第二百 三十話 閑話 マリンの疑問④
翌日。
「はぁ。学校と公務を平行しなければいけないだなんて、忙しいにも程があるでしょう」
マリンは朝起きて、休日に行っている公務に向けて外向けの控えめなドレスに着替えていた。
「……ふぅ。胸の大きさでは負けてないのにね」
着替えながら胸に両手を送り、ついエレナの姿と比較してしまう。
王女であるエレナは自分以上に多忙。それでも全てをそつなくこなしている。
「それにしても、一体なにを……」
そんなエレナが何をしているのか、考えれば考える程に気になった。
調べれば調べるほどわからず仕舞いで疑問が残る。
「わかっているのはエレナ達に加えて大魔導士や校長が関わっているということぐらい」
当初の疑問。
元々はエレナのあの時の表情について調べようとしていたのだが、いつの間にか目的がすり替わっていた。
「まぁ今日の公務を終えたらまた考えましょう」
小さく息を吐いて、本日の予定を確認する。
「今日は……カトレア侯爵邸に行くだけね」
マックス公爵に付いて行き、カトレア侯爵との国政についての話し合いに同席すること。
知識だけでなく、時折こうして内政についての実践的なことをその身、その肌で感じ取ることも必要とされていた。
そうして準備を終え、マリンは父と共に馬車に乗り込みカトレア邸に赴く。
◇ ◆ ◇
「――では今のところ順調なのだね」
「はい。滞りなく」
父とカールス侯爵が話しているのを勉強がてら一緒に聞いていた。
「(早く終わらないかしら?)」
今回は特に目立った話し合いが行われたわけではない。
貴族や平民の生活状況、実態調査が主。細かい事を言えば、私腹を肥やしている貴族が粛清対象であるかどうかの話も行われているのだが、今回はそれほどでもないので引き続き要観察対象といった程度。
「それにしても、マックス殿は可愛らしい娘さんをお持ちで」
カールス侯爵がマリンに柔らかな笑みを向ける。
「ありがとうございますカトレア様」
マリンも柔らかな笑みを浮かべて小さく首肯した。
「まだまだ勉強をしなければいけませんけどね」
「それは仕方ないでしょう。うちもこの頃は大変でしたので」
「最近仲は良いみたいですね」
「まぁ……そうですな」
一体誰との仲のことを話しているのか疑問が浮かぶ。
「お父様?」
「(えっ?この声……――)」
そこで、ガチャッとドアが開かれた。
「こらエリザ。今日は来客があると伝えてあっただろう」
「あっ、これはマックス・スカーレット公爵様。突然訪室致しまして失礼しました」
ドアを開けて姿を見せたのはエリザ。
「いや、構わないですよエリザさん。それにどうにもエリザさんにそう呼ばれるのはむず痒いので、いつもの通りでいいですよ」
「あらそう? まぁ確かに私もあなたに固い態度取りたくないのよねマックス」
「エリザ。そういう問題ではない。例え公爵様がそう言われたとしてもだな」
「はいはい。わかっています。けど、マックスと私の間にそれはないの。ねぇマックス」
「まぁ、そうですね。僕も昔に戻った感じがしますので」
マックスがカールスに向かって笑みを向ける。
「そうか。キミがそういうなら私は構わないがね」
気安く会話をする三人を余所に、マリンは疑念が脳裏を離れない。
聞いたことのあるその声、間違いない。
「(――……ヨハンのお母さんの声よね?)」
先日聞き分けていた時の声、気品のあるその声には覚えがあった。
どうしてカトレア侯爵の娘がヨハンの母であるのか理解できない。
「じゃあお父様。私はこれで」
「ああ。早くアトムのやつを連れて来い」
「わかってるわ。でもアトムも素直になりきれないのよ」
「まったく。いつまでもガキだなアイツは」
「そうね。お父様と同じぐらいね」
「なッ!?」
「じゃ、行って来るわ。マリンお嬢様もごめんなさいねお邪魔したみたいで」
「い、いえ、とんでもありません!」
そうして足早に部屋を出たエリザの足音がパタパタと廊下に響いて遠ざかっていく。
「まったく。少しは落ち着いたかと思えば慌ただしいな」
「それがエリザさんらしいですけどね」
「お、お父様!?」
今このタイミングを逃すと、言葉を差しこめる間がないかもしれない。
そもそも、早くしないと間に合わないかもしれない。
「どうしたのだい?」
「い、いえ。そ、その、もう今日のお話は終わりましたよね?」
「ああ。大筋は終えているが、それがどうかしたかい?」
「ちょっと急用を思い出しましたので、今日はこれで失礼してもよろしいですか?」
「ああ。かまわないが……――」
「では失礼します!」
父の許可を貰ったことで、すぐに立ち上がる。
「カトレア侯爵。ではごきげんよう」
「ああ」
品性を欠かない程度の礼節を維持し、可能な限り早くその場を後にした。
マリンが部屋を出て行く背中を、呆気に取られながら見送るマックスとカールスの二人は疑問符を浮かべる。
「一体お嬢さんはどうしたのだ?」
「さぁ?」
◇ ◆ ◇
「あの人、絶対にエレナと繋がってる!」
思い出すのはエレナやレインは今日が本番だと言っていたこと。
「となると、あの人を追いかければきっと…………」
エレナが何をしているのかに繋がるはず。
「でも、あの子、ヨハンのお母さんってどういうことかしら? カトレア侯爵の娘は確かどこかに嫁いでいるはず……」
ヨハンが平民だということ、これは覆らない。
疑問が残りながらも、カトレア邸の廊下を小走りで駆けながらエリザの姿を探すのだが見当たらない。
「もしかして、もう外に?」
廊下の窓から庭を見ると、丁度そこにはエリザが歩いている姿が見えた。
「見つけたっ!」
エリザの姿を確認するのだが、エリザは馬に跨りどこかへ駆けようとしている。
「そんなっ!」
慌てて廊下の窓から飛び出して、玄関で待たせている馬車へ。
「お、お嬢様!? なにを?」
二頭で引いていた馬の内の一頭の縄を解いた。
突然姿を見せたマリンの様子に御者をしていた執事が慌てふためく。
「急用ができたの!ごめんなさい!借りていくわね!」
「は、はぁ?」
有無を言わせぬ様子で、執事は呆気に取られた。
「はあっ!」
馬の手綱を握って、エリザの後を追いかける。
「馬に乗ったってことは、どこかに行くのよね?」
パカパカと蹄の音を鳴らし、遠くに見えるエリザの後ろ姿を見失わないように必死に追いかけた。
そのままエリザの乗る馬は王都を出て行く。
「あんまり近付き過ぎると気付かれちゃうわね」
王都を出たことで視界は広がったのだが、人通りも少ない。
「それにしても、あっちに何かあったかしら?」
途中の大きな街道から横道を逸れて、今は使われていない細道に入って行く。
王都近郊の地理に関しては概ね把握しているのだが、この先は小さな崖でしかない。
◇ ◆ ◇
「あの子、どうして私を追いかけるのかしら?」
後方に感じ取る気配、ソレに気付いていたエリザは王都を出るまでは特に気に留めていなかった。
しかし、王都を出た後も気配が続き、どうにも追われている気がする。一度速度を緩めて誰なのかと確認した際にそれがマリンだと認識していた。
「私を追いかける理由……もしかして、エレナちゃん達に関係しているのかしら?」
それ以外に考えられない。
「さすが、あの頃はお転婆よねぇ」
マリンにどういう理由があるのかわからないが、身に覚えのあるその活発さを思い出す。
「うーん、そうねぇ……せっかくだし、それならあの子にも一役買ってもらおうかしら」
エリザは口元を緩め、薄く笑みを浮かべた。




