第二百三十九話 市勢調査
翌日。
ルーシュ達がレグルス侯爵と会談を行っている中、ヨハンとニーナはカレンに付いてドミトールの街の中を見て回っている。
「このオリジ、美味しそうですね」
「お姉ちゃん可愛いねぇ。もっと買ってくれたらオマケしてやるぜ?」
「えー、ほんとですかぁ?」
「ああ。もちろんさ」
カレンは黄色い果実、オリジを手に取り果物屋の店主と笑顔で談笑していた。
「商売上手ですね。そんなこと言ってもだまされませんよ」
「ちぇっ。ほんとだってのに。まぁいいさ。買うのはそれだけかい?」
「そうですね。あっちに待たせてる人の分と合わせて三つください」
カレンは後ろにいるヨハンとニーナを指差す。
「連れかい。あいよ」
そうして果物代を渡してヨハン達の下に戻って来た。
「お待たせ。って、どうしたのあなた」
カレンが戻って来たのを見ているニーナは頬を膨らませている。
「たぶん、カレンさんがあの果物、オリジをそれだけしか買わなかったからかと」
「そのとおりです!」
指を一本立てるニーナ。見事にその心境を言い当てることに成功したのだが、カレンは呆れてニーナを見ていた。
「あのね、ほらっ。ちゃんと買ってるじゃない。これの何が不満なのよ?」
「……だって少ない」
恨めし気に上目遣いでニーナはカレンを見る。
「あなたはわたしの護衛に就いているのだからその間はきちんとしておきなさいと――」
「はい。聞きました」
「で、今わたしは街の様子を聞いて回っているの。だから無駄な買い物をしている暇はないの」
「でももうちょっとぐらい買ってくれてもいいじゃないですか! あのおっちゃんもオマケくれるって言ってたじゃない!」
ビシッと力強く果物屋を指差した。
「……あなたねぇ」
額を押さえて呆れ混じりに小さく首を振る。
「そんなの商売文句に決まってるじゃない」
「でもくれるって言ってたじゃない!」
「だからぁ……――」
朝からカレンに付いてドミトールの街中をこうして聞き込みに回っていた。街の様子は見聞きする通りで、他に目ぼしい情報を得られることなく時間だけが過ぎていっている。
ニーナは当初街の中を散策すると聞いてウキウキと付いて来ていたのだが、徐々にその表情を曇らせ不満を募らせていた。
「(確かに街の雰囲気は良いみたいだね)」
周囲を見渡し、行き交う街の人は笑顔が見られる。
事前に聞いていたような過去のしがらみ、帝国領としてのわだかまりはもう感じさせない様子を見せていた。
「(五十年も経てばそんなものなのかな?)」
当時は小さな反乱は領内のそこかしこで見られていたらしいのだが、それももうほとんど見られていない。
ヨハンが周囲を見渡しながらそんな感想を抱いている横で、未だにニーナはカレンに食い下がっている。
「――……わかったわ。ならちょっとだけ買ってきなさい」
「やたっ!」
ニーナの食欲に負けたカレンは諦めて小さく果物屋を指差した。
それを見た途端、バッと勢いよく走り出してニーナは果物屋に駆けていく。
「あっ! ちょっ、ちょっと! 程々にしておくのよ……――」
「――……って、聞いてないわねあの子。ほんとどこまで食い意地張ってるのかしら」
腰に手を当て苦笑いしているカレン。
「すいません」
「まぁ別にいいわ。何度もこうだと困るけど」
今後何度もこうだろうとも考えたのだが敢えて口にはしない。
「それで、ここまでで何かわかったんですか?」
「いいえ。なにも。街自体も平和そのものね。やっぱり魔道具の出所は掴めないわ」
目立った収穫もなく首を振った。
ドミトール内の聞き込みをしている目的は市勢調査。その裏にもう一つの目的としてシトラスが作ったとされる魔道具の流通を聞き込みできればという思惑も含まれている。
すぐに情報を得られるとも思っていないのだが、全くそれらしい情報もない。
「お待たせ。そういえばあのおっちゃんがこんなのくれたよ。これがおまけだって」
「へぇ。ほんとにくれたのね」
両手にぶら下げる袋、オリジを持ったニーナ。
満足そうに笑顔を浮かべてカレンに何かを手渡した。
「何をもらったのよ?」
手の平を開きながら、ニーナに手渡されたものをヨハンも一緒に覗き見ながら見る。
そこには緑色に光る小さな石の欠片があった。
「なにこれ? 魔石……の破片かしら?」
指先で摘まんでジッと見つめるカレン。
「まぁでも所詮オマケね。こんな小さな欠片じゃ玩具に入れる程度なので今はいらないわね」
「捨てるの?」
「だっていらないじゃない」
「ふぅん」
ニーナが首を傾げている様子を見てヨハンは不思議に感じる。
「ねぇニーナ。これがどうかしたの?」
「いや、よくわかんないけど。その欠片、たぶん魔素が付着しているから珍しいのかと思ってさ」
「えっ!?」
何気なく発したニーナの一言によってカレンは動きを止めて固まった。
ニーナは何食わぬ顔でオリジの皮を剥き始める。
「これに……魔素? まぁ魔素だけだと珍しくはないけど、あなたはどうしてそう思うのかしら?」
「うん。なんかこう……きれいな魔素なんだよねぇ」
「綺麗な魔素?」
「それって、いつもと違う感じに視えるってことだよね?」
ヨハンの問いにニーナはオリジを頬張りながら頷き、カレンもそのまま持っている魔石の欠片に目を向けた。
魔力の素となっている魔素。
魔法を行使する際や魔物の発生の主な要因とされており、自然界には当たり前のように存在しているソレは基本的には人間の目で視認できない。
「どういうことよそれ?」
魔眼を持つニーナならではの見解と解釈するカレン。
「だがば。びばびっだとぼりだって。もぐっ」
「ああもうっ!食べるか話すかどっちかにしなさいよっ!」
ゴクンと喉を通らせるニーナはふぅと小さく息を吐く。
「わかった。じゃあ食べてから話すねっ!」
ガツガツと残りのオリジを口の中に放り込み始めた。
「どうして今の流れでそうなるのよ!」
勢いよくオリジを口に入れるニーナの両肩を掴んだカレンは強く揺する。
「むぅうう!ぐっ!ごほっ!ごほっ!」
「ちょ、ちょっと大丈夫ニーナ!?」
突然揺すられたことで喉を詰まらせてしまった。
「ああもうっ!ほんとバカねこの子! もういいわ! ティア!」
ヨハンが飲み物を手渡して背中をさする横で、ニーナが落ち着くのを待てないカレンは徐にセレティアナを召喚する。
「はいはいー。どうしたのかなカレンちゃん。また寂しくなってボクに会いたくなったのかなー?」
「冗談を言ってる場合じゃないわ。ちょっとコレを視なさい!」
「なんだい、つれないねぇ」
ずいっとセレティアナの前に魔石の欠片を突き出した。
「んー? これがどうかしたの?」
カレンから魔石の欠片を受け取ったセレティアナは身体の半分程ある魔石の欠片を両腕で持ってジッと見つめる。
「この子がこれに魔素が付いているっていうのよ。ちょっとあなたも視て頂戴」
「えー? そりゃあ魔石自体が元々は魔素から出来てるから魔素が付着していても何も不思議はないけど?」
カレンの問いの意図をセレティアナも理解できない。
「……そう。そうよね」
「なら、その魔素が普通と違うかどうかは判断できる?」
「普通と違うかどうか?」
ぜぇぜぇと荒く息を吐いているニーナの横でヨハンはセレティアナに問い掛ける。その問いにセレティアナは首を傾げた。
「ニーナが綺麗な魔素だって言ってたから、もしかしたら何か変わった魔石なのかもしれないかと思ってさ」
「ふぅん。変わった魔石、ねぇ」
そうしてもう一度じっくりと欠片を見渡す。
「……そうねぇ。確かに綺麗な魔素ね。なんていうか、こう不純物が混じっていない感じといったらいいのか」
「へぇ。やっぱりそうだったんだ」
「でも、魔石自体には特別何か力があるというわけじゃないみたいだよ? ちょっと魔力を蓄えている程度」
はい、とカレンに魔石を返すセレティアナ。
「なるほど。確かに少しは珍しいみたいね。それが今回の件に関与しているとは限らないけど、一応これをどこで手に入れたのか聞いてくるわね」
そうしてカレンは果物屋の方に歩いて行き、店主となにやら話し込み始める。
しばらく話し込んだところで不満気な様子を見せながら戻って来ると、手に袋をぶら下げており、袋の中にはオリジ以外の果実も入っていた。
「ほんと商売上手だわ」
情報と引き換えに買い物をさせられていた。
「まぁでもわかったわ。どうも街外れの女性が持って来ている果物の中に混じっていたらしいわ」
カレンが得て来た情報、ドミトールから外れの平野にある農園。いつも果実を持ち込んで来る若い女性がおり、その中に入っていたのだと。
「そこに行くんですか?」
「ええ。ちょっと遠いけど一応ね。気になることは全部調べておかないと」
街の様子はあらかた聞き終えている。現状他にめぼしい情報がない限りは手当たり次第聞き込んでいくしかない。
そうしてドミトールの外れにあるという農園へ向かった。




