第二百八十五話 覚醒
◇ ◆ ◇
「…………」
「……すげぇ」
ただの観戦者と化した帝国兵たちは瞬きする暇もない程にヨハン達の戦いを見ていた。
「……す、凄いじゃないあの子達」
ローズにしてもそれは同様。ポカンと口を半開きにさせ驚愕を受けるのは帝国兵程ではなくとも、まるで想定以上。
「なっ。言ったろ?」
「これだけの強さならあなたが傷を負ったのも納得だわ」
顎に手を送り、思案気になる。
「おいおい。俺のアレは油断していたからであってだな……って聞いちゃいねぇ」
あの学年末試験からまだ半年と少し程度。その時の比ではない強さを見せつけられている。それどころかヨハンと並び同じようにして戦っているニーナにしたらそれ以上。ヨハンよりも一つ下のニーナが変わらずに戦っていることが信じられないでいた。
◇ ◆ ◇
「ニーナ一人ってどういうこと?」
「まぁお兄ちゃんはそこで見ててよ」
「えっ?」
すくっと立ち上がるニーナの気配が瞬時に変わる。
「それ……――」
横顔に見えるその眼球が瞬時にキュッと細い黄色の眼に変わっていた。
「ガッ!」
ソレが竜人族の力なのだとすぐに理解したのだが、声を掛ける間もなくニーナはジェイドに向かって真っ直ぐに踏み込んでいく。
「――……ニーナ」
その背中に抱く安堵。これまでと全く違う安心感。以前に二度見たその狂気を孕んだその力なのだが、踏み込む時にチラッと目が合ったニーナの微笑み。
「あっ」
微笑みに思わず呆気に取られてしまったことで踏み込みに付いて行くことが適わなかった。もう離れたそのニーナを見送ってしまっているのだが、あの微笑みだけで理解するには十分。ニーナが正気でいるのだと。
◇ ◆
「ムッ!?」
突然様子を変えたニーナが剣を納めながら一直線に踏み込んで来ることにジェイドは驚愕する。
「速ぃ――」
それ以上に驚くのは、槍を構えるよりも早く目の前に到達される先程以上の圧倒的な速さ。
「ぐぅ!」
不規則に繰り出される攻撃。
ニーナは剣よりも間合いの短い拳と蹴りによる攻撃の連打。つまり体術。
間合いを十分に詰められた体術を主体としたその機敏な動き。劇的な素早さの向上に対してジェイドは躱すのみで精一杯。時折ビシッと身体に衝撃を受ける。
戦局を変えようと間隙を縫って槍を突くのだが、そうすると突き出しを躱されるだけでなく再び間合いを詰められた。ジェイドの槍は単調な動きではなく、むしろ突き以外にも叩く・払う・振り上げるなど、槍独特の攻撃を繰り出している。
「見えてるよっ!」
黄色い眼球をギュンっと見回し、縦横無尽に繰り出されるジェイドの槍捌きを見定めて一瞬の隙に懐へ踏み込んだ。
そのまま拳を握りしめながら振り抜こうとし、加えてニーナの視界はしっかりとジェイドの動きを捉えている。
「甘いねッ!」
振り上げられるジェイドの膝蹴りを左手の平で払って軌道を逸らした。
「ハアッ!」
そのままがら空きになったジェイドの顎に対して右手の平を突き上げる。
「ぐはっ!」
地面からフワッとジェイドの身体を浮かせた。
「さっきと似たような攻撃を喰らうわけないじゃないッ!」
クルっとその場で回転するニーナは後ろ回し蹴りをジェイドの身体の側面に叩きつける。
ドカッと激しい音を響かせ、まともに蹴りを受けたジェイドは横に大きく吹き飛び地面を何度もゴロゴロと転がせた。
◇ ◆
「すごいニーナ」
まるで予想もしていなかったその展開にヨハンも思わず目を奪われる。
「でもどうして?」
目を奪われる程の力強さ。踏み込む前に放っていた言葉の自信。その自信にも明確な裏打ちがあったのだと。
「どうやら彼女はあの力を自分のものにしたようだね」
不意に肩から聞こえる声。ヨハンの肩に座っている小さな精霊。
「ティア?」
いつの間にかセレティアナがヨハンのところまで来ていた。
「ものにしたって、竜人族の力のことだよね?」
「そうだよ」
確認するのだが、あれだけの驚異的な力を急に扱えるようになるとはとても思えない。
「どうしてニーナはあの力を使えるようになったの?」
「正確な理由はボクにもわからない。ただ、間違いなくニーナはあの力を制御できているね」
「それは僕もなんとなくそう思ったけど」
それでも信じられない。
つい数時間前にはその力を暴走させたニーナとヨハン自身が戦っている。サリナスの記憶が混じり込んだとはいえ、自我は間違いなく正気を失い凶暴化していた。オーガの一件にしてもそうなのだが、恐らくそれはすぐに克服と言ってもいいものなのかどうかわからないが、とにかくどうこうできるものではないはず。一体何がニーナをそうさせたのかと考える。
可能性に思考を巡らせ、その前後で違いがあるとしたら――。
「――……サリーさん?」
ふと思いつくその可能性。自我を取り戻すためにサリーが最後にニーナに接触していた。
「その可能性は確かにあるけど、断定はできないね。ただ単純に龍脈に触れたからかもしれないし、それとも彼女、ニーナ自身の力、持ち得る才能、潜在能力がそうさせたのかもしれないしね」
「…………」
セレティアナが他にもいくつか可能性を挙げるのだが、ヨハンにはサリーが関係しているように思えてならない。
「でも理由はなんにせよ、アレが扱えるとなるともしかしたらあの男に勝てるかもね」
「いや、たぶんそこまで単純な話じゃないよ」
見た目ではニーナが圧倒しているように見える現在の戦局なのだが、そう簡単な話ではないはず。
ヨハンがチラリと視線を動かす先、それは未だに動きを見せないシン達の様子からも見て取れた。
「まだ余裕がある証拠だよ」
◇ ◆ ◇
「……どうするのよシン」
「やべぇな。こりゃあマジになるな」
冷静に戦いを見守っているシンとローズなのだが、ジェイドがどうなろうとも動くつもりはない。
「まさかあれだけ戦えるとはな」
「で、どうするの?」
「んなこと言っても、俺にはどうにもできねぇよ。知ってるだろ。ジェイドが生真面目な奴だってこと」
「それはそうだけど。あれだけの逸材を失うのも勿体ないわ」
あくまでもこの場は模擬戦などの場ではなく戦場の一つ。命を落とすことも可能性の中には含まれている。
「そん時はあの子の運命がそうだったってだけの話だろ」
「まぁ……」
◇ ◆ ◇
「ぐ、ぐぅ……――」
吹き飛ばされた先でジェイドはゆっくりと起き上がる。
「――……あの眼、まさか竜人族の力を宿しておったか」
先程の攻防。いくつかの打撃を受けながら、ジェイドはニーナの変貌ぶりを推測していた。
劇的な身体能力の向上もそうなのだが、特徴的なその目が決定的。それでもあの外見を見る限りまだ年端もいかない少女にこれだけの力を見せつけられるとは思ってもみなかった。意外でならない。
「なるほど。余興で終わりそうにないなこれは」
視界に見据えるニーナは追撃を仕掛けようと前傾姿勢になっている。
「ガアッ!」
「それに拙者とは相性が悪いか」
槍術を上回る速さを用いる程の体術が主体のニーナ。そうなれば間合いを詰められた結果不利になるのは長い武具を使用していればその結果は必然。
「だが速さだけで相性の差を埋められると思うな」
ジェイドはニーナの動きを見極めながらグッと槍を握る手に力を加え魔力を流し込んだ。




