第二十八話 王族
ジャン隊長に王宮内を案内されながらヨハン達は王宮内を歩いている。
王宮内の廊下は流石というべきか、煌びやかな装飾が施されており、ところどころに豪華な額縁の絵が飾られていた。
廊下を歩いていると綺麗に整えられた庭園が見え、中央には噴水があった。
しばらく歩いていると、それまであったどの扉よりも一際大きな扉の前でジャンが立ち止まる。
赤を基調とした大きな扉で、扉の前には衛兵が二人立っている。その間には文学者の様な格好をした小太りの男が立っていた。
「ジャン殿、遅いでおじゃる」
門の前まで来ると、小太りの男はジャンを咎めるように怒って声を掛けて来た。
「ガルドフ殿達が来たというからこうして待っていたのにどこで何をしていたのでおじゃるか!既に王も中でお待ちでおじゃるよ!」
怒り露わにしながら小太りの男が言葉を続ける。
「ああ、すまないすまない。ガルドフと会うとどうしても我慢できなくてな」
頭をぽりぽり掻きながらジャンが申し訳なさそうに答えた。
「もっと言っておいてくれマルクス殿」
「ガルドフ殿が付き合うからでおじゃる!」
「いやいや、儂は巻き込まれておるだけじゃよ」
「校長、この人は?」
「ん?こやつはマルクスといって、この国で宰相をしているのじゃ。面白いやつだが有能じゃ」
「自己紹介は後でいいでおじゃる!もういいからとにかく早く中に入るでおじゃるよ!――おい」
「――はっ」
マルクスが衛兵に声を掛けると、衛兵は赤い大きな扉を同時に開ける。
最初に視界に入り込んできたのは、目立つ色の赤の絨毯で真っ直ぐ玉座まで伸びていた。
壁にはいくつものステンドガラスが入ってあり、ガラスの隙間を縫って入る外からの光が室内を照らしている。
玉座には王様らしき人影があり、両脇にも人影が見えるがはっきりとは見えなかった。
確認しなくてもわかる玉座の間であるその部屋は、それまでの王宮内のどれよりも豪華な装飾が施されており、玉座の後ろの壁には一際大きな人物絵が飾られていた。絵は凛々しい男の人が描かれている。
マルクスとジャンを先頭にして部屋の中央に向かい歩き、その背を追うように歩く。
階段下に差し掛かった頃、マルクス・ジャン・ガルドフ・レインが跪いて、その姿を見たヨハンとモニカも慌てて跪いた。
「(ちょっと、作法があるなら最初に教えといてよ!)」
ヨハンとモニカは二人して同時に同様の不満を持つ。
慌てて下を向いてしまったので王様の顔を見ることができなかった。
「ローファス王、お待たせしましたでおじゃる。ガルドフ殿達が見えましたでおじゃる」
マルクスよりローファス王に告げられる。王の名はローファスというみたいだ。
「うむ、ご苦労。ところでジャンよ、そなたはまたガルドフと遊んでおったのだな?」
「いえ王よ、滅相もございません。私はガルドフがいまだに戦士としての力を維持しているのかを確認していたのでございます」
「ふふふっ、物は言いようよな。すまんなガルドフよ、迷惑をかけておる」
「とんでもございません」
内心では確実に迷惑だっただろうと思うのだが、声には出せない。
「して、そちらの子どもたちが今回の件の子達だな?」
「はい」
ガルドフが短く一言で答えた。
「よしわかった。よい皆の者、顔を上げよ」
ローファス王より声がかかり、一同が顔を上げる。
「「えっ!?」」
顔を上げたことで初めてローファス王の顔を見ることが出来たのだが驚き戸惑ってしまう。
ヨハンとモニカが同時に声をあげた。
確認できたその王の顔――――ではなく、その隣に立っていた人物がヨハン達の知っていた人物。
「エ……レナ?」
綺麗なドレスに身を包んだエレナを見て驚きを隠せずに動揺し呟いてしまう。
「どうしてエレナが王様の横に?」
モニカも慌てて校長の方を向き問いかけた。
「なんじゃ、知らんかったのか。エレナはこの王国の王女じゃ」
ガルドフが淡々と答える。
「「えぇぇぇぇぇええええっ!?」」
唐突な暴露話に衝撃を受けた。
「これっ!小僧ども!王の御前であるでおじゃる!静かにするでおじゃる」
「よいよい、驚いて当然だろうな。なぁエレナ」
王様がエレナに促すとエレナは一歩前に進む。
「ふふっ、いつも驚かされてばかりでしたが、やっとヨハンさんを驚かせることができましたわね。それにモニカもごめんなさいね」
可愛らしく顔に手を当てて笑うエレナは綺麗なドレスが端正な顔立ちをさらに引き立てている。
思わず目を奪われてしまうのだが、ふとレインの反応が薄いことが気になった。
「レインは驚いていないけど、もしかして知ってたの?」
「まぁ……な。ほら、俺んちって商人じゃん。割と大きくて王家にも出入してるんだ。で直接のやり取りはなかったけど一応顔だけは知ってたんだ。当然話したこともなかったけどさ」
「あんた知っていたのに今までそんな不遜な態度で接していたの?」
モニカはレインがエレナの素性を知っていたのにもかかわらず分不相応な態度を取っていたことを呆れながら咎めるように問い詰める。
「いえ、この国では冒険者学校では身分による違いはありませんのよ。それが例え貴族の血縁者や王家の血筋であったとしても同じですわ。まぁ基本的に身分は隠しますが、それでも全てを隠せるわけではありませんからね。ただ、レインはそれに習って普通に接していて下さったのですわ。ですのでこの場以外ではこれまで通りでお願いしますわ」
そこにエレナが間に入って来た。
「そう……なんだ。それで昨日から姿がなかったんだ――――」
昨日から姿がなかったことに納得した。今日の為に先に来ておく必要があったのだと。
はぁーとモニカは息を吐く。
ローファス王は黙ってそのやりとりを見ている。その表情は穏やかだった。
娘の交友関係を知る事ができたのが嬉しかった様子で、一連の流れをニヤニヤと眺めながらある程度のところで口を開いた。
「さて、エレナのドッキリ話も済んだようだし、では本題に入らさせてもらうとするぞ?」
ローファス王が口を開くとその場に再び緊張が走る。
ローファス王はそれぞれの顔をジッと見つめた。
「して、報告にあった魔族の件だが、その魔族を倒したというのがそっちのヨハンなのだな?」
いきなり名前を呼ばれてハッとする。そういえばこの件で呼ばれていたのだと。
「……はい」
どう答えたらいいものか、ガルドフを見ると小さく頷いたので戸惑いながらも返事をする。
「ふむふむ、なるほどな。それであのアトムとエリザの子であるということか」
さらに両親の名前を口にされたのでヨハンは困惑した。どうして今両親の名が出て来たのか。
「お父さんとお母さんをご存知で!?」
「ああもちろん知っている。あいつらはスフィンクスのメンバーだからな。何度か依頼をさせてもらっている」
なるほど、元S級冒険者として知られていたのか。
納得した。
「――――それに、なによりアトムのやつは俺の親友だからな」
そこまで言うと王はそれまでの荘厳な佇まいを崩し、ニヤリと笑う。
「――えっ!?」
呆気に取られるのはヨハンだけではない。横のモニカもレインも同じ反応をしていた。
「はっはっはっ!おい、エレナよ!?俺はもうこいつを驚かせたぞ!」
「もうヨハンさんったら!」
エレナがそれまで繕っていた穏やかな表情を崩し、学校で会うような普段と変わらない表情でプンプンと怒っている。
「あなた、エレナ、それぐらいにしてください。あの子達が困っているじゃありませんか」
これまで口を開かなかったエレナと王を挟んで逆に立っていた女性が話し出した。
「すいません、あなた達。私はエレナの母親のジェニファーといいます。すいませんね、王がふざけてしまって」
「ふざけるとはなんだ。事実じゃないか?」
ローファス王はジェニファー王妃を見ながら言葉を続ける。
「やっとこうやってちゃんと顔を見ることができたんだ!嬉しいじゃないか!」
「気持ちはわかりますが、きちんと説明をしませんと」
明らかに説明不足だということを伝えた。
「まぁそれもそうだな。ああそんな顔をするな、心配せんでも今から説明するさ」
どういうことなのか全く理解できない。
「すまないな、さっき言ったことは本当のことだ。アトムのやつは俺の親友だ。それと、先に言っておくが、親友の息子と話をするのにわざわざかしこまる必要はねぇ、そっちも気を遣うなよ?」
「この通りですので、皆さん宜しくお願いしますね」
ジェニファー王妃からもお願いされた。
目まぐるしく変わる状況の変化についていけない。
ローファス王に砕けた接し方でされたところで、ヨハン・モニカ・レインはどうしたらいいかわからずそれぞれが困惑の表情を表していた。




