第二百四十七話 矛盾
「ダメですね。中々に口を割りません」
カレン達に向かって首を振りながら口を開くレグルスの言葉。
ドミトールに戻った一行は談話室にて兵からの報告を受けていた。
視察の途中であったのだが、毒物による暗殺未遂が起きたので視察を一時中断して捕らえた兵士がどこの手の者によるのかを尋問している。
尋問自体はルーシュやカレンの目の前では行われずに場所を変えて行われており、そこにはトリスタン将軍とドグラス外交官にアダムが立ち会っていた。
しかし、一向に聞き出せることは適わず無駄に時間が過ぎるだけ。
「それと、毒物に関する詳細も判明しました」
兵からの報告を受ける中、俯き未だに恐怖が残っているルーシュの肩をカレンが抱き寄せる。
「――……なるほど。わかった。報告ご苦労」
「はっ!」
足早に兵がその場を後にする中、ドグラスが振り返った。
「信じられない話ですが、そちらのお嬢さんが言った通り毒物が入っていたのは限られておりました」
そうしてドグラスは全体に今回の一件で判明したことを話して聞かせる。
毒物が混入していたのは、ヨハン達の鍋以外にはルーシュとトリスタンとアダムだけだと。
「お嬢さんが妙に良い鼻を持っていたのが幸いしましたな。確かに……まぁ、毒の量にもバラつきがありましたね。混ざり具合が悪かったのでしょうな」
「それはどれぐらい違っていた?」
問い掛けるのはその場に居合わせることがなかったジェイド。
ジェイドとバルトラによると、周辺に怪しい人影の一切は確認されなかったとのこと。
「……そうですな」
レグルスは僅かに思案する様子を見せる、そして重い口を開いた。
「非常に申し上げにくいのですが、正直に申し上げますと、ルーシュ様と息子のアダムには致死量、トリスタン将軍にはさっき申し上げました通り混ざり具合のせいか微量であったとの――」
「えっ? 違うよ。それ逆だよ」
小首を傾げるニーナに視線が集まる。
「逆……とは?」
「だからぁ、そこにいる将軍の人とルーシュさまのが反対だよ」
「そ、そんなはずはない。報告ではそう聞いている! お嬢さんが間違えているのではないのかな? あの騒動の中でどれが誰のかなどいちいち覚えていられないでしょうから」
「間違えるわけないじゃない」
「いや、だが――」
「ルーシュさまのを最初に嗅いだんだから間違いないよ」
「ぐっ!」
迷う様子を見せることなく断言するニーナ。
「か、仮に、仮にそうだとしても、だ。 そもそもいくら鼻が良いからといって、一体どういう基準で毒の量の多い少ないをそう断言するのか教えて頂いてもよろしいですかな?」
毒物を言い当てたのだから鼻が相当に良いというのはわかるのだが、と疑念の眼差しをニーナに向けるレグルス。
「なぁ、それでお前は何か困るのか?」
「は?」
そこで口を挟んできたのはシン。
「あのさ。俺は正直どっちの毒が多いとか少ないとかどうでもいいんだわ。毒が入っていたのには変わりがないけど誰も口にしなかったんだからさ。けどルーシュ様が怯えちまって俺としても護衛の任に信頼が落ちちまうのも本位じゃないんでね。だからなるべくならルーシュ様には安心して欲しいんだわ」
「ええ。それには同意できますが、それがどうかしましたか?」
一体シンが何を言っているのかレグルスは理解していない。
ルーシュも顔を僅かに上げてシンの顔を見ていた。
「私としましてもルーシュ様にはご安心して頂きたいです。せっかく来て頂いたのにこのような形でこの土地に嫌な思い出を残されても困りますのでな」
「ならお前、一つ可笑しなこと言ってないか?」
シンはレグルスを指差す。
「(シンさんが言いたいことって……――)」
ヨハンもシンの意図を理解できていない。
何のことを言おうとしているのか思考を巡らせた。
毒物が混入していたのは事実間違いない。それは今こうしてレグルス侯爵も認めており、そソレを混入させたであろう兵の尋問までしている。
「(ならシンさんは何を?)」
今分かっているのは毒物が特定の人にしか混入していなかった。それも致死量に至る量があったことからしても命が狙われていたのは確か。そして毒が入っていた主な人物はルーシュにトリスタン将軍にアダム。
自分達にも入ってはいたのだが、恐らくついでか何かだろうし今は関係がない。無差別でもない限りはルーシュを筆頭に狙ったのだと。
「(……ここまでに可笑しなことはないよね? なら一つの可笑しなことって?)」
シンが怒っているのは、護衛としての信頼を損ないかけたこと。
実際、外敵要員からの信頼が相当に値するというのはその肩書からだけでも十分に推測できる。
「(そうだよね。ルーシュ様には安心して欲しいよね)」
だからこそS級冒険者を雇った。
不測の事態は生じたのだが、例え命を狙われたのだとしても今回は未然に防ぐことができた。自分達がいれば安心なのだということを伝えたい。護衛としてはその方がその方がありがたいしより信頼される。
「(となるとこの人が言ってる可笑しなことって……?)」
チラリと首を傾げているニーナを見て、再びレグルスを見たことでようやく理解した。
「あっ!」
「あなたも気付いたのね」
「そっか。ルーシュ様には安心してもらわないと困るんだ」
「そうね」
小さく呟いたヨハンの言葉と表情を見てカレンも小さく頷く。
「どういうことですかな?」
「あんたはルーシュ様に気持ち良く帰ってもらいたいんだろ?」
「ええ。その通りですが?」
「ならニーナの嬢ちゃんの記憶が間違っていようがいまいが、毒の分量に差があったのならルーシュ様の毒の方が少なかったって伝えてやる方がルーシュ様もまだいくらか安心するだろ? それを馬鹿正直なのか意図的なのか知らねぇけどあんたはルーシュ様の方が多く、おっ死んじまう量が入ってたって姿勢を崩しやしねぇ」
「――ッ!」
シンの言葉を聞いた途端レグルスは下唇を噛み、顔を険しくさせた。




