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第二百五十一話 不意の訪れ

 

 朝からヨハン達はドミトール近辺の様子を見ようと街を出たところ、一台の馬車が向かって来るのが見えた。


「あれ?」


 街を出入りする馬車は数多くあるのだが、どうにも御者台に座っているその男の顔に見覚えがある。


「ねぇニーナ。あれ見える?」

「あれって?」


 ヨハンが指差す方角を向いて眉の上に手の平を添えて馬車を見るニーナは思わず「あっ」と声を漏らした。


「あれ、ロブレンさんだよ?」

「やっぱりそうだよね」


 目の良いニーナが迷うことなく断定したのならそれは見間違いではない。


「ロブレン?」


 隣で二人して話す内容を理解できないカレンは疑問符を浮かべる。

 一体誰の事なのかと、覚えのないその名前を不思議そうに思っていると馬車はヨハン達の前で停まった。


「いたいた! いましたぜ旦那! ほら言ったじゃないすか! 来てすぐに見付けられるなんて自分は運が良いんすよ!」


 ロブレンは嬉々として荷台の中を覗き込む。


「おいっ、俺のことは下働きにしろって言ってただろ」

「えっ!?」

「うわっと。そうだった! えー、ゴホン!」


 軽く咳払いをするロブレンなのだが、カレンは思わず耳を疑った。

 御者台に座る見知らぬ男が誰に向かって声を掛けたのかなど、顔を見なくともわかる。まさか今このタイミングでその声を耳にするとは夢にも思わなかった。


 無意識のその中で、カレンは目尻に涙を浮かべる。


「ううん。あーあー。よしっ。さ、着いたぜ。仕事だラミール」

「了解です親分」


 ロブレンが妙に偉そうな態度を取って言い直す中、聞き慣れたその声は途端に媚びへつらう声に変わった。


「に、兄さん?」


 間違いなくその声は兄であるラウルのはず。しかし状況の理解が全くできない。


「何をふざけてんのよおっちゃんは」

「ほんとですよラウルさん」


 ヨハンとニーナにもそこに誰がいるのかはすぐにわかったのだが、カレンと同じようにそのやりとりが理解できない。


「おいおい。俺のことはラミールって呼んでくれよな、可愛い坊ちゃんに嬢ちゃん」


 荷台から降りながら姿を見せるその姿はマントを羽織っており、フードを目深に被っている。


「えっ?」

「どういうこと?」


 いつものラウルの口調とはまるで別人。


「っと、冗談は最初だけにして、待たせたかカレン?」


 ラウルはフードを脱ぐことなく指で軽く捲り、涙ぐむカレンに優しい眼差しを向けた。


「兄さん!」


 グッと前に身体を倒して駆け出そうとしたのだが、カレンはピタッとその足を踏み留める。


「(ダメよ! 今は弱気になってはだめっ!)」


 ここは帝都の外、それも公務における視察遠征の途中。

 直立して俯き、地面を見ては拳を握ってギュッと力を込めた。


「そういえば久しぶりだな」

「えっ?」


 いつもの柔らかなその口調。

 確かに会うのは久しぶりなのだが、最近はよく顔を合わせていたので久しぶりなことなどは特に覚えがない。


「いや、カレンに兄さんと呼ばれたことだ。最近はずっと兄様だったからな」


 幼い頃はいつも兄へ親しみを込めてそう呼んでいたのだが、歳を重ねて公務に携わることが多くなってから自覚を持って自然と変えていたその呼び方。それはラウルだけに限らずもう一人の兄アイゼンにしてもそうである。


「あ、いえ、申し訳ありません」


 思わず口をついて出てしまったのを瞬時に悔いたのと同時に、ほんの僅かに唇を震わせながらも真剣な眼差しをラウルに向けた。


「お待ちしておりました兄様」


 直後、すぐさま作り慣れたいつもの笑み。柔らかなその笑みを浮かべる。


「……ふぅ」


 フード越しにカレンのその表情を射抜くようにして見るラウル。


「その様子だと事態が大きく動いたようだな」

「はい。あっ、いえ……――」


 どう答えたらいいものかわからず言葉を詰まらせた。

 ほんの一瞬カレンの目が泳いだその表情を読み取り、何らかの動きが起きているのだと察する。


「どこか落ち着いたところで少し話そうか」

「わかりました」

「ただ、先に言っておきたいのだが、ここから先は俺のことをラミールと呼んでくれ。ねぇロブレン親分」

「ま、そういうことだなラミール。よろしくな坊ちゃんに嬢ちゃん」


 途端に調子を変えたラウルとそれに合わせるロブレンのやりとりを見てヨハンとニーナは不思議そうに顔を見合わせた。



 ◇ ◆ ◇



 その後、ロブレンの馬車はドミトールに入る。

 街の入り口付近にある喫茶店を見つけたので話をするためにそこに入ることにした。


 そこは商業ギルドの経営している小さな喫茶店。店の入り口の看板に書かれているのはメイデント領を産地とした独自の茶葉を販売し、喫茶店としても営業しているその店。


「お待たせしました」

「ん。ありがとう」


 喫茶店の女性従業員によってカチャッと人数分の紅茶が置かれていく。


「んぅーん。良い匂いだ。仕事の後の紅茶は違うねぇ」

「ほんとだねぇ」


 ロブレンとニーナが互いにカップを持って鼻先に送りほんのりと笑顔で紅茶の匂いを嗅いでいた。


「おっ、ニーナの嬢ちゃんもわかるかい? この紅茶の香りの良さが」

「当り前じゃない。むしろロブレンさんの方が意外だよ。ロブレンさんに紅茶の匂いがわかるなんてね」

「おいおい。農家の出身を舐めんじゃねぇよ。これぐらい嗅ぎ分けるなんて朝飯前だっての」


 満足そうに堪能している二人のその横で、神妙な面持ちをしているのはカレン。


「それで、今どんな状態だヨハン」

「僕じゃなくてカレンさんに聞かなくていいんですか?」


 ラウルの問いかけにチラリとカレンに視線を向ける。


「ああ。まずはお前から見た状況が知りたい。気を遣う必要などない」


 ラウルはカレンを見ることなく、そのカレンは俯き口を開けずにいた。


「わかりました。じゃあ……――」


 カレンの様子を見ていると微かに躊躇したのだが、カレンがコクンと小さく頷くのが見えたのでそのままラウルに問い掛けられた内容を、ここに至る迄の経緯を、特にドミトールで起きた出来事を中心に話して聞かせることになる。


「――……なるほどな。やはりか」


 黙って話を聞いていたラウルは聞き終えると同時に思案気に口を開いた。

 ドミトール内では魔道具に関する目ぼしい情報が得られなかったことに加えて少しだけ不思議な魔石があったこと、しかしここはほんの少し触れたのみで一番大きな出来事は暗殺未遂。


「やはりって、ラウルさんは予想していたんですか?」


 ラウルの反応の薄さからそれは予見していたのかと。


「まぁ可能性の範囲でな。それで、その後どうするとかは決まったのか?」

「いえ、僕は特に何も聞いていません。誰の指示だったのかもまだわかっていないみたいですので」


 カレンはその言葉を聞いてピクリと肩を動かした。


「……どうやらそうでもないようだな」

「えっ?」


 射抜くような視線をカレンに向けるのだが、カレンは顔を上げようとしない。


「カレンさん?」


 ヨハンがその様子に疑問を抱く中、ラウルは溜め息を吐く。


「いや、聞かなくともわかる。どうせ大方今回の一件、アイゼンの手によるものだとでも言われているのだろう?」

「っ!?」


 ラウルのその言葉を聞いてカレンは弾けるようにして顔を上げた。その眼には困惑と驚きの色が入り混じっている。


「に、兄様……どうしてそれを!?」


 その言葉と表情だけで、ラウルの言葉のその全てを肯定するものだと物語っていた。



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