第二百三十三話 閑話 マリンの疑問⑦
「すんません。お待たせしました」
キッと真剣な眼差しでレインはシルビアと対峙する。
「もうよい。興が削がれたわ」
「えっ?」
シルビアの言葉にレイン達は顔を見合わせた。
「エリザに感謝することじゃな。このままいけばワシも抑えきれんわ」
「じゃ、じゃあ……」
「フム。合格じゃ。ワシを本気にさせる程の力を見せたということじゃ」
ふぅと息を吐いて背中を向けるシルビアに対して呆気に取られる。
「や、やったぁ!」
「ええ」
勢いよくモニカがエレナに抱き付いた。
「ったく、なんだよ。俺はこっからだってのに」
「あら? なら私が代わりにそのやる気を確かめてあげるわよ?」
「えっ?」
腰に手を当てているレインが背後を振り返ると、笑みを浮かべているエリザの姿が目に入る。
「あっ、いやぁ……そのぉ…………」
「なによ。あれだけ私に向かって言い放ったのだから、もちろん覚悟は出来ているのよね?」
「ち、違うんすよ。さっきはその、勢い余ってと言いますか、なんと言いますか……――」
変わらず向けられる笑顔が逆に不気味に感じた。
レインは頬をヒクヒクと引き攣らせる。
「もういいですのよねシルビアさん?」
「ふん。何を言っておる。お主がそうさせたのではないのか」
背中を見せているシルビアは振り返ることなく答えた。
「ふふふっ、そうでした」
「(――……って、聞いちゃいねぇ)」
「あとはワシもゆっくりと楽しませてもらうこととするさ」
タンッと軽く跳躍をして、シルビアはアトムの横に立つ。
「お疲れさま、姐さん」
「うむ。中々に楽しめたな」
シルビアは満足そうに眼下を見下ろした。
「俺は姐さんに追い詰められたアイツらがどうするのかにちょっと興味があったけどね」
溜め息を吐いて、アトムも下を見下ろす。
「さて。じゃあ今度は私とやりましょうか。安心して。シルビアさんのようにはならないから」
後ろ手に片足のつま先を立ててエリザは微笑んだ。
「(ぜってぇうそだ)」
「(絶対嘘ね)」
「(これはまた一苦労しますわね)」
レイン達三人はその笑顔の裏に潜む威圧感、シルビアとはまた違う気配、ただならぬ気配に覚悟を決めていた。
◇ ◆ ◇
「ちっ、にしてもエリザのやつずりぃな。次は俺がいくつもりだったのによぉ」
アトムは片肘を着いたまま、不満そうにエリザ達を見ている。
「ぐずぐず言うな。女々しいの」
「いやまぁ別にいいんだけどさ。姐さんとやった後にエリザとやってほんとに俺とやれんのかと思ってさ」
「そういうのを女々しいというのじゃ。それであやつらが力尽きるようなら諦めるのじゃな」
「わかってますって」
順番を抜かされたことに若干の腹を立てているアトム。
「あ、あの……」
そこにマリンが岩壁を登って来る。
登って来たはいいもの、どうすればいいのかわからない。
「ん? どうした嬢ちゃん?」
「い、いえ。ここに来るように言われましたので」
「そっか。まぁあんなとこにいちゃ危ないわな。ま、ゆっくりと見学してたらいいさ」
「ほっ」
気軽な返答を得られたことに安堵するマリンなのだが、同時に疑問を抱いていることを質問することにした。
「申し訳ありません。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? そちらの方は以前父から紹介されてシルビア様であると存じ上げているのですが、あなたとは初めてお会いしますので」
恐る恐る確認する様に声を掛ける。
突然の問いかけにアトムは目を丸くさせた。
「わたくしはマリン・スカーレットと申します」
「知ってるぜ。マックスの娘だろ? 一応初対面じゃなくて、こないだの生誕祭にいたんだけどな。まぁお嬢さんからしたらはじめましてか」
「あっ、そうなのですね。お父様をご存知で?」
「ああ。昔馴染みだからな。つっても兄貴のローファス程じゃねぇけど。マックスとはローファスを通じていくらか話したことがある程度だ」
「へぇ、お父様の旧友であられましたか」
「まぁ旧友っつか……っと、これはいいか。んで、俺はアトム。まぁしがない冒険者だ」
「……そうなのですね」
その返答を受けても疑問は晴れない。
「(冒険者? こんな方いましたかしら?)」
父が普段交流している貴族及び周辺の有力者の中にこのような人物は確実にいない。冒険者にしても、指定依頼を出す際は宰相のマルクスを通じて依頼を出しているので特定の冒険者と懇意にしているといったことはなかったはず。
「(それに、ローファス叔父様を呼び捨てにされるなんて、ただの冒険者には思えませんわね……――)」
例え生粋の冒険者だとしても、冒険者が父や叔父を堂々と呼び捨てにするなどあり得ない。そんな人物がその辺にいる普通の冒険者であるはずがない。どう見ても明らかに抜きんでた実力者。
それを証明するのは、親し気に話している隣のシルビアとの関係性から見ても読み取れる。先程のシルビアが見せた戦い振りは想像の遥か上。
「――……もしかして、高名な方でしょうか?」
「んー、まぁ一応そうだな。俺達みんなでスフィンクスっつうパーティーで活動してた。有名っつか、結果有名になっただけだけどな」
「えっ!?」
「加えると、今あそこで戦い始めたエリザの旦那じゃの」
「ええっ!?」
たった二言の返答に想定以上の、予想を遥かに上回るとんでもない情報量が含まれていた。
マリンは驚きのあまりに口をあんぐりと開けた。
考えていたのは大魔道士シルビアと目の前のこの男性、アトムが同じパーティーだったとすれば少なくともアトムのその力量はかなりのものと想像できる。
であれば、国王であるローファスや大臣の父との交流があったとしてもなんら不思議はない。
そこまではなんとなくだが想像していた。できていた。
しかし、語られた名がスフィンクス。
伝説に謳われるそのパーティーは素性がほとんど明かされていない。一部の人間は知っているらしいということなのだが、誰がそれを知っているのかそれほど語られていない。その詳細は別として、その存在自体が事実なのだということは各国がそれを認めていることからみても揺るぎない事実。
不意に訪れた衝撃的な事実。
エレナ達はその伝説に謳われるようなメンバーと先程、それどころか今まさに眼下でも繰り広げられている戦いを行っているのだと。
どれほどの実力に達すればそれが可能になるのか想像もできない。それだけスフィンクスがこれまで成し遂げて来た偉業を思いつくだけすぐさま考えるのだが、途轍もなかった。
更に、何気なくシルビアによって付け足された言葉に衝撃と驚愕、思考の一切が追い付かない。




