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第二百四十六話 静かなる足音

 

「ふわぁぁぁあっ」


 緩やかな風がなびくその広大な田畑で、パコンと小さく音が鳴る。


「ってぇな」

「気を抜きすぎよ」

「あはは」


 欠伸をしているシンの頭をローズが持っていた杖で叩いていた。

 遠くではルーシュとカレンに対してレグルス侯爵とその息子、アダム・レグルスが周囲を指差しながら歩いている。その後方にはノーマン内政官とトリスタン将軍を伴っていた。


「お兄ちゃん、お腹すいたー」


 周囲を見ると、兵たちが食事の準備に取り掛かっており、その中には味見をしているドグラスの姿もある。


「ちょっと待ってたらすぐに用意してくれるよ」


 申し訳ないと思うのは、今回食事炊きの一切を免除されていた。レグルス侯爵の私設兵団が全員分の炊き出しをしてくれるのだと。


「そういえばあとの二人は?」


 周囲に姿の見えないシンとローズの仲間の二人、ジェイドとバルトラ。


「あいつらは暇潰しで周囲の警戒に当たっているよ」

「違うでしょ。任務に忠実なだけよ」

「そうなんですね」


 広大な田畑が広がっている中で、どこまで索敵に出ているのか疑問が残るのだが、シンとローズのこの様子からしても心配はいらないのだということはわかる。


「ねぇ、おにいちゃーん」

「わかったから。ほらっ、炊きあがったみたいだよ」

「えっ!? やたっ!」

「現金な嬢ちゃんだな」

「ほんとね。これだけ可愛いのにもったいないわ」


 にへらと笑顔を綻ばせるニーナを見てシンとローズも呆れ顔を見せた。


「お待たせ」

「おかえりなさいカレンさん」


 丁度そこにカレンも戻ってくる。


「どうでしたか?」

「そうねぇ。特に可もなく不可もなくってところかしら? あとのことはノーマンさんに任せたらいいわ」


 ここで取れた作物はメイデント領だけで消費するわけではなく、帝都へも献上されている。

 内政官を務めるハリー・ノーマンが後のことを引き継いでいた。兵にあれこれと質問をしている姿が見える。


「おいヨハン」

「はい」


 そこでシンから真剣な眼差しを向けられた。


「お前……相当兵士達から嫌われているみたいだな」

「えっ?」


 周囲を見ると、これまでに何度も感じた敵意が向けられていた。


「そうなんですよねぇ。僕もよくわからないんですけど、話しかけてもいつも素っ気ない態度ですし」


 いつまで経っても邪険な態度を取られることを不思議に思っている。


「そりゃあもちろんカレン様と気安くしゃべってるからだろ?」

「……それがどうかしたんですか?」


 きょとんとするヨハンを見てシンとローズは顔を見合わせた。


「ダメだこいつ。こういうことにはとんと疎いようだな」

「しょうがないでしょ。まだ子どもなんだから」


 尚も首を傾げるヨハンを見て二人ともため息を吐く。

 シンとローズは一目で理解していた。つまり、兵士たちは自国の皇女と親しく話しているヨハンに嫉妬や憎たらしさといった感情を抱いているのだと。


「それで、カレン様はこいつのことどう思ってるんだ?」

「別になんとも思ってないわよ? ラウル兄様ならまだしも……――」


 カレンもシンの言っていることを理解しており、そこまで言ったところでカレンは顔を赤らめる。


「な、なんでもないわ!」


 そのままカレンは後ろを向いてルーシュの方に向かって歩いていった。


「あの様子だと、よっぽど好きなんだな旦那のこと」

「あれで誤魔化せると思ってる辺り、カレン様も可愛いところあるわね」


 ローズの言葉にシンも大きく頷く。


「(そういえばカレンさん、ラウルさんといつも一緒にいようとしてたみだいだしね)」


 ところどころ見せるカレンが兄を慕っているその姿は確かに可愛らしくも見えた。


「お待たせしました」


 そこへレグルスの私設兵が食事を持ってくる。


「ありがとぅ!」


 すぐさまニーナが受け取り、順にヨハン達も受け取った。

 一通り配り終えると、兵士はすぐさま背を向けスタスタと歩いていく。


「いただきまぁ……あれ?」


 大きな口を開けて、立ち上がる湯気を嗅いだニーナは小首を傾げた。


「どうしたのニーナ?」

「お兄ちゃん、これ食べちゃダメだよ」

「えっ?」

「たぶんこの匂い、毒が入ってるよ」


「チッ!」


 背中越しにチラリとこちらの様子を窺っていた兵士がその場で走り出す。


「おいてめぇ!」


 シンも即座に走り出した。


「ローズはルーシュ様のところに行けッ!」

「わかったわ!」

「付いてこいヨハン!」

「はい!」


 シンの背中を追うようにしてヨハンも走り出す。


「ニーナちゃん、あなたはこっちを手伝って!」

「うぅっ、ごはんぅぅ……」

「あとでお腹いっぱい食べさせてあげるから」

「えっ!?ほんと!?」

「ええ。だからまずはルーシュ様とカレン様の身の安全を」

「りょーかい!」



 ◇ ◆ ◇



「ちっ、めんどくせぇな!」


 前方を走る兵を逃がさないように追いかけるのだが、数いる兵士の中を突き飛ばさない程度にかき分けるようにして進んでいた。


「ヨハン! とべっ!」


 シンが振り向き、両の掌を組み合わせてヨハンに向ける。


「はいっ!」


 その意図をすぐさま理解して組み合わされたシンの掌目掛けて軽く跳躍した。


「だりゃ!」


 片足を踏み込んだ手の平、ヨハンの重みを感じたままシンは両腕を大きく振り上げる。

 上空高く、ヨハンの身体を浮かび上がらせた。


「見えるか!?」

「はい!」


 もうすぐ兵たちの中を潜り抜けて田畑に逃げ込もうとする姿を確認する。


「なら好きにやれっ!」

「わかりました!」


 軽快に返事をしたものの、どうしようかと微妙に困ってしまった。

 好きにしても良いと言われても、距離のある現状からできることなど限られる。


「(殺してしまわない程度に、足を止めるとなると……――)」


 剣閃など殺傷能力の高い技を使うわけにはいかない。魔法だとしてもそれは同様。

 この場で今すぐに何ができるのか瞬時に思考を巡らせた。


「(――……やっぱりこれぐらいかな)」


 掌を逃げる兵士に向けて魔力を練り上げる。


「ウインド!」


 薄い風の刃を複数発生させ、無数の刃が逃げる兵士目掛けて一直線に飛んでいった。


「ぎゃっ!」


 足を中心に風の刃がいくつもの切り傷を与えた兵士はバタンと前のめりに倒れる。


「どうだ!?」

「やりました!」

「っし!」


 周囲の兵士たちはわけもわからずいったい何事かと地面に着地するヨハンと拳を握るシンを見てどよめいていた。



 ◇ ◆ ◇



「ではいただきます」

「ええ。ルーシュ様、遠慮なくどうぞ」


 レグルスに促されるまま食器を手に持つルーシュに、カレンは食事を受け取っているところ。


「ルーシュ様、お待ちください!」


 ローズとニーナが慌ててその場に駆け付けた。


「ローズさん?」


 不意にやってきたローズの表情をルーシュは訝し気に見る。


「良かった。まだ口にしていないみたいね。ニーナちゃん、お願い!」

「はぁい」


 すかさずルーシュの食器を奪い取ったニーナはクンクンと勢いよく嗅いだ。


「お、おい貴様! 突然何をする!?」


 突然の暴挙に出たニーナをドグラスが慌てて止めに入ろうとするのだが、カレンが腕を伸ばして制止させる。


「カレン様!?」

「いいからあなたは黙っていなさい」

「ぐっ!」


 ニーナがクンクンと匂いを嗅いでいるのを一同は黙って見守った。


「これにも毒が入っているみたいだねぇ。さっきのよりは少ないけど」


「毒だって!?」


 声を荒げるのはアダム・レグルス。


「ニーナちゃん、他のもお願い」

「わかった」


 そうしてニーナは次々とその場にある食器の匂いを嗅いでいく。


「わかったよ。毒が入っていたのは、それとそれとこれだね。毒の量はそれぞれ違ったみたいだけど」


 ニーナが指差したのはルーシュの食器の他に、トリスタン将軍とアダムの食器。


「それだけ?」

「うん。他のは大丈夫だよ」

「間違いないのか!?」


 アダムは確認する様にローズに声を掛けた。


「ええ。今は説明を省くけど、この子の鼻は間違いないわ」

「チッ! この食事は誰が持って来た!?」


 ローズの返答を受けて周囲の兵士に怒声を発するアダム。

 その中でビクッと肩を震わせ、目をそらした兵士を見つける。


「貴様かッ!?」

「ひっ!」


 アダムはずかずかと兵士に近づき、ガッと兵士の胸倉を勢いよく掴んだ。そのまま兵士の腰に差していた剣をスラッと抜くと首にピトッと軽くあてる。


「言えッ! 貴様どこの手の者だ!? 言わないと――」


 今にも首を斬り付けそうな勢い。


「アダムさん。殺してはダメです」


 カレンは努めて冷静に声を掛けた。


「……カレンさん」


 毅然とした態度を取っているカレンの姿を見たアダムは僅かの逡巡を挟み、持っていた剣を地面に放り投げると、放り投げられた先で剣はカランと音を立てる。


「誰かこいつをひっ捕らえろ!」

「「はっ!」」


 その場にいた周囲の兵士によって捕縛され連れていかれた。


「申し訳ありませんカレンさん。危ない目に遭わせてしまって」

「いえ。幸いわたしのには毒が入っていなかったようですから、謝るのならルーシュに対してかと」


 カレンはルーシュをチラリと見ると、ルーシュは僅かに肩を震わせている。


「そ、そうですね。も、申し訳ありませんルーシュ様!」


 バッと勢い良くアダムは片膝をルーシュに対して着いて謝罪していた。


「そっちの様子はどうだ?」

「無事に済んだところよ。どうやらそっちも捕まえたみたいね」

「当たり前だろ」


 そこに傷だらけの兵士の首根っこを掴んだシンと、その後ろをヨハンが歩いて来る。



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