第二百九十三話 違える約束
ローズが自分達の勝ちを宣言することから遡ること少し前――――。
「――仕方ない」
ヨハンの動きに翻弄されるバルトラは大きく息を吐く。あれから何度となく近付かれては攻撃を仕掛けられ逃げられていた。
巨大な火球などは放たれずに小規模魔法での陽動をされるのに留まるのだが、それでもいつ大規模魔法が放たれるのかと警戒を怠れないことに神経を摺り減らされ精神的に消耗しつつもある。
「やるのかアレを?」
隣に立つバルトラに対して目を細めて見るジェイド。
「ああ。もう認めようではないか。アレは強い。それもかなりの強さだ。アイツ以来だ。こんな思いをするのは」
「口惜しいがあの男、アトムだな。戦っている最中に強くなる者などといえばヤツ以外にいない」
苦々しい二人の過去。思い出すだけでも歯痒さが甦る。
「こういう奴は調子に乗らせればどこまで伸びるかわからん。このままでは我らが敗北しかねない。何より敗北は許さない。例え子ども相手に我等二人掛かりであったしても、だ」
「……わかっておる」
「次に仕掛けてきた時がその時だ」
バルトラは巨大な斧に魔力を流し込むと、斧は紫の光を伴ってパリパリと帯電し始める。そのまま重心を低くさせ斧の柄をズンッと地面に突き刺した。
「むんっ!」
斧の先端に帯電した魔力の塊が集まり始め、バルトラがグッと魔力を込めると上空に魔力の塊が射出される。ゴオッと紫の光は上空で大きく弾けるとゴロゴロと雲を形作り、雷鳴を轟かせた。
「コレは我の魔力量ではそう何度と使えん」
「知っておる」
ジェイドは槍をグッと構えてヨハンが次に仕掛けて来る時に備える。
「おそらく奴ももうこれ以上は手をこまねいてはおるまい」
膠着状態が長引けば不利なのはヨハンの方だということはわかっていた。
◇ ◆
「はぁ、はぁ、はぁ……――」
岩に隠れて呼吸を整えるヨハン。
「――……くそっ。わかっていたけど相当強い」
最初の奇襲以来どうにも攻めあぐねてしまっている。中途半端な攻撃だと意味がないので可能な限り小さく魔法を放ちつつ慎重に陽動を仕掛け、なんとか隙を作ることに成功するのだが、そもそもその隙を中々見せない。互いに消耗戦。
「……いや」
それでも脳裏を過るのはなりふり構わなければまだ倒しきれる可能性はあった。
「感覚は…………うん、まだ大丈夫。でも、アレを使ってしまうと僕は…………」
余力を残せずに倒れてしまうかもしれない。仮に倒せたとしてもカレンとニーナの方の応援へ駆けつけられなくなる。
「いや」
遠目に見えるカレンとニーナ。見る限りでは十分に持ち堪えられていた。応援に駆け付けなくとも大丈夫かもしれない。
「それにこの雲。嫌な気配がする」
モクモクと空を覆う黒い雲。パリパリと音を鳴らしていることが不気味でならない。
「なら今はあの二人を倒すことが最優先」
ここで倒しきれないことが一番の問題。そうなるとカレンとニーナに危険が及ぶ。
この戦力差を埋めるためにはそれが一番の勝ち筋のはず。覚悟と信頼を抱いてそのまま闘気と魔法を剣に流し込んだ。
ヨハンの持つ剣はスッと白と黄の光を灯していく。
「自分を信じるんだ」
現状互角程度には戦えているはず。過分でもなく卑下するでもなく正当な評価。以前の自分であればとっくに倒されていた。
「よしッ!」
周囲の気配を探ってもジェイドとバルトラは未だに動いていない。今ならこの位置から岩越でも不意討ちを仕掛けられるはず。卑怯だなんだと言っていられない。ヨハンはゆっくりと剣を横に構えた。
「光撃閃……いや、光閃連撃だ」
もう全力を出すしかない。この一撃で決めるつもりで。
身体の中を駆け巡る魔力の荒々しさを受けながら、大きく息を吐く。
「いくぞッ!」
賭けに頼ってしまうことは良くない。それでも賭けなければこの場は乗り切れない。これはそれだけの死線。
グッと剣を握る手に力を込めて大きく振り下ろし、すぐさま横薙ぎに繋ぐように振るった。
「ぐっ!」
剣から放たれる白と黄に輝く二色の斬撃が十字を形作る。
とてつもない疲労感と激痛を得ながら斬撃を見届け、剣閃はザンッと目の前の岩を容易く切り裂き真っ直ぐジェイドとバルトラがいる方角目掛けて飛んでいった。
◇ ◆
周囲を警戒しながら槍の先端に闘気を凝縮させているジェイド。バルトラは地面に突き刺した斧に再度魔力を流し込む。
「ぬうぅぅぅぅっ!」
ただでさえ広範囲に雷雲を発生させた上に更に流す魔力。立ち上る魔力の塊に苦悶の表情を浮かべていた。
「いくぞッ!」
「おう!」
バルトラが斧に溜め込んでいた魔力をドッと解放すると、紫色の魔力の塊はドンっと光弾となって上空に飛んでいく。
上空でその魔力玉は大きく破裂すると同時に雷雲に立ち込めていた稲光はヨハンが生み出した岩場全体を埋め尽くすほどにバリバリと雷を落とした。
「コレでヤツの居所を――ぬぅッ!?」
瞬間。圧倒的なまでの気配が迫って来るのを不意に得る。
直後、ソレが自身の命を危ぶめるものだと理解するのは本能的なもの。
「なにッ!?」
ザンッと目の前の岩が十字に切り裂かれた瞬間にソレ、白と黄の二色の斬撃が飛来した。
「ぐっ!」
「ハアァッ!」
刹那の瞬間。バルトラとジェイド、二人同時に動く。
十字の斬撃、ヨハンが放った光閃連撃に対してバルトラがジェイドを塞ぐように立ち、ジェイドはその方角に向けて即座に刺突一閃を放った。
「ぐううううぅッ!」
「バルトラッ!」
斬撃を両腕に抱え込むバルトラの身体は悲鳴を上げブチブチと血を流し始めている。ジェイドもすぐにヨハンが放った斬撃を搔き消そうと槍を突き刺した。
「ぬ、ぬ、ぬ……っ!」
「ぐおおおおっ!」
全力を込めてコレを消し去らないとバルトラが切り刻まれる。頑強なバルトラであっても間違いなくそれを確信するだけの巨大な力。
「がああああッ!」
「だあああッ!」
ジェイドとバルトラ、全身全霊を込めて斬撃を搔き消すために力を込め、次の瞬間にはパアァンッと鋭く激しい破裂音を伴って斬撃はかき消された。
「ぐ、ぐぅ」
バルトラとジェイドの二人掛かりで光閃連撃を消し去ることに成功する。
「はあ、はあ、ぬ、ぬうう…………」
「く、くそ。まだこんなものを隠し持っていたのか……」
満身創痍。疲労困憊。今にも倒れてしまいそうな程の二人。ここまで追い詰められることになろうとは思いもしなかった。
「だ、だが、こちらも手応えあったぞ」
ニヤリと口角を上げるジェイド。
「歩けるかバルトラ」
「な、なんとか」
身体中の至る所からポタポタと血を流しているバルトラ。ゆっくりと足を動かし、ヨロヨロとジェイドと二人でヨハンを探しに歩いて行く。
◇ ◆
ゴロゴロと雷雲が音を響かせる中でヨハンが放った十字の剣閃。
「くっ……――」
放った直後すぐに膨大な疲労感が襲い掛かって来た。ギリギリで立っていられるのは前回使った時よりかは幾分かマシな感覚がある。
「――……え?」
朦朧とする意識の中でバリバリと音を鳴らして地面にいくつも落ちる稲光。落雷。ソレが落ちてくることは視界に捉え、わかっていたのだが足に力が入らない。
「ぐっ!」
直撃は避けられたのだが地面を伝う雷撃を身体に受け、痺れる感覚が激痛となって襲い掛かった。
「ぐあああっ!」
それでもなんとか痛みを堪えて電撃を耐え抜いたのだが、パスッと目の前の岩に穴が開く。
「なっ!?」
左肩に得る経験したことのない感覚。
ドンっと勢いよく飛ぶ鋭い一筋の閃光がヨハンの左肩を貫いた。
「あああああぁぁぁっ……――」
絶叫を上げながら、ヨハンは肩からドクドクと血を流す。
「――……は、はあっ……はあっ…………がはっ!」
吐血し、悶絶しかねない痛みに襲われるのだが、必死に堪えて意識を保った。
「ま、まだだっ! まだ終わっていないっ!」
左肩を押さえながら、ジェイドとバルトラがどうなったのか、それを確認するまでは終われない。
朦朧とする意識の中、今起きた出来事に対して必死に思考を巡らせる。
「ど、同時の……こ、こうげき…………?」
偶然の一致。こちらは相手の位置を特定している状況での剣閃。しかし向こうは特定できていない中での広範囲雷撃。
「くそっ」
僅かの浅慮。ジェイドの剣閃がヨハンの肩を貫いたのも、恐らく場所を正確に特定できなかったために急所を狙えなかったのだろうと。それでも何らかの方法で位置を特定されたからこその反撃。
攻撃が外れてしまったのか。それ次第で決着の結果が大きく変わる。
ジェイドとバルトラの下に向かって歩こうと引き摺る足を動かそうとしたのだが、遠くの岩から影が見えた。
「やっぱり……倒しきれなかった…………」
姿を見せたバルトラとジェイドも被害甚大だということはその外見。剣閃は狙いを違えず相手に負傷を負わせたのだということは見て取れる。
「くそっ」
向こうの方がすぐに探し歩く程度に動き回れたということからしても差が生じていた。ヨハン自身にはもう余裕はない。剣閃による体内の疲労だけでなく躱すことの出来なかった落雷と刺突一閃による外的負傷。どちらがより大きなダメージを受けているのかということは一目瞭然。
「……ごめん」
もう限界も限界。不意に脳裏を過るカレンとニーナの笑顔。思わず二人への謝罪を口にしてしまう。
「カレンさん。ニーナ。約束、守れなかった」
遠くでバルトラが地面に斧を突き刺し、微量ながらも魔力を流し込むと上空に打ち上げており、釣られて目線だけ軽く空を見上げると、ゴロゴロと鳴り響く雷雲からはパリッと一筋の雷が落ちてくるのが見えた。




