第二百五十八話 隠し通路
「こ、こんなの私知らないわっ!」
突然目の前に現れた地下への階段を目にしてサリーは声を荒げた。
「あなたが本当に知らないのか、それとも知っていて知らないふりをしているのかはわからないけど――」
「そんなっ!」
「――事実、コレはここにあるのよ」
驚愕に目を見開いて動揺しているサリーを横目に、ヨハンはカレンに向かって歩いて行く。
「カレンさん、これ……」
小さく問いかけた。
「ええ。ティアが言うものだから、その可能性を考えて調べてみたら案の定ね」
カレンは呆れるようにして息を吐く。
「よくわかりましたね」
「城にも似たような仕掛けがあったのを思い出したのよ。避難経路として時々こういった仕掛けがあるの」
「なるほど」
一部の要人を有事の際に安全に避難させられるように作られる隠し通路。知らなければ敢えて調べようとすることのないその仕掛け。ここに至っては本が隠し通路に繋がるスイッチになっていたのだが、偶然発見する事があるにせよこれだけある本の中からその一冊を選ぶことなど確率的には極めて低い。それも本自体が特に興味の惹きにくい図鑑なのだから。
「避難経路ということは、これは外に繋がってるんですか?」
「それはわからないわ」
「サリーさんは……」
チラッと目を向けるサリーは机に立ち上がったまま両手を机に伸ばして俯いていた。
「あの様子じゃ本当に知らなかったのじゃないかしら? 知ってたら止めてもよさそうだもの」
「そうですね」
ここまで一切こちらの要求を拒否することなく全て受け入れ、そのたびに驚いている。
今の様子に至ってはこれまでで一番驚いているようにさえ見えた。
サリーが困惑する中、カレンが口を開く。
「この中を調べさせてもらってもよろしいですよね?」
「…………」
一切の遠慮など見せることなく、堂々と言い放った。しかしサリーからの返答はない。
「(ニーナがこの中に?)」
今何が起こっているのか、全く理解できない。
だがこの先にニーナがいるとなると調べないわけにはいかない。
「……行くわよ。ヨハン」
「……はい」
カレンの問いかけに返答のないサリーの様子を後にして地下への階段へ向けてカレンは振り返る。
「――待って!」
今にも踏み出そうとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「サリーさん?」
振り返り、声の下を見ると、ゆっくりとサリーが歩いてくる。
「私もいくわ!」
「えっ?」
動揺の色を隠せない様子を見せながらも、困惑したその眼にははっきりと決意を感じさせた。
「もちろんいいわ。あなたの家だもの」
「ありがとう」
「いいんですか?」
「ええ」
はっきりと断言するカレン。
「ただし、これから何が起きたとしても、覚悟はしておいてくださいね」
「……は、はいっ。これが、これが父の遺したものであるのなら、残された私には確認する必要があります」
「そぅ」
ほんの僅かに尻込みしながらも、サリーはそう返答する。
そうして地下への階段を一段ずつ降りて行った。
◇ ◆ ◇
ヨハンとカレンとサリーは地下への階段を下りている。
それほど地下に潜るわけでもなく、階数で言えば二階分程度降りきったあと、そこから先は平らな道になっていた。
地下の道は薄暗く、土の壁と土の天井なのだが、その壁には魔灯石が填められた燭台が置かれている。
「これって……」
「魔道具ね」
人工的に造られた場所に多く設置されているその照明具は、魔力を流し込むと明かりを灯す魔道具。
ヨハンがそっと手を触れ、その魔道具に魔力を流し込むと中に埋め込まれていた魔石がポッと光りだした。
そのまま共鳴するようにして他の照明具も連鎖的に光を灯していく。
「いくわよ」
「はい」
ヨハンとカレンが前を歩きながらその後をサリーが追いかけるようにして付いて歩いていた。
そこから先、分岐があるわけでもなく、そのまま真っすぐ道なりに歩いていると目の前に両開きの鉄製の扉が現れる。
「ティア」
カレンが声を発して手の平を上に向けると、ポムっと姿を見せるのはセレティアナ。
「それって……」
突然目の前に姿を現した小さな存在にサリーが目を見開いた。
「はじめまして。ボクはカレンちゃんの契約精霊のセレティアナです」
「……どうも」
陽気に自己紹介をするセレティアナに対してサリーは小さく頭を下げる。
「そんなことよりもどう? なにか感じる?」
セレティアナの後ろをちまっと摘まんで目の前に持って来るカレン。
「うん。間違いないね。ここに来て確信したよ」
「そう。ならやっぱりここに龍脈の力が注がれているのね」
「この奥から龍脈の力を感じるよ。そこにあの子もいるみたい」
カレンとセレティアナの二人で納得しており、ヨハンとサリーは理解出来ない。
「カレンさん。龍脈って?」
抱いた疑問をそのままカレンに問い掛ける。
「ティア?」
「いいよ。ここまで来た以上、説明しないと可笑しいでしょ?」
「……それもそうね」
思案気な様子をしてカレンはヨハンをチラリと見た。
「あのねヨハン。龍脈っていうのは、メイデント領にある精霊の泉の力の素になっているの。ティア達みたいな精霊の力の根源ね。聞いたことないかしら?」
「えっと、確か……火の精霊は火に宿る力を、水の精霊は水に宿る力を使えるっていうやつですよね?」
「そうね」
魔法と違う自然界にあるその魔力。マナとも呼ばれるその力を精霊は行使できる。
精霊にも格があり、魔法の属性ともなっている火・水・風・土は四大精霊と呼ばれ、他にも雷や木に雪といった属性外の上位精霊、その下には属性を持つのだが意思を持たない微精霊などがあるのだと。
精霊術士はそのほとんどが微精霊か四大精霊の下位に当たる属性持ちの精霊と契約を交わすのだと。
「それがどうかしたんですか?」
「ええ。わたしもティアから聞いただけだけど、その精霊の力の源でもある龍脈が弱まっているのよ。なのに……――」
「……――ここにその龍脈の力を感じたんですね」
「そのとおり」
龍脈自体は初めて聞いた言葉。だがそこまで言われると説明されなくともある程度理解できた。
サリーはそのやりとりを聞いて、口を半開きにさせてポカンとしていた。そんなサリーをカレンは横目に見るのだが、特に声を掛けることもなく目の前の鉄製の扉に身体を向ける。
「だからこの先、何があるのか知らないけど覚悟しておいて」
「……わかりました。その扉は僕が開けますよ」
カレンを前に立たせるわけにはいかないので、ヨハンがその扉をゆっくりと押し開いた。
ギギギと音を鳴らして、ゆっくりとその扉を開けると、目の前の光景に驚愕する。
「……これは!?」
そこは広々としたその空間であり、部屋というには大きすぎる程。その空間の中にはいくつもの大きな円柱型の容器があった。
何より目を疑うのは、その円柱型の容器には緑色の液体が入っており、中に人間の姿があるのだから。
「サリーさん?」
足を踏み入れてゆっくりと進める中、その容器の中に入っている人間の姿には覚えがある。
膝を抱え込んだその姿で顔がはっきりと見えるわけではないのだが、間違いなくこの中に入っているのはサリーと同じ顔、瓜二つだった。
その数が同じようにしていくつもある。
「わ……たし?」
同じようにソレを目にするサリーは目を見開いており、まるで信じられないものを目にしているとばかりにその容器を見ていた。




