表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/746

第二百九十 話 天幕の中

 

 ◇ ◆ ◇



「申し訳ありませんカレン様。それにニーナちゃんも」


 先端に赤い宝石が埋め込まれた杖を携えるローズはカレンとニーナを目の前にして声を掛ける。


「別にあなたが謝る必要はないわ」

「そうですか。それなら良かったです」


 ホッと息を漏らすローズと対峙しているカレンは横にいるニーナの消耗具合を確認するのだが、ニーナは明らかに疲弊しきっていた。表情は平静を保とうとしているが、僅かに息苦しさも見せている。


 それならば今は時間稼ぎをすることが得策。


「……ローズさん。一つだけ教えて欲しいことがあるの」

「教えて欲しいこと?」


 カレンの問いにローズは首を傾げた。


「どうしてここに来てあなた達が本気になったのかしら?」

「それはどういう意味の質問でしょうか?」


 スッと奥に見える天幕に視線を向けたカレン。


「あなた達はルーシュの護衛。わたしをルーシュに会わせないようにわたし達の前に立ったのはなんとなくだけど想像できるわ。つまり、ルーシュからの指示があったのだと」

「そうね。それは間違いないですよ」

「わたし達を捕らえるような指示は出ていないのよね?」


 ここまでで考えられること。

 ペガサスの役割はルーシュの護衛。ここに於けることで考えられるのは襲い掛かって来た兵士とのその違い。


「ええ。カレン様を捕らえるのは帝国が抱える問題ですからね。あくまでも私達の役割はルーシュ様の身の安全。それがどうかしましたか?」

「いえ……――」


 その返答で最初にジェイドが立ち塞がった理由にある程度は想像ができた。


「(――……となるとやっぱり)」


 反逆者に仕立て上げられたカレンがルーシュに対面するとどんな危害を加えられるのかわからないのでその護衛としての役割を全うしようとしているのだと。だから積極的に攻勢に打って出る必要がなかったのだとすれば最初の状況にも説明がつく。


 加えてジェイド一人だけではヨハンとニーナの二人を止めることができない。このままではルーシュの下へ向かわれてしまうとの判断であればバルトラやローズが今正に戦線に加わるのも理解できた。


「最初の質問に戻します。あなた達が本気になるのに理由があるのでしょうか?」


 しかしわからないのは本気で来られるその理由。殺してしまっても仕方ないどころか殺す気で掛かられる程の気勢。目の前のローズからもその気配が滲み出ている。最初のローズの謝罪もその意味が込められている。殺す気なら初めからそうしても良かったはず。


「そうね。それに関してはこっちの都合だからカレン様は関係ないわ。もちろんルーシュ様もね」

「こっちの理由、とは?」

「…………」


 問い掛けに対してローズは無言。チラリとジェイドとバルトラの方に視線を向けるのだがすぐにカレンに戻し、杖をカレン達に向けてゆっくりと伸ばした。


「そこまで話す義理はないので、知りたかったら私を倒してからにしてもらえませんか? そっちが倒れたら知ったところで意味のないことでしょ?」


 口にするローズの持つ杖の先端、埋め込まれた赤い魔石が光りを灯し始めた。もう対話はできない。


「ニーナ、あとどれくらい?」


 小さく語り掛けるのは、ニーナの回復具合。消耗した魔力がすぐには回復しないにしても、体力的な部分である程度回復すれば魔導士のローズが相手であればニーナの身体能力なら優位に立ち回れるはず。


「もう、ちょっと」

「わかったわ。ならわたしがまだ時間を稼いでおくから準備ができたら教えてちょうだい」

「りょーかい」


 そのままニーナはスッと目を瞑った。カレンを信頼して自身は体力と微量ながらも魔力の回復に全霊を費やす。



「(まさかカレン様が精霊魔導士だったとはね)」


 会話をしながら探っていたローズが抱く親近感。

 カレンの肩に乗るセレティアナの姿。どう見ても精霊に他ならない。受け取る感覚からにしてもそう。ローズは薄く口角を上げ、魔石に集まる微精霊たちの存在を感じながらもセレティアナのその存在の異常性を認識した。


「(微精霊たちが怯えている?)」


 僅かに感じるいつもと違う感覚。どうにもいつもの魔力反応との乖離。若干の差が生じている。それはセレティアナと自身が契約している微精霊との格の違いを表していた。微精霊と固有精霊なのだからそれも当然なのだが、どこか拭いきれない不安感。


「ふぅ」


 小さく息を吐きながら、カレンが行っていた時間稼ぎについて思案する。


「ニーナちゃんがどれだけ回復するのかわからないけど、これは早めに決着をつけた方が良さそうね」


 魔力を込めた杖の先端の魔石が一際大きく輝いた。



 ◇ ◆ ◇



 いくつも張られた天幕の中でも一番大きな天幕に帝位継承権第三位であるルーシュ・エルネライがいる。

 ルーシュは中央の椅子に腰掛け、周囲にはカサンド帝国ドグラス外交官にノーマン内政官とトリスタン将軍がいた。それに加えてメイデント領領主であるレグルス侯爵。


「外の様子が気になりますかなルーシュ様?」


 時々響く地面を震わせる音と喧騒。耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られているルーシュの表情を慮る様子を見せながらドグラスが声を掛ける。


「……ドグラス。ぼくは本当にこれで良かったのか?」

「もちろんでございます」


 ドグラスは薄く笑みを浮かべた。


「いやはや、まさかカレン様がラウル様と内通してようとは思ってもいませんでしたが、確かにあの仲の良さは普通の兄妹の仲を越えておりましたので」

「でも、もし姉さんじゃなかったら……」

「カレン様の城内での処遇をルーシュ様も目にされていたでしょう。カレン様がそう考えることも仕方ないことかと。早々に気付くことができて良かったですな」

「…………」

「非情になりきれないようでしたら、これより後に控える大戦を勝ち残れませんぞ。カレン様を敵と認識出来れば他の誰だろうとも今後は情に絆されることなどありません」


 その言葉を受けたルーシュはゆっくりと顔を上げ、周囲に座る面々を見回す。それ誰もが真剣な顔つきを見せていた。


「……ありがとう。ぼくはまた甘えてしまっていたみたいだね。すまないいつも」

「それほど悲観なさらないでください。ルーシュ様のお力になれること。このキンドール・レグルスも誇りに思っています」

「まったく。情けないことに助けてもらってばかりだな」

「いえいえ。お気になさらず」


 レグルスは胸に手を当て笑顔をルーシュに向ける。


「そういえばアダム殿は?」

「息子は今回同行を控えさせました。あいつにはカレン様を捕らえるということを猛反対されましたので」

「そうか。それはどうしてだ?」

「……さぁ。大方カレン様に危害が及ぶことを嫌ったのかと。アレはどうやらかなりカレン様のことを気に入ったようでしたのでね」


 そこでレグルスはチラリとドグラスを見た。


「それよりも、ペガサスの連中ですが、言うことを聞かなかったのはよろしいのですかな?」


 目を細めるドグラスは言葉を差し込むようにしてルーシュに問い掛ける。


「構わない。彼らの言い分もわからないでもない。追加依頼の受諾に関しては彼らの意思によるものだからね」

「少々甘いのではありませんか?」


 ドグラスは疑問の眼差しを向けた。


「そんなことはないさ。彼らの実力は既に証明されているだろう? ねぇトリスタン」


 突然話を振られるトリスタン将軍は僅かに歯軋りする。


「ええ。自分では彼らに太刀打ちできなかったので、その実力は折り紙付きかと」


 帝国が誇る一大戦力である帝国兵団。その中で将軍を務める一人であるガリアス・トリスタン。

 カサンド帝国を護る五英剣とも称されるその一人であったトリスタンは既にペガサスに敗北していた。ルーシュの護衛を務めるに当たってその実力を測る目的で行われた帝都での模擬戦にて。


「単独ならそうかもしれないけど、トリスタンには彼らにない力、兵たちを指揮する能力があるじゃないか。それはぼくも高く評価しているよ。アイゼン兄様との戦い、その時にトリスタンがその力を発揮してくれればどれだけ心強いか」

「ありがたきお言葉。このトリスタン。身命を賭してルーシュ様をお守り致します」

「よろしく頼むよ」


 ニコリとトリスタンに向かってルーシュは微笑む。


「まぁつまり、その姉さまの護衛の彼らがいくら強かろうともここまで辿り着くことはないはずだからね。その約束を違えないのは皆も確認しただろう?」


 問い掛けるように話し掛けたのだが、誰も言葉を返すことなくノーマン内政官が僅かに頷くのみ。


「あとは吉報を待つということで」


 言葉にしながら、ルーシュは寂し気な笑みを浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ