第二百四十 話 果樹園
ヨハン達はドミトールを出て西にしばらく向かい、街道沿いから分かれる細い林道を歩いている。
「なんか良い匂いがするねぇ」
クンクンと鼻を鳴らしてどこかニヤケ顔になるニーナ。
「そうかしら?」
「ニーナは目だけじゃなく鼻も相当良いんですよ」
「ふぅん」
竜人族の持ち得る身体的特徴にカレンが感心する中、そこから少し歩いたところで林道が開け、目の前には大きな果樹園が広がっていた。
「うわぁ! 美味しそう!」
「へぇ。これは立派ね」
数百本もある樹が立ち並び、それぞれの樹に色とりどりの果実が生っている。
奥には果樹園の主の建物なのか、大きな家屋が見えた。
「物凄い多いですね。それに種類も。何種類ぐらいあるんですかね?」
「そうねぇ。少なく見ても十種類以上はあるわね」
現在実が生っているだけで少なく見ても五種類程度はある。他にも遠くに枯れた木があるのだが、それにも果実が生るのだとすれば相当数、恐らく年間を通して時季をずらした果実が生るのだろうと見て取れた。
「全部食べてもいいのかな? ねぇカレンさん!?」
「ちょっと待ちなさい。ここの人に聞いてからでないと買えるかどうか……――」
「……――あら? どちら様ですか?」
家屋を目指して歩いている中、木々の向こうから姿を見せたのは赤い三角巾を被った女性で歳の程はカレンと同じか少し上といった具合。
三角巾の間からは茶色い髪が見えており、腕の中には果物の入った網籠を持っていた。
「あっ、すいません。ここの方ですか?」
「ええ。そうですけど?」
三角巾の女性は首を傾げながらヨハン達を見る。
「突然の訪問申し訳ありません。少しお聞きしたいことがあって来ました」
「聞きたいこと?」
女性は三度首を傾げた。
「はい。わたしはカレン、この子がヨハンでこっちの子がニーナといいます」
「どうもこんにちは。私はサリーよ。それで? わざわざこんなところにまで来て聞きたいことって?」
「それは……――」
カレンが鞄から魔石の欠片を取り出そうと視線を手元に向ける。
「……――この」
「ねぇねぇ!サリーさん!ここの果物って全部サリーさんが作ってるんだよねぇ!?」
グイっと目を輝かせたニーナが前に出た。
「え、えぇそうよ」
突然のニーナの行動にサリーは驚きたじたじになりながらもその問いに返答する。
「あのオリジ、すっごい美味しかったんです!」
「オリジ?」
ニーナが指差しているオリジの樹を見て、そこでサリーはニーナの言葉の意味を理解した。
「あ……ああ。あなた、もしかしてここで採れたオリジを食べてくれたのね?」
「うん!それでね!他のも食べてみたいんだけど……――」
口元に指を持っていきながら首を回し他の果物の樹を見る。
「……――ちょ、ちょっとニーナ、あなたなにやってるのよ!」
カレンによって引き離されるニーナ。
「そうだよ。ちょっと落ち着いたら?」
ヨハンも呆れながらニーナに声を掛けた。
「だ、だって! カレンさんがここの人に聞けって言ったんじゃない!」
ビシッと勢いよくカレンを指差す。
「それはそうだけど、物には順序ってものがあるのよ! 大体最初に聞くのはそのことじゃないわよ!」
「なによそれ! 聞いてないよ!」
「普通わかるわよっ!」
「…………」
ニーナからすれば、魔石のことを聞くよりも果実のことを聞く方がよっぽど重要だった。
「ふふふっ。なんだ。そんなことね」
サリーは目の前のカレンとニーナの様子を見て呆気に取られながらも、数秒後には小さく笑う。
「いいわ。せっかく来てもらったのだし、紅茶でも入れるからこっちに来てゆっくり話しましょうか」
笑顔を向け、そのまま奥に見える家屋の方に向かって歩いて行った。
「あっ……」
「だってカレンさん」
当初の目的と違う話の流れになり、カレンはニーナを軽く睨みつけるのだが、ニーナはフフンとしたり顔。
「どうしてあなたが勝ち誇っているのよ!」
「い、いたいれしゅカレンさん」
カレンによって頬をつままれるニーナを横目に、ヨハンは周囲を見渡す。
「(確かに立派だなぁ。それに……――)」
その立派な果樹園を見ながら疑問を抱いていた。
「(――……この辺りでこれだけの果樹園が広がっているなんてね)」
メイデント領に入って以降、周囲はとても肥沃な土地と呼べるものではない。
年の半分近く雪に覆われるという話の割に、これほどの果樹園を手広く行えるなどということを不思議に思っていた。
「もしかしたら、何か特別な肥料でも使っているのかな?」
農園、果樹園に関してそれ程詳しくはないが、故郷のイリナ村近辺でも知っている限りでは年間を通した農園などというのは栽培が難しいということは知っている。
「まぁ魔石とは関係ないけどね」
もう既にサリーが歩いて行った方角、ニーナがカレンに怒られながら歩き始めている二人の後ろ姿を追うようにしてヨハンも歩いて行った。




