第二十四話 現れ出る者
物凄い勢いで眼前に迫る火の玉は特大サイズだった。
ヨハンを中心とした闘技場内に激しい爆炎が広がる。
モニカ達がいる客席は結界により炎が遮られたのだが、予想もしていない範囲に広がる魔法に生徒達が一斉に動揺し騒ぎ立てた。
「――ヨハン!!おい!なんだよあれ!?ヨハンは大丈夫なんかよ!?」
レインが慌てた様子で取り乱しながら問いかけるが、モニカとエレナは探るようにじっと闘技場の様子を見ている。
「――あそこですわ!」
エレナが指差すのはヨハンがいた場所とは正反対の方向。そこには、ぺっぺっと土煙を浴びたヨハンが立っていた。
「なんだあの子?今のはかなり危なかったけど、もしかしてかなり強いんじゃないのかな?あの子相手でも全力を出したらダメなの?それって簡単には勝てなさそうだけど…………」
ヨハンが考え込んでいると影の薄い子は背後にヨハンを見つけるやすぐに追撃をする。火の玉を再び飛ばした。
次に飛んで来たのは先程よりも小さいのだが、数が多い。
その火の玉をヨハンは左右の飛んで瞬時に躱す。
「――――レイモンド先生!あの子は!?」
「い、いえ、わかりません。あのような威力の魔法は使えないはずなのですが…………」
シェバンニが魔法科のレイモンドに駆け寄り慌てて確認していた。
レイモンドはパラパラと手元の資料を見て参考資料に目を落とすのだが戸惑いを隠せない。そのような情報は一切記載されていないのだから。
「ではなぜあのような魔法を!?」
「も、申し訳ありません。ちょっとわかりません。ですがこのままでは相手の生徒が危険です!すぐに中止にしましょう!」
「そうですね……確かに、普通の生徒であれば危険です。と言いますか、そもそも普通の生徒であれば最初の攻撃で死んでいるでしょう」
「では――」
「ですが、彼は少し普通とは違いますので今はまだ大丈夫です。レイモンド先生は校長に報告してきてください。ここは私がなんとかしておきます」
レイモンドの提案に対してシェバンニは少し思案したあとに様子を見ることを決断する。
「…………よろしいのですね?
「ええ」
「わかりました。ではガルドフ校長に知らせに行きます」
「はい。早急にお願いします」
そうしてレイモンドは闘技場の外に走って行く。同時にシェバンニが他の先生に向かい叫んだ。
「先生方!見ての通り非常事態です!今すぐに生徒達を避難させて下さい」
「わかりました、教頭はどうなされるので?」
「私は現場に向かい、事態の収拾を行います」
シェバンニはそう言うと闘技場内に走って向かう。
その途中で避難する生徒の流れに逆らい闘技場に向かっていたモニカ・レイン・エレナと会った。
「シェバンニ先生!これはどういうことでしょうか!?」
「私にもわかりません。ですが、普通ではないのはあなた達もわかりますわよね?早く非難しなさい」
エレナの質問に対してシェバンニも状況の把握が出来ていない。
「先生は?」
「私は闘技場に向かいます」
「じゃあ私たちも行きます!」
モニカが勢いよく一緒に行くと発言した。シェバンニはモニカ達をきつく見る。
「危険です…………と、言いたいところですがどうやら止めたところで同じようですね」
「はい!」
しっかりとモニカの目を見るのだが、モニカは目を逸らすことはない。
「ふぅ、わかりました。まぁあなた達なら他の生徒に比べれば大丈夫ですね。裏とはいえ、最年少でもう既にBランク相当まで上り詰めているのですから」
シェバンニも呆れながらもそれなりに思うところはある。
「実は俺はちょっと怖かったりするけどな」
「何をびびっていますの。いつも通りすれば大丈夫ですわよ」
「いってっ!」
レインは少しばかり尻込みをしているのをエレナがレインのお尻を強く引っ叩いた。
「くぅー。けど、サンキュ、今ので引き締まった!ったく、相変わらずこういう時のエレナは頼りになるな。よし、行くか!」
レインが頬を両手の平でパンパンと叩き腹を括ったところで四人で闘技場に向かう。
――――四人が闘技場内に着くと、ヨハンが弾け飛ぶように凄まじい勢いで目の前に跳んでくる。
繰り出され続ける火球を躱し続けていたのだった。
「はぁ、はぁ」
「ヨハン!大丈夫!?」
「――あっ、みんな来たんだね」
「怪我はないですか?」
「はい、いまのところは。ねぇ先生、これ僕どうしたらいいんですか?」
爆炎と土煙が立ち込めるなか、なんとか魔法攻撃を躱し続けていた。
しかし、ヨハンがシェバンニ達のところに着いたと同時にまた炎が飛んでくる。
「――くっ!」
即座に水の防御壁を張る。ジュワッと音を立てて水蒸気が巻き起こる。
「あっつ、あっつ!
「うるさいっ!」
「っつぅ!――いったぁ!」
直接的ではないとはいえ、熱気を受けたレインは熱さを堪えられずにぴょんぴょんと跳ねる。そこへモニカが黙らせるために頭をはたいた。
いつもと変わらないやりとりに苦笑いをするしかなかった。
そんな中、シェバンニはヨハンの魔法の発動の速さに防御壁の強固さ、そして即時対応に対して感心している。
「はぁ、まったく、あなたという子はどこまで。それで?審判をしていた先生は?」
「あの先生なら気を失ったのと、傷を負っていたのでちょっとだけ回復魔法をかけてあっちの闘技場の入口に運んでおきました。あと、ついでに強めの魔法障壁も張っておいたからたぶん大丈夫だと思うんですけど…………」
「……そんなことまで」
平然と言ってのける姿に呆れてしまう。
「あのですね、よく聞いて欲しいのですけれど、今のこの状態は普通ではありませんので少し確認したいことがあります。そのため、すぐに事態を収拾するために相手の魔法障壁を突破していくらかダメージを負わせる必要があります」
「つまり、それで僕はどうしたらいいのですか?」
「――思いきり魔法を放ちなさい!」
「!?」
はっきりと言われた。
「…………いいんですね?」
「ええ。私の見立て通りならそれで……」
「あの、先生?それはいったい?」
「よーし、いくぞー!
どういうことなのかとモニカが尋ねようとしていたのだが、タイミングを逃した。既にヨハンは勢いよく走り出している。
「――よくも好き勝手にしてくれたな!お返しだ!!」
魔法を放ち続けていた相手に向かい、相手よりもさらに大きい火球を放った。
ヨハンの手から放たれた火球は影の薄い学生が放った火球を飲み込み凄まじい轟音と共に相手に直撃する。
「げぇえええ!」
あまりの光景にレインが驚愕し「お、おい、あれ、死んだんじゃね?」と周囲を見ながら続けて言い放つ。
「…………先生?」
エレナも青ざめた様子で後ろを振り向きシェバンニに確認した。
「安心しなさい、死んでなんていませんよ。慌てなくてよろしいです。ほら見てみなさい」
「見て、あそこ!」
冷静に状況を見ていたシェバンニがそう言いモニカが爆煙を指差す。
「……いえ、むしろ慌てる必要があるのかもしれませんね」
モニカが指したところはヨハンが火球を当てたところだ。
煙が晴れようとするところには影の薄い学生の姿はなく、代わりに黒い翼を大きく羽ばたかせる何者かが立っていた。




