第二百二十八話 閑話 マリンの疑問②
「――……とにかく、今日こそはエレナ達が何をしているか突き止めないと」
先程のカニエスの話を聞く限り、恐らく何かしらの行動を起こしているのは推測できる。
「あら?」
ふと前の方に視線を向けると、追いかけるはずだった予定のエレナ達の姿がない。
「あの、ここに居た子は?」
エレナ達の近くに座っていた子に声を掛けた。
「もしかしてエレナさん? ちょっと前に教室を出て行ったけど……?」
マリンに声を掛けられた女の子が教室の出入り口に視線を向ける。
「なっ!?」
いつの間に、と考えるのだがすぐに思考を切り替えた。
「すぐに追いかけないと!」
「マリン様?」
「カニエス!」
「はい」
「わたくしの鞄を持って帰っておきなさい」
そう言い残し、マリンは慌てて教室を出て行く。
「……はぁ」
置いてけぼりのカニエスは呆気に取られて軽く返事を返すしかできなかった。
◇ ◆ ◇
急いで校舎を出てエレナ達の姿を探したのだがどこにも見当たらない。
「カニエスの話の通りだとすればあそこに向かっているはず!」
となると現状思いつく場所は一つしかない。
「けど、わざわざあそこに入るなんて一体何をしているの?」
そうしてマリンは一目散に王宮を目指す。
シグラム王都中央区にある王宮、国政の多くが執り行われているその場所。
様々な書物や宝物が管理されている場所ではあるのだが、一部の区画には王家の者しか使用を許されていない鍛錬場もあった。
マリンも幼い頃に何度か使用をしていたことはあるのだが、最近では冒険者学校に入学したこともありめっきりと足を運ぶことがなくなっている。
「はぁ、はぁ。こ、ここだわ」
そうして程なくして鍛錬場の部屋の前に着いた。
鍛錬場の廊下は場所が場所なだけに王宮内でも一部の人間しか通ることのない人通りの少ない場所。その理由は、廊下の先にあるのが王家の本筋である人間の私室。そこに用事がある人間など限られている。
「さすがに走って来たのですから追い付いても良かったと思うのに……――」
息を整えながら周囲を見渡した。
ここに来るまでにエレナ達の姿を見付けられなかったことを不思議に思う。
「――……もしかして、もう中に入っているとか?」
そう考えながら鍛錬場のドアの取っ手に手を掛けようとしたところ、廊下の角から話し声が聞こえて来た。
「やばっ!」
聞き覚えのある声が聞こえて来たのでマリンは慌てて近く、廊下にあった戸棚の中に隠れるようにして姿を隠す。
「では明日の本番を終えればワシ等は予定通り出立するのでな」
「はい」
「この声……」
返事を返すその声は間違いなくエレナの声。
「となると、今日で仕上げしとかねぇといけねぇな」
「マジっすか? 俺もう限界っすよ」
「そんなこと言ってるけど、レイン君も結構成長してると思うわよ?」
「ヨハンのお母さんにそう言ってもらえるとちょっとは自信になるな」
「ふふふっ。まぁ頑張って」
「まったくレインは調子いいんだから」
「んなこと言ったってよぉ。俺はモニカやエレナと違って雑草なんだっての」
「あら?確かにお母さんはそうだけどお父さんは普通よ?」
「半分だけでも十分じゃねぇかよ」
誰と話しているのかはわからないが、他にも聞き覚えのある声も混じっていた。
「(この声、確か同じパーティーの子よね?)」
話し声の中に辛うじて聞き分けられる声は四人。
「(エレナの他にはモニカに、それとレイン……あとはシルビアって人だけど…………)」
他にも何人かの声が聞こえるのだがどうにも覚えがない。
「(でも今確かにヨハンのお母さんって言ったわね)」
会話の内容から察するに、その中に想定外な人物がいる。
つまり、それが差す意味はその中にヨハン、あの巨大飛竜を討伐した彼の母が混じっているのだと。
「(一体どういうこと?)」
彼は間違いなく平民。
それはカニエスからの情報にしてもそうだが、エレナが彼と親しくしていることからしても気になって軽く調べてみたことからしても間違いない。
「話はそれぐらいにして、そろそろいくぞい」
「「「はいっ!」」」
元気の良い返事が聞こえたかと思えば、近くのドアがギイッと開かれる音が聞こえて来た。
数秒後にパタンと閉まる音が聞こえて来ることからしても、恐らく鍛錬場の中に入ったのだということはわかる。
「あの中で何をしているっていうのよ」
戸棚の戸をゆっくりと押し開きながら顔を覗かせた。
「マリン?」
直後、後頭部の方から声が聞こえる。
振り向かなくともそれが誰の声なのかはわかった。
「お、お父様?」
それでもゆっくりと頭を回して、声の主に対してぎこちない笑みを向ける。
マリンのすぐ後ろに立っていたのは眼鏡を掛けた金髪の優男。父であるマックス・スカーレット公爵だった。
「……そんなところで何をしているのだい?」
マックス公爵は訝し気な視線を娘に向ける。
「い、いえ、ちょ、ちょっと探し物をしていまして……」
「ふぅん」
どう言い繕っても苦しい言い訳。
人が一人ぎりぎり入れるだけの戸棚から身体ごと出てくる姿はどうみても中に入っていたのは誰が見ても明らか。
「探し物をするにしても、それぐらいの棚なら覗けばわかるだろう?」
「え、ええ」
「そもそもとして、マリンがこんなところで探し物をする用事など私には想像もできないのだが?」
「そ、それは……――」
クイッと片手で眼鏡のつるに指を送り、マックス公爵は一層疑念の眼差しを向ける。
「――……まさか」
マックス公爵はそのまま鍛錬場の方に視線を向けた。
「もしかして、エレナ様をつけて来たのかい?」
「うっ!」
父によって見事に言い当てられる。
「……はぁ」
娘の反応からして、その問いかけが事実なのだということを理解したマックス公爵は盛大な溜め息を吐いた。
「マリン?」
「は、はいっ!」
「エレナ様を追いかけるのはやめなさいとあれほど言ったよね?」
「で、ですがお父様! お言葉ですが、お父様のその様子ではエレナ達は何か特別なことを行っているとしか思えません!」
マリンの問いかけに対して、マックス公爵は僅かに考え込み、必死にすがる娘の、マリンの目をジッと見つめる。
「だとしてだ。それがマリンとは関係がないといつも言っているだろう? きみはきみがしなければいけないことを第一優先にしなさいと」
「……はい」
こう言われてしまっては元も子もない。
昔からいつだってそうだった。
王家としての教え。
最優先事項として考えるのはまず国のこと。教養よりも先ず歴史から先に学ばされる。そして戦うこと。それから教養に入る。
そこから先は個々の能力に応じて自覚を促しながら万遍なくこなせるようにしつつ得意分野が一番伸びるように仕向けられていた。
そこで各分野において、同い年のエレナとの圧倒的なまでの差を見せつけられたのが悔しくてつい敵対視してしまっていたのが幼い頃のマリン。
成長するにつれてそれは自覚と共にエレナへの憧れに変わりつつもあったのだが、認めたくない自分がいたのもまた事実。
「で、ですがお父様……――」
「とにかく。こっちに来なさい。マリンとはもう一度話す必要があるみたいだね。部屋を借りよう」
「――……はい」
溜め息を吐かれながら背を向ける父の後を追うようにしてゆっくりと歩き始める。
「(あの中でエレナは何をしているの?)」
それでも名残惜しそうに、もう少しでそれを確かめられるはずだったその鍛錬場の扉を見つめていた。




