第二十七話 近衛隊長
王宮の入り口に向かって近付いて行くと、衛兵の一人がガルドフに気付いた様子を見せて階段を下りてくる。
「ガルドフ殿、お待ちしておりました。そちらがヨハン殿ですね。なるほど確かに」
「殿?」
衛兵はガルドフに声を掛けると後ろに立っているヨハンにちらりと視線を送り、何か納得している様子だった。
いきなりの慣れない呼ばれ方をして戸惑う。顔を指差し自分のことで合っているのかとレインとモニカを見ると苦笑いされた。
「それで?中に入ってもよいか?」
ガルドフが確認は済んだのかと衛兵に聞き返す。
「いえ、少々お待ちください。隊長にガルドフ殿が来られたら連絡するように申し付けられていましたので。――おい!」
「はっ!」
そう言うと衛兵は隣に立っていた別の衛兵に隊長らしき者を呼びに行かせた。
「隊長とはあやつか?」
「はい、ジャン隊長であられます」
ガルドフの表情が少し濁る。下を向き「ふぅ」と一息吐き、首を振っていた。
「校長?」
「あぁ、いやの、少しばかり苦手なやつでな。まぁ会えばわかる」
校長が嫌がる人物、ジャンとは一体どんな人物なのか、しばらく待っていると王宮内からガチャガチャ鎧の音と共にカツカツと僅かに重量感がある足音が近付いて来る。
外の光が足音の人物の顔を照らし出すと、その顔がはっきりと認識できた。
「隊長、ガルドフ殿達にございます」
衛兵が膝を着いて王宮内から現れた男に話しかける。
「あぁ、ありがとう」
隊長と呼ばれた男は四十代程の中年だが体躯は大きく鎧越しでもその肉体が鍛え抜かれていることがわかる。
短い青髪で左目が縦に大きく古傷らしき痕が刻まれていた。
「ガルドフよ、久しいな。健勝であったか?」
「おぬしもな」
笑顔で話すジャンに対して、ガルドフはやれやれといった様子で応える。
「なんだよ、確かに見た目はいかついおっさんだけど、校長はなんでそんなに嫌がるんだ?」
レインが疑問に思うのは、ガルドフは隊長を待っている間に会えばわかるといっていたのだが、これで何がわかるのか。
ぼそっと言った瞬間にジャンは王宮の階段をひとっ跳びにする。飛び降りた先にはガルドフがいた。
「やーやー!ガルドフ!!久しぶりじゃないか!!元気か!?」
隊長はガルドフの肩に腕を回していた。まるで親友に会うかのような様子で。
「あぁあぁ、元気じゃ元気じゃからもうよいじゃろ?」
「ふっふっ、いやいやそうはいかんぞ!」
「ふぅ」とガルドフは観念してグッと身体に力を込める。
すると――――。
「下がって!」
衛兵がいつの間にかヨハン達の目の前に立っており、衛兵越しに凄まじい風が巻き起こり周囲を巻き込んでいた。
「――あてっ、あてっ!」
突然巻き起こる風にレインが後ろに転がりながら飛ばされる。
「な、なにこれ!?」
モニカもその凄まじい闘気の渦を浴びながら腕を顔にあて何が起きているのかを確認する。目の前にはとんでもない光景が繰り広げられていた。
突如繰り広げられたのは眼前を素早く動き回る影、それが二つ。
「見えるかい?」
「えぇ、なんとか。校長とさっきの隊長の方ですよね?」
「ふむ、あれが見えるとは中々。君もかなりの強さみたいだね。ヨハン殿はさすがみたいだな。聞いていた以上だよ」
「えっ?」
モニカがやっとの思いで目を凝らし見ている状況で横に立つヨハンは平然とその場に立っていた。
後ろからぜぇぜぇと息を切らせ地面を這いずりながらレインがやっとの思いで元の位置に戻る。
「あっ、ごめんごめん」
ふっ、とそれまで凄まじい勢いで立ち込めていた闘気の流れがなくなり楽になるのをモニカが感じる。
レインはえっ?とばかりに立ち上がる。
「ヨハン殿はそんなことまでできるか」
衛兵はヨハンが取った行動に驚きを隠せない。
「うん、最近覚えたばかりなんだけどね」
えへっと衛兵に笑いかける。
「何をしたの?」
「魔法障壁を張ったんだよ。学校の闘技場や街の外側にもあるでしょ?あれだよ。一応防御魔法になるのかな?」
「そう、おかげで楽になったわ」
「あぁ助かった」
モニカとレインがそれぞれ口にする。
「……君たちは驚かないのだね?」衛兵は自分が一番驚いていたことを意外に思う。
「えぇ、ヨハンにはこれまで散々驚かされてきたのでもう慣れました」
「確かになぁ、こいつこれで色々ぶっ飛んでるからなぁ」
これまでを回想するようにモニカが衛兵に答え、レインも同調するようにうんうんと頷いた。
「それで、あれは?」
闘気の渦の中心を見ながら疑問に思うのは、ガルドフとジャンが何故戦い始めたかということ。意味がわからない。
「あぁ、隊長とガルドフ殿は旧知の仲なのだが、会う度にああいう風にお互いの実力の確認をしているのだ。という、隊長からの一方的な要求なのだけれどもね」
「ああ、それで…………」
モニカがガルドフの辟易していた様子を思い出して納得する。
「隊長の人、かなり強いですよね?校長と互角だ」
「ああ。ああいう人だから強さに対する執着は人一倍強い。でないと近衛隊長なんて大役は務まらないさ」
衛兵が呆れ交じりに答えているが、その口調は馬鹿にしているものではなくどこか憧れを感じさせるものだった。
しばらくその凄まじい闘気の渦が続いているが、次第にその勢いが衰えていくと中から二人の姿が現れる。
二人とも息を切らして今にも倒れそうだった。
「お、おぬし。も、もう……これは、やめに……せぬか?」
息を切らせながらガルドフがジャンに話し掛ける。
「な、何を、言うか!?お、お前、が……お、衰えていないか、か、確認……して、いるのではないか!」
膝に手を付きジャンが答え、それから少しの間は互いにふぅふぅはぁはぁと息を整える。
「ふうぅぅ。――だとしても、今日までせんでもよかろう」
「いやいや、常に戦えるようにしておくことこそ戦士にとっては必要なことだ!」
「わかった、もうわかったわい。それで、もう確認は済んだな?この後のこともあるんじゃぞ!?」
「……ああ!そうだった!!」
忘れていたといわんばかりに隊長は踵を返し、姿勢を正してヨハン達に目を向けた。
「すまない、待たせたね。私がこの国の兵を束ねる立場に就いているジャンだ。君たちのことは聞いている。では中に入ろうか。王がお待ちだ」
「……はははっ、そうですね」
「(王様を待たせてまで戦っているんじゃねぇよ!)」
レインが心の中で最大級のツッコミをする。




