第二十五話 魔族
「“――――これほどとはな”」
聞いた事のない声が周囲に響き渡る。
「なにこの声!?きもちわるい」
「頭がぐらぐらする」
「ま、さ、か……」
モニカとレインが頭を押さえながら声に対して嫌悪感を示しているが、エレナは加えて視線の先に嫌な予感を覚える。
「やはりそうでしたか」
シェバンニは聞いたことのない声を発した者に覚えがある様子だった。
「あなた……『魔族』ですね?」
「“いかにも。我は魔族である。名を『ゴルゴン』”」
元少年だったが今は全く違う姿。
魔族でゴルゴンと名乗った翼の生えたその生き物は圧倒的なまでの魔力を周囲に吐き出す。それまで爆炎と土煙が立ち込めていた闘技場が一気に開けた。
煙の中で影としてしか見えなかった翼の生えたその生き物が禍々しい姿を曝け出す。
「それで、魔族がどういったご用件でこちらへ?」
シェバンニは目つきだけを鋭くさせ、淡々と会話を続け、そこにヨハンが走って戻ってくる。
「先生、魔族ってなんですか?」
「……魔族とは、かつてこの大陸を恐怖に陥れていた種族。遥か昔に王家の祖先によって魔王が封印された際に魔族もその力をほとんど失っていたらしいのです。その存在は現在ではほとんど伝わっていないのですが…………」
「“いかにも、そこが者の言う通り。つまり、我が力を取り戻したということは魔王様の復活が近づいているということとなる”」
「お、おい、魔族ってなんなんだよ?」
「そんなの私にわかるわけないじゃない!」
話を聞いてはいたのだが、レインもモニカも全く話に付いていけない。
そんな中――
「……魔族。それが今何故?」
周囲に聞こえない程度の声でエレナがぽつりと呟いた。
「エレナ?どうしたの?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
モニカの問いに慌てて誤魔化すように表情を取り繕う。
「そうですか、魔王の復活ですか。聞きたいことは他にもありますが、それは素直に教えていただけるのでしょうか?」
「“お主等にそれを教える義理が我にあるとでも?”」
「でしょうね」
シェバンニが情報を聞き出そうと試みるがゴルゴンは答える気がない。
そこにエレナが一歩前に進み出る。
「では、なぜこの場に現れたのかは教えて頂けますか?」
レインとモニカがギョッとする中、臆せず魔族に問いかけた。
「(エレナの根性すげぇー)」
「“……まぁよかろう。我が欲する魔力を感じたためだ。しかしこやつではなかったようだがな。ひときわ大きな魔力を持っていることには変わりはないようだが”」
魔族はチラリとヨハンに視線を送る。
「では今日のところはお引き取り願えますかな?」
「“そうしたいところであったが、そこな小僧は中々見逃せるほどの魔力の持ち主ではない様なのでな。ここで死んでもらうこととする”」
「はぁ、そうですか(仕方ありませんね。なんとか校長が来るまでこの場を持ちこたえなければいけませんか)」
「――――待たせたな」
上空から別の声が響き渡ると同時に、パリンという音と共に上空の結界が破壊される。
空から人が降ってきた。
ドスンと凄まじい音を響かせながらガルドフ校長が姿を見せる。
「うむ、レイモンド先生から報告を受けて駆け付けてみれば魔族とな。これは久々に血が騒ぐの」
「先生は魔族をご存知で?」
モニカが突然姿を現した校長に対して驚きつつも問いかける。
「ああ、魔族とも冒険者時代にやったことがあるぞ。倒し方がわからず苦戦したがな」
「校長!」
シェバンニが校長に鬼気迫る様子で話し掛けた。
「おおシェバンニ。もう安心するのじゃ、後は任せておいてよい!」
「いえ、先程校長が壊されました闘技場の結界ですが、このあと誰が張り直すとお思いですか?」
「――む、むぅ……」
口調は穏やかで表情も笑顔なのだが、どこか怒気を含んだ言い方でガルドフに迫る。
「“…………”」
魔族ゴルゴンはその様子を黙って見ていた。
「(なんだか緊張感に欠けるなぁ)」
「それで、校長先生、どういたしますの?」
「(やっぱエレナすげー)」
黙って見ているのはどうしたらいいのかわからないレイン達も同じなのだが、緊張感の欠ける掛け合いの中エレナが割って入る。
「あ、ああ!それなのじゃが、魔族は光属性に弱いようでな。まぁ見ておれ」
「校長?話は終わっていませんのであとでまたお願いしますね」
「シェバンニよ、今はそれどころではないじゃろう」
「“…………もうよいか?”」
一部始終を見届けた魔族ゴルゴンはもう待てない様子だとばかりに襲い掛かって来た。
鋭い爪を大きく振りかぶってシュッと風切り音が響く中、ガルドフが一瞬で躱す。
そして、グッと拳を握り中腰に構えてゴルゴンの懐に潜り込んだかと思えば次の瞬間にはゴルゴンの腹部目掛けて打ち込む。
その拳は白く光り輝いていた。
「“グオォォォォ”」
ゴルゴンが苦悶の声を上げながら後方に吹き飛ぶのだが、翼を羽ばたかせて態勢を整える。
「どうじゃ、効くじゃろう?まぁ光属性以外でもいくらかのダメージを与えられるようじゃが、光に比べると微々たるもんのようじゃからの」
「“グッ、クゥゥ、こ、これは!?”」
「無論、受けたのじゃからわかるじゃろう?見ての通り光属性を纏わせた拳じゃ」
「“こ、こんなことができる者が人間におるとはな”」
「では止めといかせてもらうぞ!」
ガルドフがゴルゴンに向かっていくが、拳が届くよりも早くゴルゴンの身体が地面を離れた。
「“ちっ、どうやら分が悪いみたいだ。ひとまず今日のところは退かせてもらうこととする”」
そう言いながらゴルゴンが翼を羽ばたかせて上空に向かっていく。
「くそ、抜かったわ。飛んで逃げるとは卑怯じゃぞ!」
「…………弱点は光魔法でいいんですよね?」
ガルドフが腰を落として低く姿勢を取り、「届くかのぉ」と小さく呟き跳躍してゴルゴンに向かおうとしたところ、横にはヨハンが立っていた。
手には光り輝く弓を構えている。
「…………そうじゃ」
「では」
そう言い放つとヨハンの手から矢が高速で上空に向かって解き放たれる。
矢は真っ直ぐにゴルゴンに向かい――――。
「“――そ、そんな馬鹿な!?”」矢がゴルゴンの身体を突き抜けた瞬間ゴルゴンの身体は霧散した。
「これでいいですよね?」
横に立つガルドフを見上げながらヨハンがあっけらかんと言い放つ。
その姿を見ていたシェバンニを始め、モニカ・エレナ・レインが呆気に取られてしまっていた。
「ヨハン!」
モニカを先頭にレインとエレナもヨハンの下に駆け寄って来る。よく見ると周辺はゴルゴンが放った爆炎魔法により大きく荒廃していた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
モニカがヨハンの様子を心配そうに確認する。
「うん、少し服が燃えちゃったけど、ダメージはそれほどないかな」
「そう、良かったぁ」
モニカが安堵と共にへたりとその場に力なく座り込んだ。
「それよりも、あいつ『魔族』って言っていたけど、先生?『魔族』ってなんすか?」
レインが魔族との一連のやり取りを思い出しながらシェバンニに確認する。
授業で習っているのも含めて、人間以外の種族で魔族などという種族は聞いたこともなかった。
「……魔族は、遥か昔に存在していた種族らしいのですが詳細はよくわかっていません。一応少しだけ聞いた話では、魔族の王、魔王は現在封印されていて目覚めることはないと聞き及んでいましたが」
「そんな存在が…………それがどうして今?」
「わかりません。先程の魔族は魔王の復活が近いと言っていましたが、魔王と魔族に関する情報は今ほとんど失われていています。それほど昔の出来事なのです」
「だが、完全に失われたわけではないぞ」
「校長先生?」
「うむ、魔王は王家の祖先が封印したのじゃ。それゆえ、王家には代々魔王に関する情報が受け継がれておるらしい。これは少し確認をする必要があるようじゃな」
ガルドフはエレナに顔を向ける。
「エレナよ、よいな?」
「…………わかりました」
エレナが思慮深げに頷いた。
「先生?どうしてエレナに?」
どうしてエレナに尋ねる必要があるのだろうか。
「大丈夫だヨハン、そのうちわかる」ポンとレインがヨハンの肩に手を掛けた。
「ん?ん?」
何がわかるのか、意味がわからない。
「とにかく、今は事態を収拾しないといけません。校長、もちろんあなたにもお手伝いしてもらいますからね。それと、あなた達は先に避難した他の学生達と合流しなさい。今後については追って伝えます」
そう言うと、シェバンニは嫌がるガルドフを捕まえて足早に闘技場の外に去っていった。
闘技場にはヨハン・レイン・モニカ・エレナが残される。
「あと、聞いておきたいのだけど、ヨハン、あなた光魔法も使えたのね」
「あっ――――」
状況が状況だけに思わず何も考えずに使ってしまったのだ。周りを見ると視線が集まっている。
「いやぁ、あれはその――」
「もう隠さなくても結構ですわ。レインはともかくとして、モニカとわたくしはヨハンが魔法の才能を隠している事には気付いていますわ」
「へ?そうだったんだ……」
「ええ、ですがそれはあくまでも魔法の才能の片鱗に気がついているだけでして、光魔法を使えるとまでは思っていませんでしたわ。もしかして闇魔法も?」
「うん、まぁたぶんそれなりに」
ヨハンが観念したように答えた。
エレナは、ふぅと一息吐く。
「わかりましたわ。結果あなたは4属性に加え光と闇の両方を使える、と」
「(なんでもありかよこいつ)それで、この後はどうする?」
レインが周囲を見渡しながら確認した。
「とりあえず私たちは言われた通り他の生徒と同じようにしていましょう」
「そうですわね、今後についてはまた連絡が来るみたいですし、とりあえず戻りましょう」
そうして四人は闘技場を出て校舎内に向かっていく。




