第二百三十一話 閑話 マリンの疑問⑤
「どこまで行くのかしら?」
もうそれなりの距離を走っている。
前方にいたエリザの姿はもう見えない。ぐねぐねと入り組んでいる道なのだが、基本的に一本道であるのでこのまま走ればきっと追い付けるはず。
「――えっ!?」
そう考えて崖道を走っていたのだが、そこには追いかけていたエリザの姿はなかった。
周囲の景色を見る限り、そろそろ山の頂上付近になる。
「どうっ!」
手綱を強く引き、ヒヒンと馬が小さく鳴いた。
「びっくりした。何の音?」
鋭い破裂音と轟音が響いて来たので慌てて馬を止め、そのまま馬から降りて岩陰に身を潜める。
「あれは……?」
近くの岩に馬を縛り、何が起きているのか理解できずにこっそりと音の場所を覗き込んだ。
「わったたたた!」
「ほれほれ、逃げてばっかりだと何にもならんぞ」
「えっ? あれって……?」
遠くに見える広場にはレインが慌てて走り回っている姿。少し離れた場所にエレナとモニカの姿もある。
「あれは……シルビア様の魔法?」
杖を上空に向かって掲げているシルビア。
杖の先端の髑髏の目が光るなりレインの頭上に雷雲が立ち込めていた。直後、雷鳴が響くと同時にレイン目掛けて雷が落ちる。それを即座に回避していた。
「くっ! な、ならっ!」
レインは片足を力強く踏み込んで、方向を急転換させた。
「何をする気じゃ?」
レインの行動を訝し気に見ながらも、シルビアは構わず杖に魔力を込める。
再び杖の先端の髑髏の目が光ると同時に、雷雲がピカッと光を放った。
「そう何度もおんなじ手を喰らうかよっ! これでどうだっ!」
レインは両手に持つ短剣の刃を背中合わせに重ねて、より多くの面積を生み出すと顔の正面に持って来る。
そのレインの頭上へドンッと勢いよく雷が落ちた。
「えっ!? アレを受け止めた!?」
マリンは驚嘆する。
「ぐうっ! らあっ!」
レインは両手の短剣を勢いよく前方、シルビア目掛けて振り切る。
雷は振り切られる短剣によって軌道を変え、一直線にシルビアに向かって飛んでいった。
「ほぅ、やるな」
シルビアは感心するように笑みを浮かべる。
「すごい! あんな速さであれだけのことを!?」
レインが見せた一連の動きを、マリンは見てすぐに理解した。
頭上に落ちてくる雷を短剣で受け止め、それを術者のシルビア目掛けて反射させたのだと。
それがどれだけ高度な技術を用いられて行われた行為なのかということを。
「フンッ。だが甘い」
シルビアは杖を横薙ぎに振るい、飛んで来た雷を軽く払い除ける。
「どっちが甘いのよ!」
そのシルビアの背後にシュンっと長い金髪を靡かせて姿を見せる人影。
「速いっ!」
チラリとエレナがいる場所を見ると、さっきまでそこにいたモニカの姿がない。圧倒的なまでの速度でシルビアの背後に姿を見せていた。
間違いなくレインよりも離れていたはずなのに、その距離をあっという間に詰めた速さに驚嘆する。
「えっ!?」
更に驚きに包まれるのは、モニカの剣は横薙ぎに振るわれており、間違いなくシルビアを捉えていた。
シルビアが両断されたかと思いきや、すぐさま黒くなりドロッと地面に溶ける。
「ちっ!人形か。いつの間に!」
「ふむ。悪くはなかったわい」
「えっ!?」
モニカの頭上に浮いているシルビアは、そのまま杖をモニカにかざすと、杖はパリッと音を鳴らした。
「モニカッ!」
エレナの声が響き、振り向くと薙刀を岩壁に向けて大きく振るっている。
ガンッと大きな音が響いたかと思えば、すぐさま粉々になって砕かれた岩が散弾となってシルビアの背後から襲い掛かった。
「チッ! 魔剣か。面倒な」
エレナの行いを確認したシルビア。それよりも先にエレナの声に反応したモニカは既にその場を離脱している。
「連携はさすがだの」
シルビアは杖を地面に向ける。
ズモモとシルビアの背後の地面、土壁が隆起して、エレナから撃ち込まれた岩の弾丸をガンガンと音を立てて相殺した。
「あれぐらいじゃダメみたいね」
「ええ。ですがお互いまだ小手調べですわ」
エレナの横に軽やかに着地するモニカ。
「いやいや、俺はこれでも十分きついって」
その場にレインも合流する。
「な……何をしているのよあれ…………」
マリンはその様子を見ても全く理解出来ないでいた。
「戦っているのはわかるわ。でも、どうしてエレナ達と大魔導士シルビア様が?」
大魔導士と父から紹介されただけあって、シルビアの魔法はどれも目を引く。
「これが本番って、どういうこと?」
先日聞こえた単語から、目の前で起きている事象について思考を巡らせるのだが意味がわからない。
「にしても、ちょっと凄すぎないこれ?」
同時に考えるのは、目の前で目まぐるしく繰り広げられた攻防。
そのどれ一つとってもかなり高水準。
「あんなのわたくしには……――」
とても付いて行けるものではない。
シルビアの魔法に対応している三人。こんなの自分だけでなく、この戦いに付いていける学生が他にどれほどいるのかと考えるのだが全く思いつかない。
◇ ◆ ◇
「まぁ、今のところはこんなもんか。後はこっからどうするかだな」
崖の上に腰掛け、片肘を着いてシルビア達の戦いを見下ろしているアトム。
レイン達の動きを確認して及第点を与える。
「そろそろエリザが来る頃だけど……――」
そのまま王都の方角、崖道に通じる細道に視線を向けた。
「――……ん?」
岩陰から覗き見ている人の姿が見え、誰がいるのかと目を凝らしてみる。
「ありゃあ、確か……マックスんとこの、マリンっつったっけ?」
どうにも見覚えのある少女の顔。
「あんなところでなにしてんだ?」
ここには間違いなく誰もこない。
なんらかの理由でここに来ているのなら、公女であるマリンの周囲に護衛など他の人間がいないかと探してみると、マリンから少し離れた後ろにはエリザの姿があった。
「なにやってんだエリザ?」
どうにもこちら側、アトムの方に顔を向けている様子のエリザは、マリンの背中を指差している。
「ったく。あの様子じゃどうせまたなんか悪いことでも思いついたんだろうな。いいぜ。好きにしな」
溜め息を吐きながら、アトムは眼下で繰り広げられているシルビアとエレナ達の戦いに視線を戻した。




