第二百四十九話 ドグラスの提案
領主官邸、レグルスの執務室にて。
「ルーシュ様、そしてカレン様。心してお聞きくだされ」
その場に居合わせているのは皇女のカレンに皇子のルーシュ、それに外交官を務めるドグラスと領主であるレグルスに内政官のノーマンとトリスタン将軍のみ。
「そんなに難しい顔をしてどうしたのだ?」
ルーシュが不安気に問い掛ける中、ドグラスは尚も真剣な表情をしている。
「ルーシュ様にはお辛いお話になるかもしれませんが、やはりお伝えせねばいけませんとここにおるもので判断しました。もちろんカレン様にしてもそうです」
ドグラスはチラリとカレンに視線を向けた。
「(この感じ、やっぱりそうきたわね。でも、こう考えるのも自然なこと)」
小さく息を吐く。
ドグラスの話し方からして今から何を言おうとしているのかカレンにも予測は付いていた。
「今回の一件、我々で色々と協議をし、あくまでも可能性の話ではあるのですが、もしかすれば……――」
数瞬ドグラスは言い淀む。
「――……アイゼン兄様が画策したかもしれないということよね?」
ドグラスの言葉をカレンが引き継いで答えた。
カレンの言葉を聞いた一同は驚きに目を丸くさせる。
「ね、姉さま!? それは一体!?」
開口一番、驚愕の表情を浮かべながらも言葉を発するのはルーシュ。
「そんなに難しい話じゃないわ。ルーシュももちろん知っていることよ」
「……もしかして、それは僕たちの母様が…………後妻だということでしょうか?」
「ええ。そうね」
唇を噛み締めながらカレンはルーシュの言葉を肯定した。
「さすがカレン様。聡明でいらっしゃる。その通りでございます。我々の見解と致しましても非常に心苦しいのですがその可能性を捨てきれないのです」
嬉々とした表情を浮かべるドグラス。
「嬉しそうねドグラス?」
「むっ? おっとこれは失礼しました。わざわざ説明をする手間が省けたことに少々嬉しくなったようですな」
笑みを隠すように口元に手を送るドグラス。
「(……白々しい)」
とはいえ、カレンもこの可能性は考えていた。
自分とルーシュがルリアーナ・エルネライ、皇帝の後妻を母に持つということ。ラウルとアイゼンとは異なるということを。そして皇帝が病に臥した今、長兄であるラウルが継承権を放棄するとなれば通常ならアイゼンが繰り上がりで継承権を得る筆頭になる。
しかし、城内では幼いとはいえルーシュの方がアイゼンよりも評判が良いという側面も見られた。将来性を加味されている分もあるが、どうにもアイゼンは時折臣下をないがしろにしているのではないかと。その分ルーシュは臣下を信じて、自身も知識を身に付けていることからしても次期皇帝に相応しいのはルーシュの方ではないかと噂されている。
そうなればアイゼンとしても面白くない。ただでさえ血の繋がりも半分。あまつさえ皇帝の座まで奪い取られようものならルーシュなど邪魔者以外の何ものでもない。
そうドグラス達が考えるのも致し方ないことと考えていた。
実際カレン自身も城内ではアイゼンに粗雑な扱いを受けることも少なくない。身分も何もかも捨てて、何度出て行こうかと思ったか。
だが、その当時のカレンを引き留めたのは隣にいるルーシュの存在。生まれたばかりのこの弟を放って出ていくなどということはできもしない。
「(せめてもう少し大きくなれば……)」
チラリと横目に見る不安気な顔をしている弟の顔を見ていると、いくら知識を身に付けようともその実、子どもには変わらない。それは普段自分に見せてくる無邪気な幼顔にしても、先の毒殺未遂の一件、強がりつつも怯えていたことにしてもそう。
「どうしてアイゼン兄様が!?」
声を大きくして疑問を全体に向けて投げかけるルーシュ。
「ルーシュ。まだ兄様って決まったわけじゃないわ」
「そ、そうですよね」
「ですがカレン様」
小さく安堵の息を漏らすルーシュなのだが、ドグラスが言葉を差し込む。
「アイゼン様を疑いたくない気持ちはわかります。それは私も一緒でございます。しかしながらここだけの話にしていただきたいのですが、手遅れになっては元も子もありません。私の使命はルーシュ様に末永く帝国の未来を、繁栄を築いて頂くことなのですから。ルーシュ様ならそれが可能であると信じております。そのためには降りかかる火の粉を払うことは厭いませんよ」
重く真剣なその口調。確かに真相がわからない今その可能性は捨てきれない。
「ありがとうドグラス。ドグラスのその気持ちに応えられるよう、僕も頑張らないといけないなっていつも励まされるよ」
「ありがたきお言葉」
恥ずかし気に答えるルーシュのそれは本心。
「……わかったわ。ならあなたはこれからどうしたいの?」
「カレン様にもご納得いただけたようでなによりです。それで今後の展開ですが、先手を打って出ては如何かと具申致します」
「まさかルーシュにアイゼン兄様を手にかけさせるのっ!?」
ガタンとカレンが立ちあがり声を荒げた。
その場にいる誰もが言葉を発しない。
「……姉さま」
ルーシュもドグラスの言葉の意味を説明されずとも理解しており、不安気な表情を見せる。
「いえ、ルーシュ様には許可を出してさえ頂ければ実行するのはこちら側。幸いにもレグルス殿やトリスタン殿には早々にご理解頂けましたのでな。ノーマン殿だけは渋々といった感じでしたが」
「当然でしょう。皇帝が大変だというのに、さらに跡目争いが起きたと知れば……その心境を察するだけで胸が痛みますよ」
「ええ。ですが申したでしょう? 皇帝が存命の間に、帝国の跡をしっかりと安心して託せる相手、ルーシュ様を指名して頂けたらなによりなのだと」
「……仕方ありませんな」
帝都での内情を知っているトリスタンとノーマンは説き伏せているドグラスなのだが、カレンにはそれでもまだ疑問が残っていた。
「それで、レグルス侯爵はどうしてルーシュに力を貸すのかしら?」
辺境とはいえ、領主自らが継承権の一番低いルーシュを担いでアイゼンからその座を奪わせようとすることなど実質謀反を起こすようなもの。これで失敗をしようものなら目も当てられない。
「もちろんただでとは言いませんよ。ルーシュ様が次期皇帝になった暁には一つお約束して欲しいことがございます」
「やくそく?」
「はい。このメイデント領を、かつてのドミトール王国として、一国家としてお認め頂きたい。無論、属国としてではなく、以降は対等な立場としてお付き合いして頂ければと」
「「なっ!?」」
突然のレグルスの提案にカレンとルーシュは驚愕する。
「そんなことできるわけないだろう!?」
首を大きく左右に振り、即答で否定した。
「では残念ですがお力添えはできないことになります」
「そんな……」
「それとお言葉を返すようですが、ルーシュ様が皇帝になられれば帝国内における全ての事柄は皇帝の一存によって決定することが可能となります」
「だ、だが、仮にそうだとしても、お父様がようやく平定させたこの地にそのようなことをしても本当にいいものか……」
レグルスは小さく舌打ちしたのだが、すぐさまそれを隠すようにして笑顔を浮かべる。
「私共と致しましてはルーシュ様の方がより皇帝としての資質はあるかと思っておりましたのですが。残念ですな」
途端に表情を暗くさせるレグルス。
「……ドグラス。あなたはこの話を知っていたの?」
カレンはドグラスをキッときつく睨みつけた。
「ええ。私としましてもさすがに承諾しにくい話ではあったのですが、さすがにこのままルーシュ様のお命が狙われ続けるわけにはいきません。苦渋の選択ですな。帝国の安定とルーシュ様のお命を鑑みればそれも致し方ないことかと。そのために、せめてアイゼン様に打ち勝つまでの間、メイデント領がルーシュ様の一番の味方になってくれるのであればそれはとても心強いことですので」
「確かに僕には味方が多いとはいえないかもしれないが……――」
ドグラスとレグルスは目を合わせると小さく頷く。
「――……それと先程も申しましたが、もちろん国としては独立することになりましても以降は末永くお付き合いできる良き関係を築ければと考えておりますよ」
そこまで言うと、レグルスはニヤリと笑みを浮かべた。
「……わかった」
「ルーシュ!?」
「姉さま。別に今すぐに答えを出すわけじゃないですよ」
ルーシュは寂し気な笑みをカレンに向ける。
そのまま即座に真剣な眼差しに変え、ドグラス達を見回した。
「言いたいことはわかった。だがさすがに事が事だけにすぐに返事はできない。少しだけ考える時間が欲しい。数日の間に答えは出そう」
「承知いたしました」
「こちらも良きお返事を期待しております」
ドグラスとレグルスが頭を軽く下げる。
「(どうしよう……。まさかこんなことになるなんて。ラウル兄様、わたしどうしたらいいの…………――)」
カレンはここでは明確な発言権の無い立場を、悲痛な胸の内を、祈る様に兄ラウルに向けて声を掛けた。
『(案の定、とんでもないことになったわね。さて、どうしたものか……)』
セレティアナは一連のやりとりを聞きながら思案に耽る。




