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第二百五十 話 無意識下の核心

 

『姉さま。しばらく一人になって考えたいので』


 レグルスの執務室を出た後、ルーシュは笑顔でカレンにそう話していた。


『でも……』

『いつまでも姉さまに甘えているわけにはいかないのです。仮にこれが現実味を帯びるとなれば、僕がこれから先頭に立って判断をしていかなければならないのですから』


 にこりと微笑まれる儚げなその笑顔。この歳でどれだけの責任を背負おうとしているのかと思うと胸が苦しくなる。

 それでもせめて近くにだけでも居ようとしたのだが、護衛にトリスタン将軍やペガサスが付いているので大丈夫と言われる始末。


『姉さまは引き続き魔道具の件を調査してくれれば僕としては助かります。正直ここまで手掛かりがないとなると、どうしようかと行き詰っていましたので』

『……そう』


 これから色々な重荷を背負うのであれば、今回視察と同時にメイデント領に赴いたもう一つの要件を、せめてそれだけでも片付けることができれば少しは肩が軽くなる。


『わかったわ。こっちは任せておいて!』

『よろしくお願いします』


 そうしてカレンは一人で領主官邸の廊下を歩いている。


「……どうしたらいいの…………」


 笑顔で返事をしたのはいいものの、悩み考えても明確な答えが見つからない。


 そのままいつのまにか借りている客室のドアの前に着いてしまっていた。

 悩みながらドアの前にて立ち止まり、藁にもすがる思いでヨハンとニーナに相談しようかと一瞬悩んでしまったのだが小さく首を振る。


「あの子達に何を期待しているのよわたしは!」


 こんなこと、とてもあの子達に相談できた内容ではない。

 弱気になっている自分を恥じて、深く息を吐くのと同時に力強く顔を上げた。


「ただいま」


 そうしてドアを押し開く。

 部屋の中ではヨハンとニーナがベッドに腰掛けていた。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「えっ? あー、そうね。まだ誰の手によるものなのかはわからないみたいね」

「そうですか。困りましたねそれは」

「ええそうね」


 平静を装ってカレンは自分のベッドに向かって歩いて行く。


「(ん?)」


 ドッとベッドに腰を下ろすカレンは僅かに床を見た。

 そこでヨハンは小首を傾げながら疑問符を浮かべる。


「(どうしよう。もう一度ルーシュのところに行った方がいいのかしら?)」


 尚も答えの見つからない今後の行動に思考を巡らせていた。


「あの、カレンさん?」

「なに?」

「いえ。差し出がましいかもしれませんけど、もし辛いことがあれば僕で良かったらいつでも聞きますからね」

「――ッ!」


 平静を装っていたつもりなのだが、不意に投げかけられた言葉でカレンは困惑する。


「ど、どうしたのよ突然」

「まぁこんなことがあってカレンさんも色々と大変だと思うので、僕で手伝えることがあればと思って」

「ふ、ふぅん」

「もし僕に話しにくいようでしたら別にニーナでもいいんですけど?」

「あたしでもいいよぉ」

「それはお断りするわ。碌なことにならないでしょうから」

「はははっ。そうですね」

「ひどくない!?」


 いつも通りの二人を見ていると、ほんの僅かだが不安が和らいだ。


「…………ふぅ」


 無意識に小さく息を吐く。


「それですよそれ」

「えっ!?」


 何がそれなのか、思わず目をパチクリとさせた。


「今の顔にしてもそうなんですけど、カレンさんが時々見せる顔が僕の仲間の……前に話したことあると思いますが、その子、エレナにそっくりなんですよね」

「エレナ? 確かシグラムの王女であなたと同じ歳だったわね?」

「はい」


 ヨハンの脳裏を過ったのはエレナが抱えている多くの葛藤と儚げさ。カレンが時折浮かべるその表情が似ているわけでもないのに、どうにもエレナと重なって見えてくる。


「カレンさんと同じようにエレナも王女という立場で色々と悩んでいること、多かったみたいなんですよねぇ。だからエレナの力になれるならなんだってしてあげたいと思いましたし。もちろん他の仲間にしても同じですけど」


 レインやモニカも今頃どうしているだろうかと、天井を見上げながら思い返した。


「まぁだからってわけじゃないですけど、カレンさんにしてもやっぱり近くにいて助けになれることがあれば助けてあげたいじゃないですか」


 天井から視線を戻して真っ直ぐに目の前にいるカレンを見ると笑みを向ける。

 屈託のない笑みを向けられたカレンは、その顔を見て思わず呆気に取られた。


「なによそれ……――」


 そんな風に言われたことなどこれまで一度もない。

 帝国城で周囲から敬われ気を遣われることはあれども、親身に寄り添われたことなど兄ラウル以外に覚えがない。父は二人きりの時はまだしも基本的には厳格であり、もう一人の兄アイゼンには政見を聞き入れてもらえない。母に至っては継承権を持たないことに小言を言われたことなど数え切れないくらいある。


 思い出としては苦い思い出の方が遥かに多かった。


「(だからわたしはティアと――)」


 セレティアナと出会った時のことを思い出す。あのどこか自分の家ではない感覚に陥るその城のなかの一室、幾つもの書物が崩れ落ちたその前に突然姿を見せた小さな存在を。


『だれ?』

『つまんなそうな顔してるねきみ。人間なんて短い命なんだからもう少し生きることに楽しみを持ったらいいのに』

『えっ?』

『いいよ。せっかくだからボクがきみを助けてあげるよ』


 驚き戸惑った当時の出来事。

 あの時と同じような感覚を得て、一瞬どう答えたらいいのかわからず床を見る。


「それに……――」

「えっ?」


 まだ何かあるのかと、顔を上げてヨハンを見るとヨハンは口元を押さえていた。


「どうしたの?」

「――……いえ。なんでもありません」


 ヨハンは内心で苦笑いする。


「(っと、あぶないあぶない)」

『このことはカレンちゃんに言わなくてもいいからね』


 思わず以前セレティアナからカレンのことを頼まれたのだと口にしそうになっていた。

 その様子を見てカレンは首を傾げる。


「なによ?」

「いえ、なんでもないです」

「はぁ。まぁいいわ。そうね。ありがとう。少しは気が楽になったわ」


 実際言葉のままその通り、つい先程まで頭の中は今後に向けて思考を巡らせ続けていたので気を抜く良いきっかけになった。


「今は本当に大丈夫なの。でももし、もしもだけど、何か話せることがあれば遠慮なく相談させてもらうわね」

「はい。いつでもどうぞ」


 ほんのりと優しく微笑まれる。


「あたしも聞くよぉ」

「あなたはいらないわ」

「えぇっ!?」

「うふふっ。うそうそ。ありがとね」


 がっかりして肩を落とすニーナを見てカレンは自然と笑みをこぼした。


「えっ? はぁ……。どういたしまして?」


 いつもと調子の違う笑顔を向けられたことでニーナは首を傾げる。



 ◇ ◆ ◇



 翌日の早朝。

 朝霧がかかるその街道をドミトールに向けてガラガラと一台の馬車が走っていた。


「見えてきましたぜ旦那。あれがドミトールっすよね?」


 御者の男が荷台の中に向けて声を掛ける。

 荷台から男が顔を覗かせ、眼下に広がる街並みを見下ろした。


「ああ。ご苦労だった」

「にしても結構遠かったっすね。それで、自分はこれからどうしたらいいんすか?」


 手綱を握りながら小さく溜め息を吐いて前を向く。


「とりあえずこのまま商人として荷の積み下ろしをしながら現地の調査に入る」

「へぇ。でも旦那の言うそのアイシャちゃんの村の原因だった魔道具なんてものが本当にあるんすかねぇ?」

「仮になかったとしても、今頃は色々とあぶりだすことには成功しているかもしれないからな」

「はぁ。そんなに上手くいくんすか?」

「そういうやつらは自分達が有利になれば割と簡単にボロはだすからな」

「ふぅん。そんなもんすか」


 手綱を握る手を離して顎に手を送った。


「そんなことはいいからお前は俺の言った通りにしてたらいい」

「りょーかいっす。どうせ自分は旦那の下働きっすからね」

「自分のせいだろ? お前は運が相当に悪いからな」

「そんなことないっすよ! 自分は運が良いんすよ!」

「ならその運の良さ、ここで発揮してもらおうか」

「任せてください! その時は約束通り借金をチャラにしてくださいよ?」

「結果次第だな」

「っし!」


 軽快に会話を交わす二人はそうして程なくドミトールへと着こうとしている。



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