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第二百六十一話 シトラス・ブルネイ(前編)

 

 ◇ ◆ ◇


 時代は遡ること今から約二百年前。

 当時のシグラム王国の周辺諸国にあたるカサンド帝国やドミトール王国が領土争いの小競り合いを続けていた。シグラム王国の南方の巨大山脈を越えたメトーゼ共和国に至っては人間と獣人の共存に関した内紛が起きるほどであり、今とは想像もつかない程に争いが起きては多くの人が倒れ血を流すような時代。それほどにひどく乱れていた。


 平和な国といえばメトーゼの更に南にある宗教国家のパルスタット神聖国ぐらいである。



 シグラム王国、建国歴799年。

 それはシトラス・ブルネイが人道を外れた人体実験の結果、極刑に処される二年ほど前。


「お父さん、今日もまた研究室にいくの?」

「ああ」


 爽やかな朝陽が差す木造建てのその部屋の中、三つ編みをした茶色い髪の女性が木製の机を前に挟んで目の前に座る男、パンを口にしたあと紅茶を口に運ぶシトラス・ブルネイに向けて話し掛ける。


「大したものよお父さんは」

「ありがとうサリナス。おかげでもうすぐ闇魔法の真相に辿り着けそうなのだよ」


 呆れながら声を掛けられる中、シトラスはカップを置き、ニヤリとまるで子どものような笑みをサリナスに向けた。


「褒めていないわよ別に。ほんと研究バカなんだからお父さんは。どうして王国はこんな人に研究なんてさせるのかしら」


 顎肘を立てて尚も呆れながらもサリナスも小さく笑みを返す。


「いやいや、確かにお父さんは研究バカかもしれないけど、お父さんの研究を喜んでくれる人もいるのだからいいではないか。それに、王国には感謝をしないと。そんな研究バカを拾ってくれてこうして研究室まで与えてくれたのだ。だからこそ生活できているのだよ?」

「わかっているわよ」

「ごちそうさま」


 小さく手を重ねるシトラス。


「どうせ研究するのなら光魔法の方を研究すればいいのに。どうしてわざわざ根を詰めるのが闇魔法なのよ」


 繰り返し呆れながらその女性、サリナスは立ち上がり、シトラスの皿とカップを片付け始めた。


「そんなの決まってるさ。闇魔法を研究する者の方が少ないだろう?」

「それはそうだけど、そもそも闇って響きがよくないわよ。陰気臭いわ」

「気持ちはわからないでもないけど、それは決めつけだよ。闇だろうと光だろうと、魔法には変わりはないからね」


 シトラスは立ち上がり壁に向かって歩いていくと、壁に掛けられていたマントを羽織る。


「確かにサリナスの言うように闇って日陰者みたいな印象があるけど、光と対を成すのだからやっぱり重要な位置付けなはずなのだよ」

「でも魔法自体にも影とか黒いものが多いじゃない。聖なる光とはよっぽど対照的よ」


 この時の光と闇の魔法は扱えるものが限られる先天性のものとされていた。

 光は太陽の光。闇は夜の闇といった具合に見られてそれが定着している。どちらも稀少な属性に変わりはないのだが、光を扱える者は主に神官などといった聖職者への道を目指すのが当たり前であり、闇を扱える者は光に影を落とす、と畏怖の念を抱かれていた。


「それはそうだけど、だいたいそれを決めたのは人間だよ? 仮にだけど、もし今の光魔法に闇という言葉があてがわれていて、闇魔法の方に光という言葉があてがわれていたとしたらサリナスはどう思うのだい?」

「そんな難しいことを言われても私にはわからないわよっ!」

「別にそれほど難しい話ではないけどね。それに、闇魔法も中々捨てたものじゃないよ。さすがに戦争に使われるのはちょっと忍びないけど」


 これまでの闇魔法の常識といえば、闇に紛れ、身を潜める影移動や、目に見えぬ速さで飛ぶ光弾と対を成すことのできる黒弾が認知されている。それは主に暗殺に向いているとされていた。


 しかし、魔導士としての素質も有するシトラス・ブルネイの研究により、闇魔法によって重い荷を影の中に沈めて運ぶなど、人を割かずに多くの物を移動させることができるようになり、扱える者が少ないとはいえ汎用性が高まり社会へ大きく貢献することになる。


 結果、それまで抱かれていた闇魔法への差別的な偏見が一部では見直され始めた程。


「どっちにしても私にはわからないわ」

「はははっ。まぁ簡単に言えば、世の中の決め事は全部人間が決めているだけだってことだよ。良いも悪いも何もかも、ね」


 シトラスはそのまま玄関に向かって歩いた。


「それならなんとなくわかるわ。でもそんなことだからいつまで経っても戦争がなくならないのよ。同じ人間なのだから仲良くすればいいのに」

「……そうだね。お父さんもサリナスの言う通りだと思うよ」


 戦火に見舞われるのはいつだって力の弱い者。戦う力、抗う力を持たない者達。

 多様な考え方によって意見や主張が食い違うと人は争いを生み出す。それは時によって高圧的になり、時には武力的な行動によって抑え付けられていた。


「(しかしわからないのは魔族という存在。引いては禁忌魔法だね。これだけはなんとも……――)」


 シトラスは玄関で立ち止まり思考を巡らせる。


 調べれば調べる程、闇魔法のどこかにその存在が散見されていた。

 魔族というその異形の存在。それが特に多く見られていたのは戦争が起きる時、その人外ならざる力はあまりにも人智を越えた力を振るわれるために畏れ忌避される。


「(――……確か前に一度お会いした賢者パバール様が言っていたな。かつて魔族という存在が大陸中を巻き込んだ戦争を仕掛けた、と)」


 魔法の研究の為に出掛けたその旅先で偶然にも出会った賢者パバールという存在。

 詳しくは教えてもらえなかったが、どうにも悠久の時を生きるのだというその人物。


「(パバール様は今の平和な時代に魔族という存在は忘れ去られた方がいいと言っていたなぁ)」


 魔族もまた自分と同じようにして悠久の時を生きるのだと。しかしその詳細は一部の人物がそれを知ってさえいればいい。今後魔族に関する何かがあれば、有事の際にはソレに対応してくれるのだと。わざわざ今を平和に生きる人間に対して、これ以上の不安を煽るような伝承など残す必要ない、と。


 元々シトラスが賢者パバールに辿り着いたその記述。古い歴史書に描かれていた混沌としたその時代。それはまるで神話の御伽噺のような話。


「これで平和だなんて、大昔はとんでもない程に荒れていたみだいだね」


 一体どういう時代なのかと考えるのだが、過去がどうであろうともどちらにせよ今も争いは尽きない。平和とはとても言い難い。


「平和……か」


 シトラスは今の世を憂いそう小さく呟いた。


「何か言った?」


 食器を洗いながら玄関を覗くサリナスは小さく溜め息を吐くシトラスを見る。


「いや、なんでもないよ」

「そう?」

「じゃあ行って来るね」

「はーい」


 食器を洗い終えたサリナスは濡れた手を布で拭いながらシトラスを見送りに玄関に来た。


「じゃあ研究頑張ってね。お父さん」

「それだけ?」

「それだけよ?」

「はぁ。お母さんが生きていれば愛してるぐらい言ってくれたのじゃないかなぁ?」

「知らないわよっ!」

「はははっ。じゃあね」


 そのままシトラスは玄関の戸を開けて家を出ていく。


「もうっ。いつまでも甘えちゃって」


 パタンと閉まる戸を見送りながら、サリナスは両手を腰に当てた。


「さーて、買い物にでもいきましょうか」


 鼻唄を歌いながらサリナスも外出の支度を始める。



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