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第二百四十二話 ペガサスのシン

 

「どうでしたか。街の方は?」

「落ち着いた良い雰囲気の街でしたわ」


 領主官邸での夕食会。

 公的なその場。ニーナはカレンからきつく言われ、がっつくのを我慢してなんとか品性を保っている。ヨハンはそのニーナを不安気に見守りながらも会食は進んでいた。


「ねぇお兄ちゃん」

「なに?」

「どうしてあの人たちはあんなに適当に食べてるのにあたしはダメなの?」


 ニーナの目線の先はペガサスのメンバー。

 ローズは綺麗に食事をしているのに対して、シンとジェイドとバルトラの三人はそれほど気を遣っている様子を見せない。特にシンの姿勢はまるで酒場の冒険者と遜色なかった。


「そりゃあそうだよ。あの人たちは一流で、僕たちはまだ学生の身なんだから」

「でも、強さはそんなに変わらないかもしれないじゃない」

「それはちょっと言い過ぎだと思うけど、まぁ色々と利権も絡んでるんだよ」


 帝位の継承権を持つルーシュと持たないカレン。

 そもそもとして、公務や護衛にこれだけの差を付けられてしまっている。更に立場のないその護衛が不遜な態度で会食に臨めばカレンの立場をより悪くさせてしまうのは目に見えていた。


「めんどくさいよねぇ」

「それは確かに」


 権力者たちの裏の探り合い、既に目の前で行われている会食の中にある言葉の裏側をどういう意図で交わされているのか、見ていても中々に難しい話ばかり。


 今繰り広げられているのはこのドミトールだけに留まらず、メイデント領としてカサンド帝国にどのような貢献が行えるのかといった話。


「ルーシュ様が帝位を継承してくだされば私共も付いて行く所存でございます」

「言葉が過ぎますぞレグルス侯爵殿」

「おっと、これは失礼しましたノーマン内政官。つい願望が口をついて出てしまったようですな」


 レグルス侯爵はしまったとばかりに頭頂部を擦るのだがその表情は笑顔。


「ごっそーさん」


 突然そこにカチャンと食器の音を鳴らすのはシン。部屋の中に金属音が響いたことで全員の視線がシンに集まった。


「おっと、すまねぇうるさかったか?」

「いえいえ。とんでもありません。お食事の方はお口に合いましたか?」


 レグルス侯爵はほんの一瞬笑みを崩したのだが、すぐにまたニコリと笑みを浮かべる。


「まぁ美味かったよ。当然街のメシとは比べられねぇぐらいな」

「そうですか。それは良かったです」

「だけど、空気が美味いのは街の方だな。俺にはやっぱこういう空気は合わねぇわ。なもんでちょっと外の空気を吸ってくらぁ」

「ちょ、ちょっとシン! 勝手なことは!」


 ガタッと立ち上がるシンの袖をローズが引く。


「いや、構わないですよローズさん」

「で、ですがルーシュ様……」

「冒険者の人の中にはこういった厳格な場が苦手な方がいるのも理解しています。少々の自由があってもいいと思いますよ僕も」

「話の分かる雇い主で助かるぜ」

「ですがシンさん」


 ルーシュはシンに向かって真剣な眼差しを向けた。

 シンもルーシュの目を真っ直ぐに見る。


「必要な時には必要な動きをしてくださいね」


 言葉と共に途端に柔らかな笑みに変わった。


「ハッ。わかってますよ」


 ルーシュの表情を見て、シンも小さく笑い返す。


「おいてめぇヨハンといったな」

「えっ? はい」

「お前もどうせ暇してるだろ? 食後の腹ごなしにちょっと付き合えよ」


 トントンと腰の剣、ほんの僅かに湾曲した黒い鞘に収まる剣を差した。


「あー。でも……――」


 シンが部屋を出る分には構わないのだろうが、果たして自分も出て良いものか。そのままカレンを見る。


「いいわ。いってらっしゃい。どうせあなたがここにいても別に役に立てる話ができるわけじゃないしね」

「そうですか。ありがとうございます。えっと、ニーナは?」

「あたしはもうちょっと食べてから行くよ」

「わかった」


 そうしてシンと二人部屋を出ていった。


「あの子は彼の相手をできる程なのですかな?」

「さぁ。わたしもそんなに詳しく知らないので」

「ほぅ。なるほどなるほど」


 レグルス侯爵は顎を擦りながらドグラスを見て、二人して頷いている。


「(何を企んでいるのかしら?)」


 一瞬だけしか見せなかった二人のその様子をカレンは怪しげに捉えて見ていた。


「まぁそんなことよりも、今日は私の可愛い息子をご紹介させて頂きます」

「侯爵? その話は昨日お断りさせて頂いたはずですが?」

「いえいえ。婚姻の話ではなく、ただ息子を紹介させていただくだけですので。折角お越しいただいたのでありますから、後の領主と面通しをさせて頂くことも必要なことかと。もちろんルーシュ様に対して、のお話ですよ」

「……そうね。わかったわ」


 こう言われては断ることも適わず、カレンは溜め息混じりに手元の食事に目線を落とす。



 ◇ ◆ ◇



「ふぃー。やーっと抜けられた」


 頭の後ろに両の手を送りながら、清々しく笑っているシン。

 その横をヨハンも歩く。


「本当に良かったんですか?」

「当たり前だろ。難しい話はそれがわかる奴が聞いて考えたらいいもんなんだって」

「……はぁ」


 確かにそういう意味ではいつもエレナに助けられていたが、今ならカレンになる。ニーナに難しい話は自分以上に期待できない。

 とはいえ、護衛対象であるカレンに任せて良いものなのか疑問は残るのだが。


「そういえば、どうして他人みたいな言い方をしたんですか?」

「あー。そこはまぁ一応、念のためってところだな」

「念のため?」

「ああ。こっちの話だ。さてっと、ここらでいいかな」


 シンが立ち止まったのは長い渡り廊下のある広々とした庭園。

 綺麗に切り整えられたその庭園を外灯が仄かに照らしていた。


「よっと」


 バッと軽く跳躍したシンは庭園の広場の中央に静かに降り立つ。


「さて、やろうかい」


 ジッと見定めるようにヨハンを見るシンは、剣を鞘から抜かずに剣先をヨハンに向けてビシッと構えた。


「抜かないんですね」


 ヨハンも歩き始め、シンの剣先はヨハンの顔からずれることなく追いかけており、ヨハンも向けられた剣のその奥に見えるシンの構えと眼を見る。


「ああ。まずは様子見だからな。そっちは抜いていいぜ」

「そうですか。それと……――」


 余裕を見せられているのだと思うのと同時にヨハンの視線は向けられている剣を見た。


「――……その剣、見たことのない形状をしていますね。あの時は持っていなかったですよね?」


 その剣はほんの僅かに反りを見せており、鞘も赤黒く独特な気配を見せている。


「ああ。気付いたか。こりゃあ俺の故郷の剣……っつか、まぁそこでは刀って呼ばれてるやつでな。あん時は丁度預けていたんだよ」

「(もしかして……――)」


 どこにそんな珍しい剣を預けていたのか気になるのと同時に、恐らくそれがドルドなのだということはなんとなくだがすぐに理解した。凄腕の鍛冶師ドルドに依頼に来る人間はドルドが認めた人選になっている。


「(――……でも今は)」


 その剣、刀からはどのような斬撃が繰り出されるのか警戒心を高めた。


「あんまり油断していると、足元すくわれるかもしれませんよ?」


 そのままスラっとゆっくりと剣を抜いて真っ直ぐにシンを見る。


「ははっ。言うねぇ。ならどれだけ成長したのか、その自信を見せてみな」


 言葉では軽快な口調を崩すことはないのだが、その堂々とした構えと眼の奥にある得も知れない真剣さ。


 それに加えて妙な緊張感が訪れ、僅かの沈黙がその場を支配する。


「ふっ!」


 刹那の瞬間、小さく息を吐いて地面を踏み抜いた。


「ぬおっ!」


 直後にギィンと金属音を立てるのは、シンがヨハンの剣を防いでいる音。


「な、なるほど。確かに速い。それに、重いな」


 ググッと剣を押し込み、もうすぐシンの目の前に剣先が迫る。


「けどな……――」


 スッと剣を後ろに引かれた。

 グッと押し込んでいる分だけ勢いを抑えきれない。シンはそのまま半身になる。


「――……甘いな」


 そのまま姿勢を崩したところに、シンは剣をまっすぐヨハンに向けて振り下ろした。


「なっ!?」


 しかし、二度目に金属音を響かせる。

 シンは振り下ろした剣を弾かれると、片腕を真上に上げて上体を仰け反らせた。


「だから言ったじゃないですか。油断してはダメですって」


 シンが見せたその隙を逃すことなく、シンの胴体目掛けて剣を横薙ぎに振るう。


「ぐっ!」


 ヨハンの横薙ぎの剣をまともに腹部に直撃させたシンはそのまま後方に吹き飛ぶと、外壁に背中を打ち付けた。


「ってぇええっ」


 ダメージは軽微な様子で、シンはぺっ、ぺっ、と唾を吐きながら身体を起こす。


「なんだおい。まさかこの短期間で天弦硬を使えるようになりやがったっていうのか?」


 腹部を押さえながら前にいるヨハンを見た。

 明らかに瞬間的に速度を飛躍させた今の攻防。考えられるとしたらそれしかない。


「はい。まぁまだ練度は未熟ですけどね」


 頬をポリポリと掻きながら見せる笑顔にシンは呆けるようにして口を半開きにさせる。

 半信半疑、どちらかというと冗談のつもりで問い掛けただけ。それなのに迷うことなく肯定された。


「……おいおい。そういう問題じゃねぇけどな」


 一体あの時、学年末試験からどれだけの時が経ったのだろうかと思考を巡らせる。


「は、はははっ。なるほどな。こりゃ面白れぇな」


 シンは目つきを鋭くさせてヨハンを見た。



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