第二百八十四話 至高の槍使い
ジリッと地面を踏みにじりながら槍を真っ直ぐに構えるジェイド。肌にひりつく威圧感を放つその構え。
「おにいちゃん」
横に立つニーナの真剣な声。既に剣を抜いている。
「うん。やるよ」
会話を終えた後のジェイドから放たれる殺気が一段階上がっていた。それはもう交渉の余地がないことを物語っている。
「ジェイドさん。一人ですか?」
ヨハンも剣を抜きながら周囲にいるシン達に目を配るのだが、未だにシン達は動く様子を見せてない。
「貴様らを相手にするのに拙者一人で十分だからな」
「約束、できますか?」
「ああ」
それならばニーナと二人で十分相手取れるかもしれない。
遠巻きに見守っている多くの兵士の視線がヨハンとニーナ、それに対峙するジェイドに集まっていた。
「では……――」
口を開きながら目線だけをニーナに向けると、ニーナは小さく頷く。
「――……いきますっ!」
「いざッ!」
声を大きく放つと、ジェイドも呼応するように応えた。
どう攻めるのか、選択肢をいくつか広げるのだが、普通に攻めたところで返り討ちなのは間違いない。
フッと小さく息を吐いて真っ直ぐジェイド目掛けて飛び込む。
「単調な動きだな。如何に速かろうとも拙者には通じん」
全力で飛び込んだのだが、ジェイドにはヨハンの動きを目で追えていた。一般兵には目で追えない動きなのだが、それはヨハンも当然予想の範囲内。
「ハッ!」
右手に練り上げておいた魔力、風の属性を付与した魔法を地面へ広範囲に撃ちつけた。
「煙幕か」
途端に舞い上がる激しい砂煙がヨハンとニーナの姿を覆い隠す。
◇ ◆ ◇
「あんなのじゃジェイドを誤魔化せないわよ?」
ジェイドとヨハン達の一戦が幕を開けるのをローズとシンは見守りながら見ていた。
「まぁ見てなって。すぐにわかるさ」
砂煙の中へ僅かに不安気な視線をローズは向けるのだが、シンは薄く口角を上げている。
「ジェイドのヤロウ。絶対ビビるぜ」
「それだけで済めばいいのだけど」
「だな。問題はバルトラのやつか」
「もしもの場合は私も入るわよ?」
「その必要がねぇことを祈ってるぜ」
刀の柄を軽く握り肩越しに背後を見た。
「(にしても、一体どういうつもりなんだ?)」
後ろに見える天幕、その中にいる人物。ここに至る迄のやりとり、ルーシュ・エルネライの決断を思い返す。
『考え直してください。ルーシュ様』
『ローズさん。ぼくはもう決めたんです。』
『ですが、カレン様が反乱を起こすなどと、私にはとても思えません!』
『ぼくも信じたくなかったですよ』
『お前たちはルーシュ様の護衛をしていれば良いのだ。冒険者風情が関係のないことに口をだすな』
『いくぞローズ。拙者たちは任務を遂行するのみ』
『次は期待していますよジェイドさん。よろしくお願いします』
『お任せください。先日の汚名を返上する機会。しかと果たしましょう』
突然の決定。その様変わりを不思議に思わずにはいられなかった。
◇ ◆ ◇
「どこから来る?」
ジェイドは立ち込める砂煙の中の気配をしっかりと感じ取っている。
「むっ!?」
目の前、正面から強烈な気配を感じ取って槍を真っ直ぐに一突きした。
砂煙が槍の勢い、その風圧を受けて槍に巻き込まれていく。
砂煙を上げた以上、死角からの攻撃、背後により気を配っていたのだがそうではなかった。実際には目の前から気配を得ている。
「さすが!」
槍の先端、ブワッと砂煙が広がる中姿を見せたのはヨハン。
「なるほど。逆を突いたというわけだな」
死角から攻めると見せかけての攻撃。
ヨハンはその突き出された槍に対して半身に捻って躱し、剣の間合いまで踏み込みながら捻った身体越し、回転しながら剣を横薙ぎに振り抜いていた。
死角付近から攻めると見せかけてのあえての正面突破。
「だが――」
砂煙程度の奇策、その程度の隙では不意討ちなど成立しない。
とはいえ、背後に気を配っていたための反応の遅れ。更に突き出した槍に対して身を捻って躱され既に眼前に踏み込まれている。
「――甘いッ!」
そのままジェイドはグッと槍を握る手に力を込めて横薙ぎに振るった。
「なっ!?」
ヨハンからすれば槍を躱して確実に剣を当てられていたはずなのに、それを上回る機転の速さ。
同時の衝撃。ジェイドの胴体を捉えた横薙ぎに振るわるヨハンの剣はガッと鈍い音を立てるのだが、ヨハンはジェイドの槍の柄を腹部に受ける。
「ぐはっ!」
そのまま砂煙の中に弾き飛ばされた。
「やるな」
僅かに隙を突かれたことは確か。腹部に得る鈍痛。例え奇襲を受けようともヨハンの攻撃を当てさせる気など一切なかったのだが、実際には想定以上の速さで振り切られたヨハンの剣はジェイドの胴体を見事に捉えて一撃を与えている。
「なるほど――」
しかしそれだけでは終わらない。初手の奇襲。それが全てではないということを理解し、すぐさま正面から次の気配を得ていた。
「――これが本来の狙いか」
ヨハンを吹き飛ばすために横薙ぎに振るったその槍の後から立て続けに砂煙の中から姿を見せたのはニーナ。
「ハアッ!」
真っ直ぐに突き出された剣を諦めて喰らうことにする。
ドンッと受ける一撃によってジェイドは大きく吹き飛ばされた。
◇ ◆
砂煙の中で行われる攻防、何が起きているのかカレンが不安気に見守る。
「ヨハン!」
直後、ブワッと砂煙から弾き出されたのはヨハン。
空中を吹き飛んでいるのだが、そのまま中空でクルッと回転して地面に足を着ける。
「良かった。大丈夫そうね」
「カレン様!」
軽やかな身のこなしでホッと息を吐く中、ハルマンが声を上げ、次に砂煙から姿を見せたのはジェイド。
「彼が吹き飛ばされている? じゃあニーナは?」
ゆっくりと風に流される砂煙の中、ニーナが薄っすらと姿を見せるのだが、そこでニーナはガクッと膝を折った。
「っつうううっ!」
顎を押さえる。ジンジンとした痛みがあった。
「いたた。まさかあの体勢から蹴りを撃って来るなんてね」
痛みを堪えながら吹き飛ばされた先で起き上がるジェイドを見る。
先に攻撃を当てたのは間違いなくニーナで、飛ばされる寸でのところでその勢いのまま足を振り上げニーナの顎を微かに捉えていた。
「大丈夫? ニーナ」
すぐさまヨハンはニーナに駆け寄る。
「うん大丈夫。でも想像以上だった。まさかあそこから反撃されるなんてね。これは一筋縄じゃいかなさそう」
奇襲の二段重ね。それでも反撃される程に対応されてしまっていた。
「でも、やれなさそうってわけじゃないかな」
「だねっ」
手応えはある。
全力、本気ではないかもしれないが、それでも明らかにジェイドは全力に近いはず。シンとの比較でしかないが、同じような力なのだとすれば今のジェイドが放つ気配に先程の動きの速さに力の込め具合。そのどれもが以前のシンを上回っていた。
「それに、この感じならもしかしたらあたし一人でいいかも?」
「えっ?」
ニヤッとニーナは意地悪く笑みを浮かべる。




