第二百三十五話 閑話 マリンの疑問⑨
「……あっ。それなら、他の二人はどうなのですか?」
さして疑問を抱いていなかったあとの二人、モニカとレイン。
こうして見ていると、エレナと同じようにして戦っているモニカとレインの事が気になった。エレナが愛を抱いているのかどうかの真相は別にして、あの二人にも何かしらの感情がその行動原理になっているのかと。
「まぁあの二人も似たようなもんじゃねぇの? やっぱパーティーを組んでて実力的に置いてかれるのはキツイもんがあるみたいだからな」
「……へぇ」
その返答には納得できないこともない。
冒険者学校に限らず、何かしら取り組むに当たって近くに居る人間と一つの目標に向かって切磋琢磨することは自然なこと。
「そんなにあの子の強さに近付きたいのね」
「(まぁそこは姐さんの思い付きもあるけどな)」
マリンがいくらか納得するのを横目にアトムは溜め息を吐いた。
「けどまぁレインの方はやっぱちょっと落ちるかな。なんだかんだ付いていってるあたりは評価できるけど」
そうして戦っているレインの姿が視界に飛び込んでくる。
確かに見ている感じ、エレナとモニカはどちらが上なのか優劣付け難い動きを見せているのに対して、レインの動きの連携は素晴らしかったが単独ではどことも言えないのだがもう一つ見劣りしていた。
「持って生まれた才能ねぇ。確かに彼の生まれでは……――」
王都でそれなりに規模の大きい商家であるコルナード家。
その生まれが平民の中では裕福であるのは間違いないのだが、戦闘に特化しているわけではない。
かといって生まれで全てが決まるわけでもなく、ある程度の才能が必要なのは勿論とはいえ努力如何によっては後に大きく名を残すことも可能である。
「――……頑張ってね。レイン」
その姿を見ていると、無意識に小さく呟いてしまっていた。
「なんか言ったか?」
「い、いえなんでもないです!」
ポッと僅かに顔を赤らめるマリン。
「(ど、どうしてわたくしがレインの応援をしなければいけないのよ!)」
スッと首を回して顔を逸らしながらも、チラッと視線だけは眼下の戦いに向けて目で追ってしまっている。
◇ ◆ ◇
「だあああぁ……つっかれたあぁ!」
大の字になり地面に寝転ぶレイン。
「もうっ! 情けない声を出さないでよレイン! 疲れているのはみんな一緒!」
「そうですわ。そんなことだからモテないのですわよ?」
「だぁっ! もううっせいな! いいじゃねぇかよやっと終わったんだから!」
疲労困憊で息を切らせながら地面に座っているモニカとエレナ。
「さすがに三人目が俺だと厳しかったみたいだな」
トントンと肩を黒剣で叩き、笑みを浮かべているアトム。
「全然物足りねぇけど、まぁとりあえず今回は合格ってことにしといてやるよ。続きはまたいつかな」
「ははは、そっすね。あざっす」
不満気な様子を見せるアトムに笑顔を返すレイン。
「(いや、もうマジ無理っす)」
とはいえ、内心では正反対のことを考えていた。
そのままゆっくりと地面から身体を起こして片膝を立てる。
「それで、マリンはこんなところまで来てどうしたのかしら?」
スッと立ち上がりながら砂を払うエレナ。
「うっ!」
「その様子じゃ別にわたくしかあの人たちに急用があって来たというわけでもなさそうですし」
マリンのその外向けとはいえドレス姿はどうみてもこの場に似つかわしくない。
真っ直ぐ、妙に責められるような視線で射抜かれるようにして見られた。
「あっ……いえ、その…………」
どう答えたらいいのかわからず言い淀む。
「あらごめんなさい。私が連れて来たのよ」
「えっ? エリザさん?」
不意に背後から両肩を掴まれ、驚き振り返った先でエリザはそっと片目を瞑った。
「はぁ。そういえば、今日は叔父様とカトレア侯爵との会談でしたわね」
「ええ。色々と勉強させたいからって、マックスがね」
「叔父さまでしたか。なら仕方ありませんわね」
マリンがこの場にいるのはエリザとマックスの手引きだと解釈したエレナは小さく息を吐く。
「マリン?」
「な、なによ!?」
「今回ここで見聞きしたことは、王家の守秘義務を発令しますので、そのつもりで。あと、いくらなんでも、服装ぐらいは整えて来て下さいませ」
「わ、わかってるわよ! そんなこと言われなくても!」
こんなこと、ここで知った事を例え学内で口にしたとしてもきっと誰にも信じて貰えない。それほどの内容。
「エリザさん?」
小声でエリザに声を掛ける。
「なぁに?」
「あ、あのどうして? ここへはわたくしが勝手に……それこそエリザさんの後を尾けて来たのに…………」
「別に深い意味はないわよ? あなたを見ていると色々と悩んでそうだったから、多くのことを知って考えるきっかけにでもなればいいのじゃないかと思ってね」
「にしても、勉強しに来て死にかけるって中々ないよな」
「あっ、そういえばレイン、よくあれに反応できたわね」
「まぁ俺が一番近かったしな。あとは身体が自然に動いた」
「ふぅん」
モニカの疑問はマリンが崖から落ちそうになった時のこと。
「そういう無意識下で体が勝手に動くということも大事なことよ?」
指を一本立てて笑みを浮かべるエリザ。
「意識内よりも、無意識の方が反応速度は高いからね。まぁこんなことあなた達には今更でしょうけど。さて、そろそろ帰りましょうか」
振り返り、アトム達に声を掛ける。
「ふぃー。今日の飯は美味いだろうなー」
「呑むのも程々にしてよね」
「わあってるよ」
「俺はとにかく早く寝たい」
「気持ちはわかるわ。私ももうくたくたよ」
モニカ達が前を歩く中、マリンは唇を少し震わせていた。
「あ、あのっ、レイン!」
「ん?」
「あっ、いや、その……助けてくれてあり、がとぅ…………」
徐々に小さくなっていくその声。
「まぁいいよ気にしなくて。たまたまだ」
「な、なによっ! わたくしがせっかくこうしてお礼を言っているのに!」
「はいはい。じゃあどういたしまして。んなことより良かったな。昨日知りたかったことが知れたみたいで」
レインに背中越しに手を振られる。
「そ、それは……ええ、そうね……ありがとう」
俯き加減に答えるマリン。
「レイン、あの子とあんなに仲良かったっけ?」
「あー、仲が良いっつか、まぁちょっとな」
モニカの疑問にレインは苦笑いした。
「(な、なんだ? 昨日の今日であんな態度取るなんて気味が悪いな。触らぬなんとかに祟りなしってやつだな)」
「もうっ、なんですのあんな適当な!」
レインの態度に頬を膨らませるマリン。
「なによエレナ?」
ポンと肩に重みを感じて振り向くと、微笑みを浮かべているエレナの顔。
「いえ、なんでもありませんわ。今後に少し楽しみが増えただけですので」
「はぁ?」
それだけ言い残して前を歩いて行くエレナに疑問符を浮かべながらマリンは首を傾げる。
「何が言いたかったのかしら?」
そうしてほんの僅かの疑問が残ったままその場を後にすることになった。
◇ ◆ ◇
冒険者学校の寮に帰ったマリンはベッドに腰掛け考えに耽っている。
「それにしてもエレナ、凄かったわね……――」
今日見て来たことを思い返していた。
「――……いいえ。エレナだけではないわね。あのモニカにしても……レインにしても」
「なんか良いことでもあったのマリンさん?」
「えっ?」
小さく呟いていた独り言の最中、同室者の女の子がドアを開けて入って来るなり不思議そうに小首を傾げる。
「いえ?」
「そう?」
「(良いこと?)」
良いことか悪いことかといえば、現状どちらとも判断がつかない。
エレナ達との実力差をまざまざと見せつけられ、想像以上の人達がいた。知りたいことが知れたことは良かったのだが、受け止め方によっては良いこととも悪いこととも受け取れる。
「モレナ。どうして良いことと思ったのかしら?」
同室者の女子モレナの問いかけがふと気になった。
「えっ? だってマリンさんすっごい優しい顔で笑ってたから。だから良いことあったのかなぁって」
「わたくしが? 優しい顔で笑ってた?」
「うん」
「はぁ。そうですの……――」
ぽすっとそのままベッドに横になる。
「(――……わたくしが? 笑っていた?)」
自覚はなかった。
何について笑っていたのか理解できない。
「(もうっ! どうして笑っていたのよわたくしは!)」
さっきまで考えていた今日の出来事を思い返しながら、チラリと脳裏をかすめるレインの笑顔。
「(この胸のざわつきは一体?)」
妙に高鳴る鼓動。トクトクと心臓が早打ちしている。
「(そういえば、エレナが笑っていた理由。これだけわからなかったわね)」
そうして思い返していたことで思い出した。
今回の行動の発端となった出来事、エレナの笑顔がきっかけだったことを。
「ま、いっか。別に今じゃなくとも」
何故か昨日まで抱えていた疑問、どうしても知りたかったあの欲求がいつの間にかなくなっている。
「(あっ、また笑った)」
モレナがチラッと見るマリンのその微笑み。
マリンは気付いていなかった。
それがあの時見せたエレナの微笑みと同種の笑みだということに。




