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第二百七十八話 包囲網

 

「おおおおおッ!」


 突進してくる一番前の兵から斜めに振り下ろされる剣なのだが、ヨハンは余裕を持って躱した。


「ぐえっ!」


 鞘を納めたままの剣を兵士の脇腹にぶつけると鎧はピシッと砕け、兵士は泡を吹いて倒れる。


「うっ!?」

「つ、強いッ!」


 その一撃を目にして他の兵士たちはピタッと立ち止まった。明らかに次元の違う一撃。


 突進して来た兵はレグルスの私設兵であり、ざっと見ても数十にも及ぶ。目算で五十前後程。

 その最初の一人に対して速攻で倒してみせたのは余計な争いをせずに済むよう、威嚇の意味も込められている。


「やっぱりだめか」


 しかしすぐさま目を左右に動かした。


「か、囲めっ!」


 まざまざと見せつけたつもりだったのだが、兵たちはそれだけでは止まらない。周囲を見回すとヨハン達を取り囲むように動いている。


「あなた達、こんなことしてただで済むと思っているのかしら?」


 溜め息混じりに呆れて兵たちを睨みつけるカレン。


「それはこちらの台詞ですなカレン様。言い訳でしたら後で聞きますので今は大人しくしてください」


 取り囲まれるその中で、ベテランの兵がカレンの問いに答えた。


「わたしが何をしたというのかしら?」


 腰に手を送り、堂々と再び問い掛ける。


「…………自分達が知るところではありません」

「そう。ならルーシュに直接聞きに行くわ」

「なりませんっ!」


 バッと制止するように腕を水平に伸ばす兵士。そのまま他の兵士をチラッと見た。


「こちらの言う通りにして頂けたら悪いようにはしません」

「いきなり仕掛けてきておきながらそんな言い分は通らないわ」

「ならば仕方ありません。力づくで抑えさせて頂きます」


 平行線のやりとりの結果、周囲を取り囲む兵士たちは剣を構える。


「ヨハン。お願い」

「わかりました」


 現状話し合いなど通じないのはわかっていた。ただ確認したかっただけ。

 ヨハンはカレンの前に立ち塞がるかの様にスッと前にゆっくりと歩く。


「い、いくぞっ」

「あ、ああ」


 兵士達が互いに声を掛け合い、決心するほんの一瞬の隙を狙って地面を強く踏み込んだ。


「えっ?」

「なっ!?」


 正面の兵を二人、一人一振り。一撃で倒す。


「え?」

「ぐふッ!?」


 そのまま立て続けに周囲で困惑している兵士を五人倒した。


「…………」

「…………は?」


 あまりにも圧倒的な速さに兵士たちは目を丸くさせる。


「じゃあいくわね」


 ヨハンとニーナで道を作り、カレンはその間を悠々と歩いていき、兵士達はあまりにも堂々とした態度とその強さに対して思わず後退りをした。


 ゴクッと唾を飲む兵士たちの中に先程のヨハンの動きを特定出来た者は誰もいない。


「く、くッ! か、かかれッ!」


 困惑しながらも先を行かせるわけにはいかない兵士が指示を飛ばす。


「そっちはお願いねニーナ」

「まっかせて」


 前方と左右から来る兵士に対してはヨハンが対応し、後方に関してはニーナがカレンの身を守る様にして兵士を殴っては蹴り飛ばしている。


『ごめんなさい。わたしは手を出せないの』

『そうですね』


 カレンが手を出してしまうと余計にソレを追及されかねない。それこそドグラスやレグルスの思うつぼ。ヨハンとニーナはあくまで護衛としてカレンを護っている。

 大勢の兵士が待ち構える敵陣真っ只中にたった三人、護衛二人を連れて突っ込むなど下手をすれば命を落としかねない状況。通常であれば明らかな悪手。そもそもそれ以前の問題。


「(ここは問題ないわね)」


 それでもカレンはヨハンとニーナを信頼していた。問題はここではない。


『要はカレンさんを無傷であそこまで連れて行けばいいんだよね?』

『ええ。もちろんわたしだけでなくあなた達も一緒にね。最後までお願い』

『お願いされましたっ!』


 ピシッと敬礼をするニーナの横に立つカレンの視線の先。

 この軍の最後尾に陣取っている相手。カサンド帝国の旗が掲げられているその場所。


『あそこにルーシュがいるわ』


 天幕には同行する皇族、ルーシュがいるのはわかっていた。

 そこまで辿り着けば誤解を解くためにルーシュと直接話をすることができるかもしれないと考えている。


『じゃあいくよニーナ。前は僕が見るから後ろをお願いね』

『りょーかいお兄ちゃん!』


 そうして迫り来る兵士達を薙ぎ倒しながら前に進んでいった。



 ◇ ◆ ◇



 帝国兵二百人が列を成すその一番後ろ。天幕から少し離れた場所。


「なぁアッシュよぉ。実際コレどうするんだよ?」


 問い掛けるのはモーズ。

 隣にいるアッシュは明らかに困り顔で遠くに見えるヨハンとニーナ、レグルスの私設兵を蹴散らしているのを見ていた。


「だいたいあたいにはとても信じられない話さね。皇女様のことはよく知らないからともかくとして、あの子達がそんな片棒を担ぐだなんてさ」

「それは俺も同じ気持ちだよ」


 アッシュは大きく溜め息を吐いて首を振る。


「それにさ、あたい達のような冒険者まで駆り出すだなんてね。いったいどういうつもりなんだいお偉方々は」

「まぁ俺達は所詮雇われだから要請があれば参加しないわけにはいかないからね」

「ったく、変なことに巻き込まれちまいやがったぜ」


 ロロとモーズも心中複雑であった。

 カレンが、皇帝の直系である第一皇女であるカレンが反乱を計画しているのだという報せを兵から受けた時は耳を疑った。それだけに留まらず、捕らえる為に戦力を組むのだというのだから。


「しっかしアイツら鬼の強さだな」


 額に手を添えながら感心するモーズの横でアッシュは思案に耽る。


「おかしいと思わないかい?」

「なにがだよ?」

「これだけの兵を用意しただけでなく、俺達まで駆り出されたことがだよ。さっきはああ言ったがどう考えもおかしいだろ?」

「そりゃああの子達を捕まえようとするのだからこれぐらいいるだろうさね」

「それだよそれ」


 アッシュの言葉にモーズとロロは疑問符を浮かべた。


「どいうことだ?」

「彼らが特別強いというのを俺達はよく知っている」

「もちろんさね」


 剣聖の師事を受けているその強さに才能。あの歳であれだけの強さは素直に驚嘆に値する。それだけでなく、記憶に新しいほぼ死に直面していたあの状況を助けられて見事にその場を脱したのはヨハンとニーナの力があってこそ。


「だが、果たしてこれだけの人数が本当に必要なのだろうか」


 普通に見れば過剰戦力。周囲を見渡して見てもカサンド帝国の兵士二百人とレグルスの私設兵が三百人。現有戦力のほとんどを費やしている。


 そのままチラリと周囲を見回した先には衣装が不揃いの荒くれ者達。


 それに加えて街の冒険者達が五十人程。明らかに子ども二人と女性を一人捕らえるだけの人数とは思えない。


「なんか情報がいってたんじゃねぇの?」

「そうさね」


 皇女の護衛は冒険者が務めているのだということは知られていること。上役ならばオーガの一件や他にも何件かの情報を持っているだろうと。そのため、モーズとロロはアッシュが抱く疑問を特段不思議に思うことはなかった。


 確かにそれも否定はできないのだが片隅に疑問が残る。


「(本当にそうか?)」


 アッシュはそのまま振り返り、ルーシュがいる後方の天幕を見た。



 ◇ ◆ ◇



「つ、強すぎるだろコイツら…………」

「どうやって捕まえるんだよ?」


 呆然とするレグルスの私設兵。

 たった二人の子どもに対してまるで太刀打ちできていない。バタバタと倒れていく仲間の姿を後ろで控えている兵は剣を握るだけでただただ呆然と見ていた。


「どうやらだいぶ士気を削いだみたいだね」


 遠巻きに見られる。

 例え踏み込んだところで倒されるのが目に見えているので最初の勢いは衰え鳴りを潜めていた。もう誰も踏み込んで来ないでいる。


 開戦当初のレグルスの私設兵はヨハンとニーナを甘く見積もっていた。

 ルーシュとカレン、皇族の直系が二人も帝都からわざわざ辺境のドミトールに来るのだというのだからそれなりの人物が護衛に就いているのだろうという情報は前以て入っている。それがS級冒険者ペガサスなのだと知った時の兵士たちの驚きと動揺はかなりのもの。予想以上の人物をあてがわれていたことに驚愕していた。


 政務に関しても堂々としている様子は年の割には大したもの。兵士達が年端もいかないルーシュの見る目を変えていくのも必然とそうなっていたのだが、カレンに対しては全く違っていた。


 カレンの持つ美貌には羨望の眼差しが向けられていたのだが、ドミトールに来て以来ほとんど遊び歩いてばかり。加えて隣にいる二人の護衛、ヨハンとニーナの頼りなさ。曲がりなりにも皇族の護衛を務めるのだからいくら継承権を持たない皇女だろうと護衛も自然と見れる程度と考えていた。それがまさかのカレンよりも年下の子ども達。


 いくらなんでもペガサスとの激しい落差に笑いが漏れ出た程。噂によると少し程度強いのだという話なのだが、所詮強いといっても知れているだろうと。さすがお飾りの皇女だと、陰では鼻で笑われていた。


 反旗を翻すのも毒物に頼る始末。捕まえるのも容易いだろうと考えて臨んだ一戦。


「――……うぅ、あぁぁぁぁ」


 夢でも見ているのかという程の状況。

 それがまるで見当違いだったのだということを今正に見せつけられていた。



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