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第二百七十九話 突き出す拳

 

「た、隊長!」


 私設兵の一人が困惑して馬に跨る隊長を見るのだが、隊長の顔にも焦りが見られている。


「ええい! 怯むなッ! いつかは疲弊して力尽きるッ!」


 大きく声を発するのだが、誰も飛び込めないでいた。


「何をしておるッ! 早く行けッ!」


 声を荒げたところで兵士たちはお互いの顔を見やり、誰かが先に踏み込むのを待っている。

 疲弊して力尽きるなど。どの口がそんなことを言っているのか。目の前、余裕綽々で仲間が薙ぎ倒されているのを見ていないのだろうかと疑問でならなかった。


「ハハハッ。おいおい。いくらなんでもお前らしょうもなさ過ぎるだろ?」


 そんな兵士たちの中を割って入る一人の男。


「誰だお前は?」


 隊長が訝し気に問いかける。

 毛皮を羽織った男は自身の得物、長い鎖の先端に分銅が付いた武器、鎖分銅を自身の周囲でヒュンヒュンと回していた。その動きだけ見ても実力者なのだということはわかる。


「冒険者か。まだ呼んでいないぞ?」

「いやなに。俺の出番はないもんだと思ってたんだが、お前らがあまりにも情けなかったから手を貸してやることにしたのさ。それにこいつらを捕まえりゃあたっぷりと報奨金が出るんだろ?」


 パシッと空中の鎖を受け止めながら余裕の笑みでヨハンとニーナを見た。



「お兄ちゃん」

「うん。わかってるよ」


 ほんの僅かに周囲の気配が変わるのを感じ取る。


「ハハハッ。いやいや、物見ついでに来て正解だったぜ」


 首に鎖分銅を引っ掛けながら毛皮の男が歩いて来た。


「あなたは?」

「おいおい。人に尋ねる時は自分から名乗るもんだぜ?」


 毛皮の男は片眉を上げてヨハンを見る。


「まぁいい。名乗られたところで意味なんかないしな。どうせここでお前は死ぬんだからよ」


 そのまま表情を変え、ニヤッと笑みを向けた。


(おりゃ)あロイ。B級冒険者だ。せめて殺される奴の名前ぐらいは知ってから死にな」

「そうですか。僕はヨハン。B級です」


 ヨハンの返答を受けたロイはピクッと反応をしたかと思えばすぐさま不快感を露わにする。


「お前の名前なんて聞いてねぇよ」

「ロイさんの矜持に準ずるなら倒される相手の名前ぐらいは知っておいた方がいいかと思いまして」


 ニコッと笑いかけた。

 ヨハンの返答とその笑みを見てロイは額にピキッと青筋を立てる。


「大体なんだオイ。お前みたいなガキが俺と同じB級だと?」

「はい。そうですね。少し前に上がりました」


 表向きは、の話であった。

 実際には裏の活動をしているのでA級に該当する。


「どんな手を使いやがった?」

「どんな手?」


 ロイはチラリとヨハンの後ろを覗き見た。


「そっちの姉ちゃんが皇女殿下だな? なるほど。こりゃ噂通り確かに美人だわ」


 上から下まで、ロイは舐め回すようにカレンを見る。不快感を覚える明らかな下衆の眼差し。


「おいガキ。てめぇB級に上げてもらうためにイヌにでもなったのか? 辛いねぇ。実力のないガキが見栄を張るのも大変だ。それともこんだけ美人なんだからなんか美味しい思いでもしてたのか? おいてめぇはどんな声で哭くんだよ。ハッハッハッ!」


 ロイの言葉を聞いたカレンはピクピクと反応した。


「なら俺はA級にでもあげてもらおうか。その前に俺の相手をする殿下の方がイヌになっちまうな」


 ハハハと大声で笑うロイなのだが、カレンは徐々にその表情を笑顔に変える。


「…………ヨハン」


 明らかに怒気を孕んだ声掛け。後ろを振り向きたくなかった。


「……はい」


 今からカレンが何を言うのか何故かわかる。正確にはどういう方向性の言葉を放つのかということを。背筋を寒くさせ、並々ならぬ怒気を背後から感じる。


「遠慮なんていらないわ。こんな小者なんてさっさとぶっ飛ばしなさいッ!」

 と、拳をロイに向けて突き出した。

「やっちゃえ!おにいちゃーん!」

 ニーナも笑顔でカレンに同調する。


「ですよね」


 苦笑いしながらロイを見るのだが、ロイはきょとんとさせたあとすぐに表情を変えてもう既に怒り心頭。


「てめぇ。誰が誰をぶっ飛ばすだって? その舐めた口、二度ときけねぇようにしてやらぁッ!」


 鎖分銅をブンブンと振り回し始める。


「元々殺すつもりだったんですよね。だったら口なんてきけないじゃないですか。そもそも僕が言ったわけじゃないんですけど?」

「減らず口を。その言い方だとテメェの方が強いって言ってるように聞こえるぞ?」


 全く怖気づかないヨハンを見て怒りの度合いを更に上げるロイ。


「まぁ負けるつもりはありません。カレンさんを送り届けないといけないので」

「テメェッ! いい加減黙りやがれッ!」


 豪快に腕を回して勢いよく振り切られた鎖分銅は一直線にヨハンの頭部を狙っていた。


「(この武器は初めて見るな)」


 どういう性質の武器なのか。見た感じ不規則な動きで相手の意表を突く武器に見える。

 狙い違わずヨハンの頭部に向けられる分銅に対して剣を縦に上げて受け止めようとした。


「かかったな!」

「?」


 ニヤリとロイは笑みを浮かべ、すぐさま受け止めようとした鎖分銅はヨハンの剣に絡むようにグルグルと絡みつく。


「これでテメェは剣を使えねぇ! こっからどうやって俺をぶっ飛ばすんだ? 教えてくれよ、おん?」


 力を込めてグイっと引っ張る。


「おっとっ!」

「どうするよ。このままこっちに引っ張られればコレの餌食だ。それとも武器を捨てるか?」


 そのままジャラっともう一つの鎖分銅を左手で回し始めた。


「いくらすばしっこくとも武器がなけりゃただのガキだからなぁッ!」


 そのままロイは再度鎖を力強く引っ張る。それはヨハンを手繰り寄せるための強引な力。


「おっ?」


 途端に剣を掴んでいる鎖分銅が重さを無くした。ロイが笑みを浮かべるのはヨハンが剣を諦めて手放したのだと。


「なら……――」

「は?」


 ならば武器を捨てて逃げた先を左手の鎖分銅で潰すつもりだったのだがロイは思わず目を見開く。


「――……こうしたらどうするんですか?」


 逃げた先を探すよりも先に聞こえる目の前の声。

 剣が地面に落ちるよりも早くヨハンはロイの懐に飛び込んでいた。


 そのまま真っ直ぐロイのみぞおち目掛けて真っ直ぐに力一杯拳を振り抜く。


「げぼッ!」


 ロイは腹部に猛烈な衝撃を受けてそのまま後方に吹き飛び、背後にいるレグルスの兵にぶつかった。


 鎖分銅から放たれたヨハンの剣が空中をクルクルと回っているのをパシッと受け取る。


「じゃあ僕の勝ち、ということで」


 泡を吹いて倒れるロイを見下ろし、振り返りカレンを見た。


「指示通りぶっ飛ばしましたよカレンさん」

「よくやったわ!」


 親指を立てて満足そうにしているカレンに苦笑いする。そのまま周囲の兵を見ると全員が後退りしていた。



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