第二百三十七話 意外な顔合わせ
「お待たせルーシュ」
兵士達が身体を休めている中を歩いていき、前方の馬車から丁度降りてくる小さな子どもの姿が目に入った。
「あっ、姉さま!」
ルーシュと呼ばれた銀髪の男の子はカレンを見るなり顔を綻ばせる。
「そちらがカレン様の護衛の方たちですな?」
馬車から降りてくるルーシュの隣に立つ白髪の小太りの男、ルーシュの側付きも務める外交官。バルジ・ドグラスは訝し気にヨハンとニーナを見た。
「ええそうよ」
「話には聞いておりましたが、本当に子どもではありませんか」
「それがなにか?」
カレンの返答を受けたドグラスは薄く笑みを浮かべる。
「いえいえ、ルーシュ様とカレン様でこれだけ護衛に違いを付けられるのもさすがに不憫に思いまして」
言葉とは裏腹なその表情。その表情からはカレンを不憫に思っているような様子の一切が見られなかった。
「気にしなくてもいいわ。継承権を持っているルーシュが手厚くされるのは当たり前よ」
「そうですか。カレン様がそうおっしゃられるのであられましたら問題がありません。ではルーシュ様、行きましょう」
「じゃあ姉さま、またあとで」
「ええ。またあとでね」
ルーシュに向かって笑顔で軽く手を振るカレンなのだが、ドグラスに対しては見向きもしない。
「あっ、そうだ!」
前を向いていたルーシュなのだが立ち止まり振り返る。
「護衛の人たちも姉さまをよろしくお願いしますね」
「はい」
「うん。まかせてね」
そうしてルーシュはドグラスと一緒になって官邸に向かって歩いていった。
「……はぁ。ほんとヤな奴ねアイツ」
盛大に溜め息を吐きながら腰に手を当てるカレン。
「あの子がラウルさんとカレンさんの弟さんですか」
「ええそうよ」
「ふぅん。それで、護衛の違いってなんですか?」
「やっぱりそこ気になるかしら?」
「まぁ、ああいう風に言っていればさすがに」
チラリとヨハンとニーナに視線を送っては全身を見回すカレン。
その仕草を見ていると疑問符が浮かび首を傾げる。
「簡単な話よ。ルーシュには凄腕がついていて、わたしにはあなたたち程度って思われてることよ」
「ああ。なるほど。それは仕方ないですね」
そうなると先程のドグラスの言葉にもいくらか納得はできた。だからラウルも敢えて自分たちをカレンの護衛にあてがっているのだから。
まだ半人前の自分が皇女のカレンの護衛を務めるということで、ラウルの目算としては周囲の油断が誘えるらしいのだと。
「そういえば、あの子の護衛ってそんなに凄いんですか?」
「ええ。あなたも知っているかもしれないけど、S級の――」
「――ん? そこにいるのって、あの時の学生じゃねぇの? ヨハンっていったか?」
「えっ?」
不意に聞こえて来た声に向かって振り返ると、黒髪で黒い鎧を着た男が近づいて来る。
男の近くには黒いローブで赤い石がはめ込まれた杖を持った女性と青髪の長い槍を持った背の高い男に巨体で大きな斧を背負った赤茶髪の男が姿を見せた。
「あっ!」
その四人の内、二人には見覚えがある。
「ほんとだね。まさかこんなところで会うなんてね」
「シンさんにローズさん! お久しぶりです!」
一学年時の学年末試験。
シェバンニよって用意された試験、その時にヨハンたちキズナの四人総がかりであっても倒せなかった黒い鎧の男、シン。そのシンを圧倒的なまでの魔法力を行使して氷漬けにした女性のローズ。
「元気そうだな。どうだ? あれから強くなったか?」
「はい。それなりにですが、強くなりましたよ」
あの当時に比べれば自信も自覚も深まっていた。
「へぇ。その感じだと期待できそうだな」
ヨハンのその様子を見てシンは感心する。そのままニーナを不思議そうに見た。
「それでそっちの子は? あんときはいなかったよな?」
「彼女はニーナといって、僕の一つ下で、まぁ妹です」
「よろしくお願いしまぁす」
ぺこりとニーナが頭を下げる。
「へえ。可愛い子だね。それで、こんなところで何しているの?」
「なんだ? 退学にでもなったのか?」
「違いますよ! 一応学校の許可もあって、今帝国に長期遠征に来ているところなんです」
ヨハンの言葉を受けたシンとローズは顔を見合わせた。
「ふーん。となると、シェバンニさんも相当期待しているようだな」
「そうね。あの人が在学生を他国へ遠征に行かせるだなんてよっぽどよね。今まで一度でもあったかしら?」
「ないんじゃねぇの?」
簡潔に言うとシェバンニだけの一存で決まったわけでなく、むしろシェバンニは反対していた側なわけなのだが。
「で、それがなんでここにいるんだ?」
「それはまぁ行きがかり上なんですが、この人の護衛をすることになったんです」
「この人って、カレン様の?」
シンとローズの二人して隣にいるカレンを見る。
「知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、知らない方がおかしいだろ。俺たちはカレン様の弟君のルーシュ様の護衛をしているからな」
「あっ、凄腕冒険者って、ペガサスのことだったんですね!」
それならば納得した。
一言で凄腕と片づけられるに値するS級冒険者パーティーなのだから。
チラリと視線を隣に向けると、槍を持った青髪の男と目が合うのだがすぐに逸らされる。斧を持った赤茶髪の大男は腕組みをしておりヨハンには見向きもしていない。
「話もそれぐらいにして、そろそろ行くぞ」
「なんだよ。せっかちだなジェイドは」
「せっかちではなくて、ルーシュ様がもう行っているではないか」
「それはそうだけどさ。前に話したろ? 面白い奴がいたって話」
「拙者にはどうでも良いと言ったではないか」
「冷たいねぇ相変わらず」
槍を持った男、ジェイドの冷たい眼差しにシンは苦笑いする。
「…………」
「わぁかってるって。バルトラ」
巨体の男、バルトラの視線でシンはさらに頬をヒクヒクとさせた。
「(この人たちがシンさんとローズさんの仲間なんだ。強そうだなぁ)」
パッと見た感じ、ジェイドもバルトラもその佇まいからしても強者なのだということは見てすぐにわかる。
そこでジェイドと目が合ったのだが、一切の興味を示さない様子でスッと逸らされた。
「(本当に興味ないんだね。それもそうか)」
とはいえ、バルトラの方はニーナを見ているようにも見える。
「むううん! じゃ、じゃあなヨハン! それと、ニーナちゃんだっけ?」
「はい」
諦めてため息を吐きながらシンは振り返った。
手をひらひらとさせて官邸の方に向かうシン達。ローズは申し訳なさげにカレンに深々と頭を下げる。
「なるほど。あの人たちがあの子の護衛をしていたのかぁ。へぇー」
「ねぇお兄ちゃん。あの人たち、めちゃくちゃ強いんじゃないの?」
遠く離れていく四人の後ろ姿を、ニーナは真剣な眼差しでジッと見つめていた。
魔眼を通してシン達の魔力量をある程度測定している。
「魔力量だけで言えばあのローズって人が断トツだけど、それだけじゃない感じがするんだよねぇ。あのシンって人が一番少ないけどなんていうかな、気配が違うよね」
魔力量は基本的に強さの目安になるのだが、魔力量だけが強さの基準にならないのはモニカとの一戦で十分に懲りていた。それを差し引いて見た感じでも、ニーナからすればシン達の強さはそう見えた。
「そうだね。僕たちも歯が立たなかったからね」
「お兄ちゃんでも!?」
「うん。でももう半年ぐらい前の話だから、今なら前よりもっと善戦できると思うな」
「ほえぇぇ。となると相当に強いみたいだね」
「まぁそんな話は別にして、僕たちもそろそろいかないとまずいじゃないんですか?」
ルーシュやシン達が向かっているのは領主官邸。
一度そこで話をするということなのだが、カレンの表情は口を半開きにさせ、ぼーっと呆けている。
「どうかしましたか?」
「ど、どうかもなにも、あなた、ペガサスと知り合いだったの?」
疑問の眼差しを向けるのだが、先程見せた一連のやり取りだけで質問の返答は不要。
「そうですね。僕たちの試験の時にあのさっきの黒い鎧の人と戦ったんですよ」
「へ、へぇ……そ、そうなのね。でも負けたのよね?」
「いえ、負けてはないですよ?」
「で、でも、さっきあなた言ってたじゃない!?」
「ああ。あれは、途中であのローズさんに止められたからですよ。でも確かにこっちが不利だったのは変わりありませんけどね」
厳密にはあのままいけば負けていた可能性が高い。
あっけらかんと言い放つヨハンの言葉にカレンは戸惑いを感じた。
「(だとしてもよ。S級とまがりなりにも渡り合えるだけの強さがあるっていうのこの子?)」
兄ラウルからヨハンとニーナは相当に強いとは聞いていたのだが、その強さは想像以上なのだと。
「(兄さんが連れて来ただけのこともあるってことね)」
ニーナの強さはオーガの一件である程度見越せている。
ヨハンに関しては、そうなると想定を遥かに上回る気配を見せた。
「(これなら……――)」
今後に向けて大きな力になりえるかもしれないと考える。




