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第二百三十八話 メイデント領領主

 

「これはこれは、わざわざこんな辺境までご足労いただきましてまことにありがとうございます」


 領主官邸の談話室。

 外はしとしとと雪が降り始めている中、二十人は余裕で腰かけられる長テーブルを中央に置いたその場所で口を開くのはメイデント領の領主である中年の男、キンドール・レグルス侯爵。


 レグルス侯爵が中央に座り、間を挟むようにしてルーシュに次いでドグラスと金髪の内政官であるハリー・ノーマンに帝国兵団の将軍を務めるガリアス・トリスタンが座っており、そのままシン達ペガサスの四人が続く。


 対面にはカレンが座り、その横にヨハンとニーナが座っていた。


「それにしても、やはり帝国は継承権を持たない者には中々厳しい扱いをされているようで……――」


 チラリと視線をルーシュの周囲に向け、そのまま対面のカレンと見比べる。

 視察に訪れているのだから外交官や内政官が同行しているのはまだしも、まだ幼いルーシュにはそれ以外に屈強な将軍やS級冒険者が護衛に付いており、女性であるカレンとのその違いを差していた。


「お気になさらずレグルス侯爵。わたしはルーシュの公務を補佐するために来ているだけですので、これぐらいの扱いの方が落ち着きます。それに、S級冒険者を護衛に付けられる程の地位もありませんから」


 ニコリとカレンはレグルスに笑みを向ける。


「そうですか。それだけの美貌を持ち合わせているのですから、ルーシュ様の補佐だけでは物足らないでしょう。よければ息子のところに嫁いで来て頂けたらどれほど喜ばしいか」

「そうですね。そういったお話は皇帝に直接されればよろしいかと」


 笑みを浮かべ舐めるようにカレンの顔から身体を見て口を開くレグルスに対して、カレンは顔色一つ変えずに冷静に言葉を返した。


「そうですな。ではそうさせて頂きましょう」


 そのやり取りを微動だにしないでただ座っているペガサスのジェイドとバルトラに対して、シンは退屈そうに欠伸をしており、横にいるローズに太ももをつねられていた。


「(貴族にも色々いるもんだね)」


 ヨハンも言葉を発することはないのだが、レグルスのその態度はとても印象のいいものではない。部屋の中の雰囲気がどうにも重苦しく感じる。その横でニーナはシンと同じように欠伸をしており、目が合ったシンに親指を立てられていた。


「それでレグルス。ここドミトールで起きている問題のことで調査に踏み込むことになったのは、先の手紙で記した通りだ」


 ジッとレグルスを見るルーシュの眼差しは、先程カレンに見せていたような無邪気さは一切なく真剣そのもの。公人としての凛々しさを十分に伴っている。


「ええ。存じております。なにやら摩訶不思議な魔道具がメイデント領、特にここドミトールから生まれているのではないかというお話ですよね?」


 レグルスもまたそれまで見せていた笑みの一切を消し、見定めるようにしてルーシュを見た。


「ですが、ルーシュ様たちがここに来るまでの間にいくらか調べさせて頂きましたが、それらしい情報は何も出てきませんでした。無論、通常の魔道具、領内に流通している既存の魔道具でしたらいくらでもありますがね」


 そうして調べがつかないことに小さく首を振る。


「そうか。実際帝都でも実態が掴めているわけではないのでなんとも言えない話なのだ。しかし、どうにもその情報の信憑性がそれなりに高いようなのでな」

「ルーシュ様。そこまでは私はもうしておりません」


 ドグラスがルーシュの言葉の後、宥めるように付け足した。


「……左様でございますか」

「またなにかわかればどんなことでもいいので報告してくれ」

「かしこまりました」


 レグルス侯爵は小さく頭を下げる。


「では続きの話、市政につきましては明日にでもゆっくりと時間を取らせて頂きまして、本日のところは旅の疲れを取るためにごゆっくりなされてはいかがですかな?」


 そのまま顔を上げると、ニコリと笑みを浮かべてルーシュに提案した。


「お言葉に甘えましょうぞルーシュ様」


 ドグラスがそっと口添えをする。


「……そうだな。兵もかなり歩き疲れている。では兵たちは明日一日休暇を与えてのんびりと過ごしてもらうとしよう」

「その方がよろしいかと」


 ドグラスがルーシュに同調しレグルスをチラッと見た。


「ではそのように」


 レグルスは小さく頷きながら部屋の入り口にいる兵を見る。


「おいっ!」

「はっ!」


 部屋の入口に立っていた衛兵が扉を開き、部屋の外に待機していた衛兵に同じようにして声をかけると、衛兵は廊下を駆けていった。


「すぐに案内の者を寄越させますので今しばらくお待ちください。それと、皆様のお部屋に関しましては十分なお部屋をご用意致しましておりますが……――」


 そこでレグルスはカレンの横にいるヨハン達を見る。


「――……生憎、お嬢さんの方はカレン様の護衛ということで相部屋にさせていただくということで対応可能ではありますが、お坊ちゃんの方はご用意しておりませんでした」

「一緒で構わないわ」


 差し込むようにカレンが言葉を放った。


「いえいえ、まさかそういうわけにはいきませんよ」

「わたしが問題ないと言っているのだから問題ないわ。それとも、まさかこんな子どもがわたしに手を出すとでも思っているのかしら?」

「そんな。滅相もございません」


 カレンの言葉を受けた途端、レグルスは僅かに下唇を噛む。


「わかりました。ではもう一つばかり大きい部屋をすぐに手配致しますので」

「ええ。それでお願いね」


 レグルスに対してニコリと微笑むカレン。



 ◇ ◆ ◇



「やっぱり魔道具の件は何も知らないみたいですね」

「いえ、まだわからないわ」


 案内された部屋は三人用の客室。

 ベッドが三つ並べられたその部屋の中。ヨハンとカレンが腰かけおり、ニーナはふかふかのベッドに顔をうずめて十分に堪能していた。


「もし仮に知っていたとしても、領主が関わっていたとすれば素直にはい知っていますとでも言うと思う?」

「……言わないですよね」


 ただでさえ特殊な魔道具。それを魔族が作っているとなれば誰がそれをおいそれと口にするだろうか。


「だから明日は街の中で聞き込みをするわよ。もちろん治安のことや流通のことを調べるという口実で」

「わかりました」

「はぁい」

「ちょっとニーナ! あなた本当にわかっているのよね!?」

「もっちろんですよぉ。ふわぁ、このベッドほんと気持ち良いっ」


 ふわふわベッドを堪能しているニーナの姿にカレンは額を押さえて呆れてしまう。


「もうっ。ほんとに大丈夫かしら」


 そう言いながら、カレンは徐に手のひらを上に向けた。


「ティア」


 直後、カレンの手の平がポワッと小さな光を放つ。


「呼んだ?」


 すぐにポムっと姿を見せるのはカレンの契約精霊であるセレティアナ。


「ええ。どうかな? 何か感じるかしら?」

「んー、ちょっと待ってねぇ」


 セレティアナは目を瞑り、ぐーっと何かに集中しだした。


「なにをしてるんですか?」

「しっ!黙って!」


 指を口元に持っていき、ヨハンの問いを遮る。

 セレティアナはブツブツと小さく何度も呟いていた。


「……むぅん。うーん。どうなんだろうねぇ」


 そこで目を開けたセレティアナは腕組みをする。


「確かに妙な魔力は感じるかもしれないけど、果たしてこれがどうなのかってところじゃないかな」

「なによ。はっきりしないわね」

「しょうがないじゃないの。これぐらいならそう珍しい反応じゃないからね。その変な魔道具をボクは知らないし、微精霊みたいな視覚的に捉えにくいものもこんな感じの魔力反応なんだから」

「しょうがないわね。ならまた場所を変えてお願いね」

「わかったわよ。じゃあまたね」

「ええ」


 そうして小さく笑いながらセレティアナは姿を消した。


「あの……」

「ああ。今のよね。ティアに周囲の魔力を感じ取ってもらっていたのよ。もしここの人間が関係しているようなら可笑しな反応が、その魔道具が魔素を溜め込むのなら、ティアなら感じ取ることができれば何かわかるかもしれないと思ってね」

「あっ、なるほど、そういうことだったんですね」

「そういうわけで、明日からティアにも手伝ってもらいながら調べていくわ。もちろんそこの竜人族の子の魔眼も使ってね」


 カレンがニーナを見ると、ニーナはもう既にすーすーと寝息を立てて寝てしまっている。


「そっか。ニーナの魔眼なら僕たちにはわからない何かが視えるかもしれないですもんね」

「そういうことよ。だから会談はルーシュに任せて……っていうよりも、わたしは必要ないでしょうから街の方で聞き込みをすることにするわ」


 そうしてシトラスかもしくはそれに類することを翌日より調査することになった。



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