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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード マリン・スカーレット
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第二百二十九話 閑話 マリンの疑問③

 

「――……わかったかい?」

「……はい」


 それから一時間程、マリンは王宮の小さな一室にて父からこんこんと説教じみたことを聞かされ続けた。


「(わかってるわよそんなこと!)」


 とはいえ、幼い頃から何度も何度も聞かされ続けたその言葉はもう暗記してしまっている。

 仮に今子どもが出来たとしても、それをすぐに話して聞かせるだけの自信もあった。


「わかったかい?」

「はい」


 ようやく終わったと思い、軽く息を吐いて父の顔を見つめると、どうにも疑問が浮かぶ。


「お父様?」

「なんだい?」

「あの、どうしてお父様は王様を盛り立てようとしているの?」

「ああ。それはマリンももう少し大きくなればわかるよ。お父さんもマリンぐらいの頃にはそこに疑問がなかったわけじゃないからね」


 それというのも、現国王であるローファス・スカーレットは目の前の父マックス・スカーレットの実の兄。それが実権を握っており、父はそのサポートが主な役割。

 過去の歴史からしても穏やかな歴史ばかりでない。これまでに権力闘争がなかったわけではないのだが、父からはそういった欲の一切が見られない。


 直近で言えば、祖父の代にはそれがあったのだから。


 だからといってマリン自身にそれ、そういった欲があるのかというと、実際のところはよくわからないというのが答えになる。だが、ソレを持つ人間がいることぐらいはこの年齢であっても多くの人間を見て来たことと、学んだことからでも理解できていた。


「不思議そうだね」

「……はい」

「何も不思議なことじゃないさ。そこに疑問を持つことが成長の証だよ」

「どういうことでしょうか?」

「それは教えてもらうことじゃないよ。マリン自身が知って、感じて、学んで、理解していくものだから」

「……はぁ」


 父の言っていることが理解できないわけではないのだが、納得はできない。


「その様子だと、マリンは異性に好意を抱いたことはなさそうだね」

「ええ。ありません」


 きっぱりと断言する。

 身近な異性といえばカニエスやクルドなのだが、彼らに異性として好意を持ったことなど一度もない。


「はははっ。父親としてそれは喜ぶべきなのか残念がるべきなのか些か疑問だけどね」

「それが何か関係あるのでしょうか?」

「関係あるさ。そういった感情を理解していくことが、マリンの成長に繋がる話だからね。それが理解できればまた話の幅が広がるさ」


 そこまで言うと、マックス公爵はすくっと立ち上がった。


「そこから今日の続きの話をしよう。次はお母さんも一緒にね」

「お母様も?」

「ああそうだ」


 マリンは首を傾げる。


「さて、私はそろそろ仕事に戻らせてもらうよ」

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いやいや。娘のためだから仕方ないさ。では、くれぐれもエレナ様を追いかけることよりも自分のことを最優先にしなさい」

「はい。わかりました」


 マリンの返事を聞いたマックスは笑顔を向けて部屋を出て行った。


「結局お父様は何が言いたかったのかしら?」


 言わんとしていることは理解した。

 王国の安定の為に、王様を盛り立てつつ次期に王位を継承する後の女王エレナを支えること。


 ただ、わからないのはそこに感情が入る余地がどれほどあるのかということ。


「……疑問を抱くことが成長の証……かぁ」


 つまり、今疑問を抱いていることも成長に繋がっているのだと、父の話からすればそういう解釈になる。


「となると、エレナのことを知りたいという疑問を持つことはわたくしの成長に繋がるわけですわね!」


 それならば、父がどう言おうとも、エレナのことを知りたいというこの気持ちに間違いはないのだと結論付けた。


「でも、流石にこれ以上追いかけるわけにはいかないわね……」


 部屋を出て、王宮内を歩きながら考える。


「あら?」


 一体どうしようかと思考を巡らせていたところ、前方に赤髪の男の子が視界に入った。


「あれは、確かレインという子ね」


 エレナと同じパーティーである同級生。

 話したこともないのだが、その素性の調べは付いている。


「コルナード商会の次男……ね」


 ふと考えが脳裏を過ったマリンは薄い笑みを浮かべた。



「ふぃー。今日は仕上げということもあって結構えげつなかったなぁ」


 レインは思い返すだけでも嫌になる。


「しかしまぁ、実際やれるかどうかは明日にかかってるんだもんなぁ」

「何をされるのでしょうか?」

「そんなもん決まってるだろ。俺達がアイツに負けないぐらい…………ん?」


 背後からの声に対して思わず反応したのだが、レインはふと誰の声に反応してしまったのか疑問に思い振り返った。


「あれ?」

「あら。レインさんどうかされましたか?」

「いやいや、俺達初めて話をするんじゃねぇの?」

「これは失礼しました。初めまして、マリン・スカーレットと申します」


 マリンは綺麗な所作を用いて一礼する。


「あっ、これはどうも。レインです」


 レインもとりあえずとばかりにペコリと頭を下げた。


「それで、どうかされましたか?」

「……いや、別に何も?」


 ぶっきらぼうに答える。


「(どういうつもりだこのお嬢さん)」


 話し掛けられる意図がわからないレインは考えを巡らせるのだが、とんと覚えがない。


「(今の質問だと、俺達が何をしているか……いや違うな。俺のことはどうでもいいだろうからたぶんエレナが何をしているか気にしているってところか?)」


 状況的に推察するに、それしか思いつかない。


「(けど、なんでだ?)」


 しかし疑問が残る。

 エレナによるマリン評は、何かと張り合って来ていたのだが最近はその数も減った。だが、いつまたわけもわからないことを仕掛けられるかもしれないというのは、ヨハンとカニエスとの魔法勝負のことを聞いている。



「(ちっ、見た目通り簡単に話すかと思ったけど、意外にノリが悪いわね)」


 疑問符を浮かべている目の前のレインを見ながらマリンも考えていた。


「(そうなると、言わなければいけないような状況に持っていくしかないわね)」


 小さく息を吐いて、レインからエレナが何をしているのかの情報を引き出そうと画策する。


「あっ、じゃあ俺はこれで――」

「――待ちなさい。レイン・コルナード」


 背を向けるレインはビクッと立ち止まり、ゆっくりと首を回した。

 レインの視線の先には、腕を組んで不遜な態度を見せているマリンがいた。


「えっと、なんすか?」


 わざわざコルナードの名前、今は疎遠になっている実家の商家、その家名を口に出されたことでレインは警戒心を引き上げる。


「わたくしを誰かご存知ないですの?」

「知ってますよ。マリン・スカーレット公爵令嬢様」

「なら教えなさい。あなたがここで何をしているのかを」

「イヤです」

「なっ!?」


 レインに即答されて、マリンは目を見開いた。


「あ、あなたはここが学内ではなくて、王宮内であるとわかっているのでしょ!?」

「そうっすね。つまり、マリン様はその立場を使ってエレナのことを俺から探ろうとしているってことっすよね?」

「……ぐっ!」


 図星を突かれたことで、マリンは思わず口籠る。


「そ、それのどこが問題ですの!?」

「いや、問題はないと思いますよ。立場を使って必要な情報を得ようとするのは有効な手段ですからね」

「な、なら答えなさいよ!」

「あなたがどういう理由でエレナを探ろうとしているのか知りませんけど、俺は仲間の情報を売るようなヤツになりたくないんすよ」

「…………」


 レインの言葉を受けて、マリンは僅かに俯く。


「じゃ、これで失礼しますね。マ・リ・ン様」


 レインは小さく笑ってそれだけ言い残すと足早にマリンの前から立ち去った。

 肩越しにチラリと後ろを見るのだが、マリンは俯いており、どういう表情をしているのかわからない。


「(こえええええ)」


 最後のはやり過ぎたかと考え思わず後悔が込み上げてくる。


「でも普通に考えてエレナの方が怖いッつの!」


 だとしても、マリンに問い掛けられたことで即座に比較した対象。

 エレナは直系の王女であり、時折見せるその怖さを考えると、公爵令嬢のマリンとどちらにつくのかは一目瞭然。


「それに、仲間の情報を売ったことがシルビアさんやエリザさんにバレたらただじゃ済まねぇつの!」


 想像するだけでブルルと寒気に襲われた。



「…………」


 マリンは足元を、レインがいた場所をジッと睨みつけていた。


「な、なんなのよアイツ! どうしてわたくしがあそこまで言われなければいけないの?」


 グッと奥歯を噛み締め、レインの言葉を思い返す。


「ちょっとエレナと同じパーティーで、仲間に凄腕がいるからって、ちょ、調子に乗り過ぎよ!」


 まさかお互いの立場を認識させた上でそんな言葉が帰って来るとは思いもしなかった。


「……けど、これでわかったわ。少なくともエレナ達は人に言えない何かをしているってことよ!」


 権力をチラつかせても媚びもせずに拒否することのできる何かがあるのだと。


「はぁ。今日のところは帰りましょうか」


 とはいえ、これ以上何もできない。

 そうしてマリンも王宮を後にして、実家の邸宅に戻るのだが、悶々とする間にレインの言葉や態度を思い返して怒りが込み上げて来ていた。



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