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第二百八十一話 信じる先は

 

「けどさ。俺たちはそう言われて駆り出されたんだが?」


 カレンが弟に毒を盛ったという話。生け捕りにするよう通達されているのだが、最悪の場合、生死は問わないと。


「僕たちを信じてください!」

「信じたいよ。君たちのことは。曲がりなりにも一緒にパーティーを組んだ中だからね」

「ならっ!」

「あのさ。君たちはカレン様のことを信用しているのかい?」


 チラリと視線をカレンに向けたアッシュに問い掛けられた。


「はい」


 迷いのない即答。その返答を受けてカレンは僅かに頬を赤らめる。


「ニーナもかい?」

「うん。カレンさんなんだかんだ優しいからね」


 嘘ではない。本音そのもの。


「けどよぉ。カレン様はたまにしか帰ってこないお兄ちゃんに身体預けたって話じゃねぇかよ」

「…………ぐっ!」


 根も葉もない話。モーズが口にするのだがまるで覚えのないこと。カレンは思わず唇を噛む。


「確かにカレンさんはラウルさんのことを慕っています。それは間違いないです。でも……」

「カレンさんにそんなことできるわけないと思うんだよねぇ」

「……あなたたち」


 カレンはヨハンとニーナの信頼が妙に気恥ずかしかったのだが、それでも嬉しくて仕方なかった。


「そもそも、カレンさんって不器用なんだよねぇ」


 あっけらかんと言い放つニーナにカレンは若干怒りを覚える。


「あっ、それなんかわかる。そうなんだよねぇ。カレンさん意外と……――」


 思わずヨハンも同意してそのまま口にしたのだが、目が合ったカレンの瞳に怒気を孕んでいたことで思わず口籠った。


「意外と、なんだい?」

「――……あー、いえ。なんでもありません。とにかく、カレンさんは間違いなく信用できる人なんですよ」


 苦笑いしながらアッシュに向けて話す。


「へぇ。そうか。なるほど。きみ達がカレン様を信頼しているのはわかったよ」


 腰に手を送り笑顔を向けられた。やっとわかってもらえたのだと。


「とは言ってもね。ほら、俺たちも仕事だしさ。俺達みたいなやつは他にもいるしね」


 雇われ冒険者がこの場にいる理由は戦力の底上げとのこと。カレンを捕らえた者には高額な報酬が用意されている。


「アッシュさん?」


 満面の笑みで後ろ手に腕を組むニーナがアッシュに声を掛けた。


「なんだいニーナ」

「今の話だと、アッシュさんもあたしたちの邪魔をするの? さっきの鎖の人みたいに」


 笑顔で首を傾けるとほんの一瞬だけ鋭い眼差しをアッシュたちに向ける。


「もしかして邪魔とは、それはルーシュ様のところに行こうとしていることかい?」

「それ以外に何かある?」


 笑顔のニーナの異様な不気味さをモーズとロロが感じ取って半歩下がった。


「それに鎖の人ってロイのことだよね。あいつを倒すだなんて、さすがだな」


 アッシュも同様の気配を得ているのだが、表情を変えずに態度をそのままに言葉を返す。


「だからぁ。そんなことどうでもよくてぇ。あたしは邪魔をするのかどうかってことを聞いてるんだけどぉ?」


 アッシュの言葉に若干イラっとさせるニーナの雰囲気。途端にピリッとひりつかせる空気がその場を支配していた。モーズとロロはそのニーナを見てゴクッと息を呑む。


「こ、事と次第によるね」

「お、おいアッシュ!」


 笑顔で答えるアッシュなのだが微妙に引き攣らせていた。そのアッシュの肩をモーズはガっと掴むのだが、アッシュはモーズに小さく「まだだ」と返す。


「ねぇお兄ちゃん。もうめんどくさいからこの人たちも倒していこうよ」


 呆れ交じりにニーナはヨハンへ確認するように問い掛けた。


「ひっ!」

「あ、アッシュ!」


 モーズの反対側ではロロもアッシュの肩を掴んで何やら焦って声を掛けている。その二人の声をアッシュは振り払っていた。


「僕としてはアッシュさん達を相手にしたくないんだよね」


 どうして焦りを見せているのか若干疑問なのだが、帝都でお世話になった恩を仇で返すようなことはしたくはない。


「でもこのままだと進めないよ?」

「んー。ならしょうがないかなぁ」


 とはいえ、確かにニーナの言う通りここで足止めを食うわけにもいかない。

 仕方ないと息を吐きながら、ゆっくりと剣に手をかけ、臨戦態勢に入ろうとする。


「じゃあいいんだよね?」

「僕たちもここを通らないといけないしね」


 ヨハンとニーナが一歩前に進むのを見たモーズとロロがビクッと肩を動かしている中、アッシュも冷や汗を垂らしていた。


「(この人たち、何か目的でもあるのかしら?)」


 その様子をカレンはじっくりと観察している。


「じゃあやるね」

「わかったよ」


 ヨハンとニーナの実力を知るアッシュ達が意味もなくここで力づくに頼って立ち塞がるとは到底考えられない。そうなるとここでは何かを示す必要があるのだという結論にカレンは至った。


「待ちなさい二人とも!」


 ヨハンとニーナが今にも踏み込もうとし、モーズとロロがあわわと慌てふためく中、その場には凛とした声。周囲には帝国兵が数多くいる。これだけ多くの人間がいるにも関わらず、その声は静かに響いた。


「え?」

「なに?」


 突然のカレンの声にヨハンとニーナは振り返り、それと同時にカレンがヨハン達より一歩前に出る。


「アッシュさん。あなた達に質問があります」


 カレンはそのまま真剣な眼差しをアッシュ達に向けた。


「なんでしょう。カレン様」


 ホッと小さく息を吐くアッシュは微妙に強張らせた表情を戻してカレンに笑いかける。


「先程の話ですと、あなた方はわたしのことが信用できないのですよね?」


 皇女として、公人としての態度を作るカレン。公務に入る時のカレンの態度。


「さすがだなぁ」

「中身はポンコツだけどね」

「……はははっ」


 苦笑いするのだが、カレンのその振る舞い。切り替えの速さ、普段のカレンとの違いにヨハンは感心していた。


「信用できない、とは?」

「言葉のままです。根も葉もない話に踊らされ、わたしを捕らえようとしている。わたしの言い分を聞こうともしないわけですよね?」

「そうですね……。俺達も仕事ではありますので言われたことをしないといけません。前金ももらっていますしね。それに、信用と言われても、俺たちはカレン様のことをよく知らないので信用も何もありません」

「……そぅ」


 小さく呟きながら、カレンは両隣に立つヨハンとニーナに向かって首を振り、背中に両手を回す。


「なら……――」


 そのまま柔らかな笑みをアッシュ達に向けた。モーズはもちろん、女性のロロでさえも見惚れる程のその笑顔。


「――……この子達。ヨハンとニーナのことも信用できないのですか?」

「…………そ、それは、どういう意味の質問でしょうか?」


 アッシュも思わず見惚れてしまっていたのだが、ハッとなりすぐに口を開く。


「単純な話ですよ。彼らがすることが信用できないのかどうなのかということです」


 カレンはチラリと背後、レグルスの私設兵を薙ぎ倒しながら進んできた道を見てすぐさまアッシュたちに視線を戻した。


「…………」


 僅かに考え込む様子を見せるアッシュ。

 つまり、先程までレグルスの私設兵を完膚なきまでに倒して来たヨハンとニーナが信用できないのかという問いかけ。


「そうですね。俺はニーナに危うく殺されそうになりましたけど……――」


 アッシュがニーナに殺されかけたと言った途端、周囲の兵たちが微かにざわついたのだが、アッシュはチラと見るだけで、構わず言葉を続けた。


「――……それでも、あのオーガを倒せたのも、今ここに俺たちが生きていられるのも二人のおかげだというのは事実です。あの状況で俺たちを見捨てることもできたのに、それをしなかった二人のことは十分に信頼に足ると思っていますよ」


 本心そのままの言葉を真っすぐカレンにぶつけ、真剣な眼で見る。


「あなた方はヨハンとニーナのことを良く知っているのですね」

「そうですね。その二人はそんな歳なので、付き合いとしては短いですけど、他人を貶めたり意味もなく誰かを傷つけたりするような子じゃないってことぐらいは知ってますよ」


 でないと危機的な状況において自分たちを助けたりなんかしない。するはずがない。


「それは本心ですか?」

「ええ。誓って」

「なら話は早いですね」


 アッシュの返答を聞いたカレンは途端にフッと笑みを浮かべてアッシュ達を見た。

 周囲の兵たちはいきなり微笑むカレンのことを理解できないでいる。意味がわからない。


「あなた方はこの子達、あなた達の知っているヨハンとニーナを変わらず信用していてください」

「まぁ一応そのつもりではいますよ。数日程度でこの子らの人間性が変わるわけじゃないのでね」

「それなら……――」


 カレンは両腕を身体の前に下げるようにして重ね合わせた。


「――……あなた方が信じるこの子達。どうか今だけはヨハンとニーナが信じるわたしを信じて下さい!」


 そのまま頭を深く下げる。

 周囲の兵たちはソレを目にした途端、驚愕に目を見開いた。


「カレン様!?」

「なんてことをッ!」

「頭を上げてください!」

「こんな冒険者なんかに頭を下げてはなりませんっ!」


 ざわざわと騒ぎ始める。口々に思い思いの言葉を投げかけた。その中には明らかにアッシュ達冒険者を罵倒する声も含まれている。


「ね?」


 兵士たちの言葉がまるで耳に入っていないかのように、顔を振り向かせることなくゆっくりと頭を上げるカレンは可愛らしく笑いかけてアッシュ達を見た。


「……まいったね、これは」


 頭を掻きながら困惑するアッシュ。


「わかりました。皇女様にここまでされたなら仕方ないな。約束します。今後俺たちは手を出しません」

「別に手を出されても問題ないけどね」

「はははっ。ニーナは手厳しいな」


 例え立ち塞がられようとも全員を倒してこの場を乗り切るつもりだったニーナ。


「それと、ここに来ている俺たちと同じような雇われ冒険者にも手を出さないよう可能な限り声を掛けておきますね」

「ありがとうございます」


 一言礼を述べるとカレンはそこでようやく周囲の兵達を見回すのだが、兵達は目線が合わないようにそれぞれが一斉に視線をカレンから外す。


「(あれ?)」


 ヨハンは疑問でならない。

 先程カレンが頭を下げた時に見せたその態度に。


「――――そのお言葉、信じさせて頂いてもよろしいのですな?」


 アッシュ達のその後ろから低い声が聞こえて来た。



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