第二百六十九話 精神の中
パアァァンッ!
衝突し合う二つの閃光。
繰り出された互いの剣技、剣閃は衝突した途端に大きな破裂音を生む。
お互いの剣閃が相殺するのを確認するよりも早く二人とも再び動き出していた。
「……な、なによあの二人」
それを目にするカレンは驚愕にぽかんと口を開ける。
全く入り込む隙が見当たらない。とはいえ、割り込もうにも魔力をほとんど消費してしまった今、防御障壁の展開しかできないのだが。
「くっ!」
しかし驚愕を受けるのは、万全の状態であってもあれだけの剣技の応酬の中に割って入れる気はしなかった。
「せめてヨハンが持ち堪えている間に……――」
シトラスを倒したいとチラリと上へ視線を向けるのだが、ニーナがあの状態である以上、シトラスを倒してしまってはその後のことが一切読めない。
「――……ほんとあの子、迷惑ばっかりかけて…………――」
呆れてものも言えない。
思い返せばここに至るまで余計なことばかりしていたニーナ。護衛の任に就いているのだが、役に立ったかといえばそうではない。決定的に役に立ったのは毒を嗅ぎ分けたこと。それ一つは重大なことで十分に評価が出来て、ニーナがいたことで正直助かった。
しかし、それ以外はむしろ邪魔ばかりしていた。ヨハンの方はまだいくらか頼りになった部分はあったのだが、ニーナに至っては楽しそうに食べては遊んでばかり。
極めつけはこの敵対行動。
いくら竜人族としてのその潜在的な力が狙われたとはいえ、ここまでの事態。
これからどうするか、いくつかの選択肢が脳内を過る。
「――……ふぅ。仕方ないわねあの子も」
しかしそれでもニーナを救わないという判断をカレンは下さなかった。
「ティア」
「なんだい?」
「あの子を必ず助けるわよ!」
決意をその胸に宿す。
「知ってるよ。楽しそうだったもんねカレンちゃん」
にんまりと笑うセレティアナ。
「そんなことないわよっ!」
「うそばっかり」
「嘘じゃないわよっ!」
「ボクにウソをつけるとでも?」
「ぐっ!」
「初めてボク以外に友達ができたもんね」
「なッ!?」
セレティアナの言葉に一瞬声を発すカレン。
「……ま、まぁ友達っていうのとは、ちょ、ちょっと違うけど…………た、楽しかったのは事実、ね。あの子、バカだから。気を紛らわせるのには丁度良かったのよ。そ、それだけは認めてあげるわっ!」
そのままフイっと恥ずかし気に顔を逸らす。
ふふふっ、とその仕草をセレティアナは笑って見ていた。
これまで友達といった友達が近くにいなかったカレンはその立場上仕方ないと捉えている。だが、まるで遠慮のないニーナに対していつの間にか親しみを覚えてしまっていた。
自覚と無自覚の狭間、公務と私用を共に過ごし、その立場の違いに少なからずの歳の差。多くの葛藤を持つ中でそれにやすらぎを覚えていないわけではない。まるでセレティアナと仲良くなっていった時と似たような、帝国城で過ごしていた時の孤独を埋めていくようなその感覚。
「それで、助けるのはいいけど、どうするつもり?」
「ええそうね。まずはサリーさんを起こさないと」
「いいの? もしかしたらあの子と同じように敵になるかもしれないよ?」
「……わかってるわ」
ニーナがあの状態。
意識を失っているとはいえ、サリーも同じような状態にならないとは限らない。だが、持ち前のニーナの身体能力だからこそあれだけの動き、ヨハンは攻撃を受けることになっている。しかしサリーはどう見ても戦闘に特化しているわけではない。仮に多少戦闘ができたとしても問題はない。カレンも基本的な戦闘に関しては普通の一般兵よりはよっぽど強い。剣技に槍術に体術など、戦闘の基礎は扱えた。
「ティア。サリーさんは今どんな状態?」
意識を失ったのは刺激。恐らくシトラスに突きつけられた事実、現実をその精神がなんらかの事情で拒否反応を起こしたからだとカレンは推測している。
「特に魔力の乱れとか」
時に病に似た症状を引き起こす魔力の乱れ。それが原因であれば魔力の乱れを正常に戻せばいい。
「うーん。魔力は乱れてないねぇ。むしろ流れるぐらい綺麗。さすが龍脈ってところかな?」
身体中を循環している魔力に乱れはなかった。
「なら他の理由は?」
「そうだねぇ。彼女の奥の魔素、いやマナだねコレは。心臓部分のそれがどうやら激しさを見せているね。だからあとはカレンちゃんが探ってみたら?」
セレティアナは腕を組んでカレンに問いかける。
「ボクが手伝うからさ」
そのままニコリと笑いかけた。
「……仕方ないわね」
横たわるサリーに対してカレンが手をかざす。肩に座っていたセレティアナもカレンの手の上に下りると同じようにしてその手を重ね合わせた。
「じゃあいくわよ」
「うん」
直後、カレンとセレティアナの手が白く光を放つ。
「カレンさん?」
ヨハンは離れたところでサリーに手をかざす姿を視界の端に捉えた。
「何かするつもりなんだ」
それならば、今はとにかく時間を稼ぐことだけに集中する。
◇ ◆ ◇
「――ここは?」
真っ白なその空間。
ふわふわとしたその綺麗な空間には上も下もない。壮大な白さは感嘆の息を漏らすほどの美しさ。
「どうやら上手く入り込めたみたいだね。ここは彼女、サリーの精神の中だよ」
「もしかして、ティアも普段はこんなところにいるの?」
「そうだね。大体似たような感じかな?」
「へぇ」
セレティアナのような精霊が召喚前にいる不確かなその空間と今の空間は酷似していた。
「じゃあ探すよ」
「ええ」
ふわふわとしたその空間の中、泳いでいるわけではないのに何故かその場の進み方がわかる。
ゆっくりと漂いながらその中を進んでいった。
「何もないわね」
「こっちだよ」
景色がほとんど変わらないその中を進むのだが、セレティアナがカレンを先導する。
時折周囲を緑色の線が通り過ぎていくことがあり、セレティアナによるとそれは龍脈の魔力なのだという事だった。
「――見えたよ」
「あれは?」
そのまま視界の奥、そこに小さな黒い粒を見つける。
「アレだね」
アレとはサリーの意識。その深層意識の中枢部。
「なに、これ」
近付くにつれてそれがどれだけどす黒いものなのか、その異様さを漂わせているのかがわかった。
「この中に入るの?」
「うん。だからボクの魔力を分けてあげるよ」
「いつもと逆だけど、できるの?」
「どうやらここは特別みたいだね。龍脈の力がボクに力を貸してくれてるよ」
本来精霊は、精霊術士から魔力の供給を受けてその能力の行使や実体化を果たすのだが、この場所に至ってはそれが逆転している。
スッとカレンの背後に回り込んだセレティアナはその手をピタッとカレンの背に手の平を着けた。
「す、ごい」
途端にありありと実感を得るセレティアナから流れるその魔力。龍脈の力。枯渇しかかっていた魔力が戻って来るどころか、それ以上に感じる。
「ありがとうティア。これならいつも以上ね」
自身の周囲に魔法障壁、取り囲むように光り輝く障壁を展開する。
「いくわ」
「うん」
そのままグッと息を呑み、瘴気の中心部に対して進み始めた。




