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第二百五十五話 不意討ちの言葉

 

「これではっきりしたわね。期限は残り五日」


 領主官邸を出たあとずっと険しい表情をしたまま街の中を歩いているカレン。


「いいえ、早ければ三日で動き出すかもしれないわ。それまでになんとかしないと」


 ブツブツと独り言を繰り返していた。


「……あの、そもそもそのアイゼンさんという人が暗殺を手引きしたという可能性は?」


 もしそうであるのなら別の問題が生じる。

 ルーシュの決断や行動自体をそれほど非難できない。なにしろ今後も命を狙われ続ける可能性があるのだから。


「否定はできないけど、だからといって身内同士で争うだなんて以ての外よ。もっと良い解決方法があるはずだわ」

「……そうですね」


 お互いのわだかまりがあるのであれば、話し合いなどで解決することが望ましいことはわかるのだが、それが難しいのだということもヨハンは理解していた。


「とにかく、まず兄様に報告しないと」


 そうして一目散にラウルの待つ宿に向かう。

 宿に戻るとそこにはまだラウルの姿しかなく、ニーナとロブレンは帰って来ていなかった。


「その様子だと状況があまり良くないみたいだな」

「はい」


 部屋に入って来たカレンの表情だけでラウルはいくらか読み取る。


「ルーシュが決断しました」

「思っていたよりも早かったな」

「はい」


 そうして話の顛末をラウルへ聞かせる。


「――……といった感じで、わたしにはルーシュの決断を止めることはできませんでした」

「そうか。わかった」

「申し訳ありません」


 深々とカレンはラウルに頭を下げた。

 平静を装っているが、自身の力不足を歯痒く感じて唇を噛みしめほんの少し指に力が入る。


「いや、カレンが謝ることではない」

「……今後はどう動きますか?」


 それでもカレンは目の前の兄、ラウルがいることに一筋の光明を見出していた。


「そうだな。茶葉の輸送の許可を貰えたのなら俺も俺で動くとする」

「動く、とは?」


 疑問符を浮かべながら問い掛けるのだが、そこでギィっとゆっくりとドアが開かれた。


「ふぃー。結構数が多いなこりゃ。旦那、これを整理するのは一苦労っすよ」


 両腕いっぱいに茶葉を抱えたロブレンが部屋に戻って来る。


「おかえりなさいロブレンさん」

「おっ、こっちにいたのか?」

「あれ? ニーナは?」

「ん? いや、知らないぜ? 先に帰ったもんだと思ってたが?」


 ニーナはロブレンと一緒に農園に着いていたのだが、ロブレンが茶葉の購入をしている間はサリーに出してもらっていた果物を満足そうに堪能しながら頬張っていたのだと。


「だもんで終わった頃にはどこにもいなかったからてっきり帰ったもんだとばっかり」

「もしかしたら先に帰ったのかもね」

「そうですね」


 ここに来ることは伝えていないので領主官邸の客室に戻っている可能性があった。


「――……じゃあラウルさん。僕たちはこれで」

「ああ」


 ラウルはロブレンとこの茶葉の一件を利用して官邸の中に潜り込み独自に情報収集するのだという。


「ニーナおなかすかせて待ってるんじゃないかな」

「大丈夫でしょ。色々とつまんでたみたいだし」


 そうして宿を後にして領主官邸の客室に戻ることになる。


 しかしニーナの姿はそこにはなく、いつものように食い意地がはって食べ歩きでもしているものだと、そのうち帰って来るものだとばかりに思っていたのだが、結局その日の内にニーナが帰って来ることはなかった。



 ◇ ◆ ◇



「ほんとあの子どこほっつき歩いているのかしら!」

「あっ、もしかしたらサリーさんのところに泊まったとか?」

「……あり得るわね。あの子の食い意地なら」


 翌日、ニーナの姿がないことをどうしようかと考えていたのだが、どこかにいるのだとすればその可能性があるのはサリーの農園。


「僕、ちょっと見に行って来ていいですか?」

「いえ、わたしも行くわ。少し気になることもあるし」

「気になること?」

「ええ。昨日のレグルスの様子からして、あそこには何かある気がしてならないのよ」

「それは僕も思っていました」


 農園に関する問いかけに関して、どう見てもレグルスは常に言葉を選び、慎重に受け答えしている様子が見えていた。

 加えて、一度は断ったはずの帝都への茶葉の輸送と販売に関してもすぐに手の平を返したことも気になる。


 何らかの理由があるとしか思えなかった。


「とっととあの子を捕まえてその辺りも調べるわよ!」


 時間がない中で余計な労力を割かれることに憤慨しているカレンを横目にヨハンは考える。


「(ニーナ。また怒られるよ)」と。


 そもそも護衛であるカレンに断りもなく勝手にいなくなってしまったのだから。


「(でも自分も大変なのに、こうしてニーナのことを考えてくれる辺りカレンさんって根は優しいよね)」


 その横顔を見て、今回の騒動が無事平穏に片付くことができればいいと考える。



 ◇ ◆ ◇



「えっ? ニーナちゃん、昨日は帰ったと思うけど?」


 開口一番、返ってきたその返事。

 農園に着くとすぐにサリーの姿を見つけ、ニーナのことを問い掛けた。しかし、返ってきたその答えにヨハンとカレンは顔を見合わせる。


 きょとんとしたサリーのその様子からしても、間違いなくニーナはここにいない様子。サリーによると、昨日ニーナに果物を切り分けた後はロブレンの対応をしていたのでその後を詳しくは知らないと。姿がないので帰ったものだとばかりに思っていたのだと。


「ったく、ならあの子はどこほっつき歩いているのよ!」

「まぁまぁカレンさん。落ち着いてください」

「見つけたら覚えておきなさいよ!」


 カレンは怒り心頭といった様子を見せていた。


「大変ね。あれだけ元気な子が一緒だと」


 そんなヨハンとカレンの様子をサリーは苦笑いして見ている。


「それより良かったわね」

「えっ?」

「領主様の許可が下りて」

「あっ、そのことですか。まぁ……はい」


 歯切れが悪いのは、カレンの本音としてはとても良いことではない。この結果が生むことはルーシュを次期皇帝に擁立するための足掛けとなる取り組みの一つとなるのだから。


「それにしても、帝都に流すとなるとここの規模も大きくしないといけないわね」


 広大な農園を見渡しながら、どこからどうやって手を入れようかとサリーは悩む様子を見せていた。


「あの、サリーさん」

「なぁに?」


 笑顔で首を傾げるサリー。


「その、レグルス侯爵とお知り合いだったりしますか?」

「領主様と?」

「はい」


 ヨハンの質問を受けてサリーは顎に手を送り考え込む。


「いえ、私は知らないわよ。茶葉もあのお店から選りすぐられて献上されているしね」

「そうなんですね」

「あっ、でも確か前に何度かここに来てお父さんの部屋にいたことはあったわね。でもそれも随分と前のことだけど」

「「えっ!?」」


 不意に返って来た言葉にヨハンとカレンは同時に驚愕した。


「そ、それってレグルスなのよね!?」

「こらこらカレンさん。領主様を呼び捨てにしてはダメよ?」


 指を一本差し出すサリーがカレンを注意する。


「す、すいません。それで、さっき言ってたことは」

「そうねぇ。その時は確か、お父さんと領主様は古い友人だって言ってたかしら? でも何度か顔を出して以来、それっきり全く来なくなったけど……あら? でもなんて言ってたかしら? 古い話で忘れちゃったみたいね」


 ヨハンとカレンは何気なく話すサリーの言葉に呆気に取られた。


「あ、あの! もしよろしければそのお父様の書斎を、見せて頂いてもよろしいでしょうか!?」

「それは構わないけど、どうしたの突然?」


 勢いよく口を開くカレンの様子に疑問符を浮かべるサリー。

 あまりの勢いに困惑しながらも、そのままサリーの父の書斎に案内されることになる。



 ◇ ◆ ◇



 農園の中にあった一際大きな家屋。

 初めてその建物の中に入るのだが、中は掃除が行き届いた綺麗な空間。まるで富豪の屋敷かと思える程。


「こっちよ」


 そのままサリーに案内され、一階の廊下の一番奥にあるドアの前で立ち止まる。


「そんなところで侯爵は何をしていたのですか?」

「さぁ。私もほとんど入らないから詳しくは知らないの」


 そこに向かうまでの間、書斎に行きたい理由は農園の成り立ちを知りたいと説明していた。

 実際的に、レグルス侯爵が何かしらの事情をこの農園に抱えているのだとすれば、サリーの父親の書斎に行けばそれに関わる情報が残されているかもしれない。


「ごめんなさいね。ここだけ掃除をしていないの。あんまり入る気にならなくて」


 そうして押し開けられたドアの中に見えるのは、広々とした部屋で窓から差し込む光を反射させる埃。

 いくつもの机が置かれて、書斎らしく壁際と中央にはズラッと本棚が並べられており、その背表紙を見る限りではどうにも古い物ばかり。最近の物はほとんど見当たらない。壁や本棚の天井付近には額縁に入れられた絵がいくつか並べられ、部屋の一番奥には一人掛けの机が一台置かれていた。


「聞いていた通り、それなりに古いわね。これなんか見たことあるけど結構な年代物よ」


 カレンが本棚の背表紙をなぞりながらおおよその本の内容を推察している。

 差し込まれている本はメイデント領の歴史書だけでなく旧ドミトール王国のものや農園の開墾について、他にも植物図鑑や魔物図鑑に童話などの創作本など多岐に渡る種類の本が揃えられていた。


「あら?」


 その中でカレンはふと指を止める。


「どうかしました?」

「サリーさん」

「はい」


 カレンは赤い装丁の一冊の本を取り出し、本のページをペラペラと捲り始めた。


「もしかして、お父様は魔法についても興味があったのですか? これ、結構古いですけど、かなり事細かに研究された本ですね」


 カレンが見ている本は魔法の研究について書かれていた本。取り出した本のその周辺も他と同じように最近の本は見られないのだが、違いがあるのはいくつもの魔法に関する本がある。


「さぁ。父のことはほとんど知らないので。でも確かにそんな研究もしていたような気もするようなしないような…………どうだったかしら?」

「あなたのお父様のことでしょ? どうして知らないのよ」


 笑顔で話すサリーに対して溜め息を吐くカレン。


「父に関することはあんまり覚えてないのよね実は」

「……そぅ」

「(あの本……確か、前にどこかで……――)」


 苦笑いしながら父親のことを話すサリーの横で、ヨハンはカレンがパラパラと捲る本に見覚えがあった。


「(いつだったっけ……。結構重要だった気がするんだけどな……――)」


 そしてそれを何時何処で見たのかを思い出したのと同時に自然と「あっ」と声が漏れ出る。


「……カレンさん」

「なに?」

「その本、シトラスの著書です」

「えっ?」


 ヨハンの言葉を聞いた途端、カレンはピタッとページを捲る手を止めた。


「へぇ。偶然ね。ならその本を書いた人とお父さんの名前、一緒なのね」


 不思議そうに何ともないようにして口にしたサリーの言葉。

 その言葉を聞いた途端、ヨハンとカレンは共にバッとサリーの顔を見る。



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