火球を守るように土の壁がそびえ立っていた。
「驚いた。これあなたが出したの?」
この場においてはそれ以外に考えられない。
「そうだよ。お母さんの水球で消えないようにすることもできるとは思うんだけど、こうした方がもっといいんじゃないかと思って。他にもおんなじような水球を作って当てることも出来るし、風で水球を切り裂くって方法も思いついたんだけど?」
他に何があるのかと頭を捻り思い付いたことを口にする。それを聞いたエリザは頭を抱えた。
「はぁ。もういい、わかったわ。異なる属性の同時発動なんてそれこそとんでもないわ。あなたはやっぱり魔道士になるべきよ!それと、お父さんが闘気を教えたようにお母さんの取っておきをこれからあなたに教えてあげるわ」
そういうと、エリザはブツブツと呪文を唱える。エリザの周囲を取り囲むように魔力が張り巡らされていく。
「――――我、汝の力を解き放て《ウォータードラゴン》」
爆発の様な魔力の開放がエリザを覆った。
エリザの眼前、空中に海竜が姿を顕し漂っている。
ウォータードラゴンと呼ばれた海竜は空を見上げると、遥か上空に向かって激しい水流を咆哮し、上空に浮かんでいた雲に大きな穴を穿つ。
そのあまりの衝撃にヨハンも驚愕の表情で見つめた。
しばらくすると辺り一面に大雨と見間違わん程の雨粒が落ちてくる。
「ふふっ、どう?これがお母さんのとっておき。世界では『召喚術』と呼ばれているものね。召喚術は具体的にどんなものかは決まっていないの。世界に存在するマナを自身の魔力と同化させて神獣に捧げるの。その見返りに神獣の力の一部を借りる事ができるのが召喚術ね。水のウォータードラゴン以外にも炎のファイヤーバードや風のウインドドッグなどがその代表かな?」
「お母さん、これすっごいね!僕もこれ使ってみたい!」
「うんでもこれは魔力の多さももちろんだけど、むやみやたらに使えるものではないわ。まず神獣のイメージとマナと魔法属性の同化。そして明確な使用目的。これらを成立させないとそもそも召喚自体が成功しないの。ちなみに、小さな召喚なら可能なんだけど、これ以上教えることはできないんだ。王国の方でも召喚に関しては色々規制があるのよ」
ヨハンの驚く顔を見てエリザは満足そうに笑う。
「そっかぁ、残念」
「まぁでもここまで魔法に愛されたヨハンならすぐに使えるようになるんじゃないかな?冒険者学校にも召喚術に詳しい先生もいるし。お母さんの昔馴染みなんだけどね」
「わかった、冒険者学校で教えてもらうのを楽しみにしておくね!」
こうしてアトムとエリザの冒険者学校入学前に行われたテストは終わった。
一般的にはこれらのことは冒険者学校に入学してから習うことになるのであるが、両親が名うての元冒険者であった為とヨハン自身の才能もあり、既にそこらの冒険者では到底太刀打ちできない程の実力を身に付けることになる。
ヨハン自身は周囲に同年代の子どもがいなく、比較することのできる相手がいなかった為にその事実に気付くのは冒険者学校に入学してからしばらく後のことであった。