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第二百六十八話 想定外の敵対

 

「どうしたんだニーナ!?」


 まるでヨハンのことを認識していない様子を見せるニーナ。


「ぐるぅうううううう」

「くっ」


 そのまま獣の如き唸り声を上げてヨハンを睨みつけていた。


「(それに、アレはあの時の)」


 遠目に見える身体的な特徴の変化、ソレは以前にも見せた黄色い眼球に細長い黒目。竜人族としての力。圧倒的な残虐さを孕んでいるその状態。


「どうしちゃったのよあの子?」


 初めてその状態を目にするカレンは困惑しながらヨハンに問い掛ける。


「わかりません。ですが、あの状態のニーナは危険です。気を付けてください」


 敵を敵として認識しながらも、味方に対しても凶刃を振るうのはオーガの時、その狂気を迷うことなくアッシュにも向けていた。それはカレンも話には聞いている。


「……アレが竜人族の力、なのね。ねぇティア、なにかわかる?」


 フワフワと浮いているセレティアナ。精霊であるセレティアナであればニーナの今の状態が理解できるかもしれないとカレンは考えた。


「ちょっと待って!」


 問い掛けに応えるようにセレティアナはニーナをじっくりと確認する様に目を凝らして見る。


「……あの子、もしかして、龍脈の魔力を取り込んじゃってるの!?」


 ニーナの状態をその眼で視るのと同時に受ける衝撃と驚愕。

 加えてセレティアナに見えるニーナの身体を包み込んでいる、綺麗で透き通る程の緑色の光。どう見ても以前のニーナは纏っていなかったその光、ソレにはセレティアナにも覚えがあった。


 その緑色の光がこの場でニーナに対して何らかの作用をもたらしている。ソレは、この地に流されている龍脈の魔力そのものであり、ここに至ってはサリナスの複製体を造ることに使われていた。


「…………」


 一連の出来事を関連付けるセレティアナは全てを理解する。


「……なるほど。そういうことね」


 セレティアナの見解では、ニーナが捕らえられていた理由は龍脈の魔力とニーナの魔力を融合させてサリナスの再生を望まれていたのだという推測。実証がされたわけではないので推測止まり。しかしこの特殊な場や、先程の日記などの持ち得る情報を照らし合わせて総合的に考えると、その可能性は濃厚だろうと踏んでいた。


「わかったわカレンちゃん」


 カレンの肩にちょこんと座るセレティアナ。


「わかったって何が?」

「あの子、そのサリーって人の魔力が澄んでいた理由だよ」


 同時に思い立つ。

 未だに意識を失っているサリーを見てセレティアナは納得した。この場に於ける魔力のほとんどが龍脈を介しているのだと。それが、今正にニーナの身体の一部となって溶け込んでいる。


「澄んでいた理由?」

「彼女は龍脈の魔力、それがサリーって人の身体を構成しているわね。どうして今まで気が付かなったのだろう」

「……なるほど。龍脈の魔力を素に造られたからってわけね」

「うんそうだよ」


 深く頷き、カレンも同じようにしてサリーを見た。

 精霊の泉に流れる特殊な魔力、龍脈。ソレを素に構成されている人造人間、それがサリーである。従来の人間を構成している魔力とは異なり、初めて見た時のサリーに抱いていた違和感についての疑問が払拭された。


「だからあの魔石の欠片がここから掘り起こされた……いえ、龍脈の魔力片が変異して付いていたのね」

「そのとおり」


 ようやくカレンもおおよそを理解する。魔石の欠片が生まれた理由を。サリナスに注がれていた龍脈の魔力が漏れ出て地表の魔石に微かな魔素としてそれが付着していたのだと。


「なるほど。そういうことなんだね。でもティア。どうしてニーナは今シトラスを守ったの?」


 隣で聞いているヨハンもその見解には納得したのだが、まだ疑問が残る。まるで考えられないような先程のニーナの行動。


「……ごめんヨハン。それについてはわからないわ」


 フルフルと小さく顔を振るセレティアナ。


「でも、今の話から考えられるとしたら…………――」


 カレンが周囲を見回し、思考を巡らせる。

 考えられるのはこの特殊な場がニーナになんらかの、ヨハンをヨハンと、兄と認識することがなく、更に敵対するだけの理由を与える、それだけの影響を及ぼす程の理由。


「――……もしかして、サリナスさんの記憶!?」


 一つの結論が導き出された。


 全体を見渡して、ニーナが浸かっていた容器が影響したのだとすればこの状況にも納得がいく。


「あり得るね」


 セレティアナも同意するようにして頷いた。むしろその可能性しか現状考えられない。


「カレンさん、それって?」

「考えてもみなさい。あの子、さっきシトラスのことをお父さんって言ったのよ?」

「……確かに」


 先程シトラスを守った時に見せたその反応。あまりにも予測不能な出来事だったのでそこに思考を回せていなかったのだが、言われてみればその可能性を否定できない。


「ならどうすればいいんですか?」


 仮にそうだとすれば、移り込んだサリナスの記憶への対処をしなければならない。


「わからないわ」

「…………」


 答えが見つからないままヨハンはニーナを見る。

 以前のあの状態のニーナは、ヨハンを兄だと、攻撃を加えようとしたアッシュも含めた上で周囲の状況を把握していた。


「何かできるとすれば……――」


 今も肉体的な状態が同じなのだとすれば、違いがあるのは恐らく精神的な部分。


「――お父さんはあたしが守るッ!」

「「!?」」


 ヨハンが状況の分析をしようとしたのだが、ニーナはヨハン達の結論を待つことなく地面を踏み抜いて突如として襲い掛かって来た。


 その踏み込みの速さは普段の、いつも見せるニーナの比ではない。


「カレンさんっ!」


 ドンっとカレンを突き飛ばして即座にニーナの剣を受け止める。


「うぅゥゥゥゥゥッ!」


 キィンと激しく鋭い金属音を響かせ、ヨハンとニーナの剣が重なり合った。


「に、ニーナ! 目を覚ますんだっ!」


 グッと受け止め、声を掛けるのだがニーナは低い唸り声を上げるだけ。変異したその眼でギュッと睨みつける。


「ニーナ! 僕だよ! ヨハンだよ! わからないの!?」

「ガアアァッ!」


 繰り返し声を掛けるのだが、尚も反応は変わらない。


「(す、すごい力だっ!)」


 ニーナと本気で剣を交えたことはこれまでなかった。それでも、普段の動きを見ているのである程度の実力は把握している。しかし今のニーナはそれを遥かに凌駕する膂力を発揮していた。


「お……父さんに、手を出すなッ!」


 グンッと押し込まれる力がヨハンを上回り、力負けする。

 力一杯に押し切られた勢いもあってヨハンは後方に弾き飛ばされた。


「ぐっ!」

「があっ!」


 飛ばされた後方で片膝を着くなりすぐさまバッと前を見ると、ニーナは既に追撃を仕掛けている。


「なんとかして止めないとっ!」


 そのままニーナの足元に視線を向けた。


「はっ!」


 急いで魔力を練り上げ、迫って来るニーナの前方、その足元の土をボコッと隆起させた。


「!?」


 突然ズモモと盛り上がる土壁。それはニーナの眼前、視界を埋め尽くすほどの大きさ。ニーナに傷を付けずにその動きを止める為に土壁を出現させる。


「よしっ!」


 ほんの僅かの怯みでニーナの動きを一瞬遅らせることに成功した。


「はあっ!」


 そのまま立て続けに魔力を練り上げ、四方を取り囲むように同様に土壁を生み出す。


「ごめんね、ニーナ。ちょっとだけそこで待ってて」


 土の中にニーナを閉じ込めることで、打開策を見出すための時間を稼ごうとした。


「ガアッ!」

「えっ!?」


 微かに聞こえる、土壁の向こうで吠えるニーナの声。

 ピシッと小さな音と共に目の前の土壁に小さな亀裂が生じる。


 次の瞬間――。


 亀裂が僅かに大きくなった瞬間、バンッと激しい音が響き、亀裂が入った場所を中心に土壁は破裂するように砕け散った。


「ああああああああッ!」

「ぐ、ぐうっ!」


 そこから飛び出して来るニーナは再び剣を振り下ろす。まるで止めることが適わない。

 それどころか更に後方に押し込まれた。


「に、ニーナっ!? 頼む! 目を覚ましてくれッ!」


 ガッと力一杯に剣を押し返す。


「オオオオォッ!」


 縦横斜めの剣戟に加えて蹴りも含まれるそれは規則性のない動き。洗練された動きとは程遠いどころかまるで真逆の野性味に溢れた動き。そのはずなのだが、圧倒的な速さも相まったそれは次の動きの予測を絞らせない。


 可能ならニーナは無傷で済ませたい。

 結果、動きを見てから対応しなければならなくなり、常に後手、躱すか受け止めることしかできなかった。


「な、ならっ!」


 片腕に練り上げる魔力。それに風の属性を付与させ、剣戟の隙間を縫ってすぐさまその腕を大きく振るう。


「きゃっ!」


 突如巻き起こる突風にニーナは吹き飛ばされた。

 ニーナに傷を付けない程度の風の魔法、あくまで距離を取るためにそれを用いる。


「ツヨイじゃない! さすがお父さんを追い詰めただけあるわねッ!」


 どうしようかと悩む時間さえも許さない。

 ニーナはヨハン対して手を向けると、すぐさま魔力を練り上げた。


炎破爆(ファイアバースト)


 ニーナの手元から猛る炎が放たれる。


(すい)連打(れんだ)


 相殺するためにヨハンもいくつもの水弾を放った。


 猛る炎と幾つもの水弾が衝突する。ジュワッと炎と水が相殺し合うと同時に、ムワッとする水蒸気が辺り一帯、視界を埋め尽くした。


「さすがニーナ。どうにもならないなこれ」


 水蒸気越しに見るニーナの影。こんな状況とはいえ、本気のニーナのその強さを改めて認識する。


「あれ?」


 先程までの様子であるならばすぐさま突進してきてもおかしくはない。だがどこか踏み込みをためらっている様子が見えた。


「アレは!?」


 水蒸気越しに見えるそのニーナの影は踏み込んで来ることもなく、剣を上段に構える。


「くっ!」


 ためらってなどいなかった。距離がある状態でのその構えに覚えがある。

 急いでヨハンも同じようにして斜め上段に構え、瞬時に剣へ闘気を流し込んだ。


「ハアッ!」


 ニーナの影、その上段に構えた剣を勢いよく振り下ろされるのと同時に周囲の水蒸気がギュッと螺旋状に巻き込まれる。


「はあっ!」


 その影の動きに遅れることなく、ヨハンもまたニーナのその動きとまるで鏡合わせかの如く上段から剣を振り下ろした。

 振り下ろされる剣によって、同じようにして水蒸気が螺旋状に渦を描く。


 ヨハンとニーナの剣から二つの黄色い閃光が生まれると、互いに向かって勢いよく放たれた。



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