第二百二十六話 閑話 帝都の催し⑤
「あれ?どしたのみんな?」
ニーナは静まり返った会場を不思議そうに見て首を傾げる。
そこにカルロスがカツカツと歩いて来てニーナの横に立った。
「こ、これは……判定の必要がありません」
口を開きながら、ゆっくりとニーナの腕を掴む。
「ゆ、優勝! 優勝はこのお嬢さんのチームだぁ!」
大きな声で宣言した途端、会場からは歓声が沸き起こった。
「ヨハンさん!やりましたっ!優勝ですよっ!」
「アイシャ」
満面の笑みでアイシャが走って来てヨハンに抱き着く。
「さて総評ですが、このお嬢さんの食べっぷりもさることながら、子ども達だけのチームではありながらも調達と調理そのどちらも素晴らしいものでした! まさに完全勝利という言葉が相応しいでしょう!むしろそれ以外当てはまりません! ではあとの二人もこちらへどうぞ」
「いきましょヨハンさんっ!」
「あっ、うん。そうだね。じゃあアリエルさん失礼します」
「ああ。ではまたな」
アリエルが背を向け、アイシャに腕を引かれながら舞台上に向かった。
「どっちも凄かったぞぉ!」
「やるじゃねぇか!」
「次も楽しみにしてるからな!」
姿を見せるなり、称賛の声が飛び交う。
そうして決着が付いたのを確認した観客たちは徐々にその人数を少なくして、直に解散していった。
「さて、先ずは優勝おめでとう」
カルロスがヨハン達に声を掛ける。
「ありがとうございます」
「ではこのあとは優勝賞品を選んでもらうのだが、もう欲しい物は決めてあるのかな?」
「はいっ!もちろんですっ!」
目を輝かせてアイシャは答えた。
「では早速選んでもらおう」
カルロスが指をパチンと鳴らすと、ガラガラと大きな荷台に賞品を乗せた馬車が二台入って来る。
「……うっ……うぅ…………」
その中には大会前と変わらず泣きべそをかいているロブレンの姿も見られた。
「ぐすっ、ゆ、優勝が決まったのか……。こ、こうなったら、優勝者に媚びるしかねぇ」
ロブレンは自身が解放される為に取れる手段はそれしか残されていないと踏む。
「えっ!?」
そう考えて顔を上げ、そこにいる優勝者が誰なのかを確認するなり仰天した。
「お久しぶりですロブレンさん」
「ほんとなにしてるのって感じだよねぇ」
「ま、まさかお前らが優勝したのか?」
「はい」
思わぬところで思わぬ顔を目にする。
「い、いったいどうやって……い、いや、そんなことより!」
それならば話が早い。
優勝したのはただの知り合いではない。ここに来るまでの苦楽、旅を共にした仲。
どういう手段を以て優勝したのかなどということは些末な話。今はどうでも良い。
「やった!助かったぜ!やっぱり俺は最後に持ってる男なんだよ!ほらみろ!みたことか! な、なぁもちろん俺を選んでくれるんだろ?」
「え?嫌ですよ」
ハッキリと断言するアイシャ。
「なっ?えっ!?お、おい!」
「だってロブレンさんを選んだら食材を持って帰れないじゃないですか」
「しょ、食材って!俺より食材かよっ!」
「当り前じゃないですか。孤児院は最低限の食事しかないのですよ?それがこれだけ贅沢できるのです」
食材に目を送り、キラキラとさせて見る。
「ヨハンさんとニーナさんの力を借りた優勝とはいえ、私がそれに貢献できるなら迷うことなくもちろんそれを選びますよ」
ニコリと笑顔のままロブレンに絶望を叩きつけた。
「は……はははっ、マジか…………」
ロブレンはヒクヒクと笑顔を引き攣らせ、一気に血の気が引いていく。
「お、おいっ!それはいくらなんでも冷た過ぎないかっ!? 俺らの仲じゃねぇかよ! なぁ坊ちゃんに嬢ちゃん!?」
グルリと首を回してヨハンとニーナを見た。
「そんなに親しかったっけお兄ちゃん?」
「まぁ依頼を受けただけだからね」
「お、おいおいおい……そ、そうだ! ならこんなのどうだ? 俺を解放してくれたら絶対に一山当ててやるから、それで儲かった金で孤児院に寄付してやるよ!そしたらこんな食材目じゃねぇぐらいたらふく食えるようになるって!」
矢継ぎ早に、脂汗を垂らしながら必死に懇願し提案する。
「ダメです」
アイシャがピシャリと言い放った。
「なんでだよッ!」
「決まってるじゃないですか。こんな状態になるほど失敗を重ねたロブレンさんですよ?それを解放しても、上手く立ち回れるなんてとても思えません」
「うぐっ!」
「というわけで私達はこの食材をもらいますね」
振り返り、満面の笑みをカルロスに向ける。
「ほ、ほんとうにいいのかね? 今の話を聞いている限り、君達は知り合いのようだけど?」
「はい。もちろんです。全部あの人の自己責任です。大人ならその責任をしっかり背負って頂かないと」
「な、なるほど」
「それに、ロブレンさんはしばらく制限が掛かるだけです。生きていれば何度でもやり直せますもの。それが今回じゃなかったってだけのことですよ」
「そ、そうか、確かにその通りだ。それにしてもしっかりした子だね。わかった。まぁ私がとやかく言う問題じゃないのでどちらでも構わないが……――」
カルロスはそのままチラリとロブレンに視線を向けると、ロブレンは悲しみに打ちひしがれていた。
「うっ、うっ……」
と嗚咽を漏らしている。
「というわけで、彼女たちは食材を優勝賞品に決めたようだ」
近くにいる係員に声を掛けた。
「了解しました。どちらまで?」
「孤児院までお願いします」
「はい。孤児院までですね。ではこちらにサインを」
「はぁい。あっ、ミモザさーん!こっちです!」
そこへ笑顔のミモザも歩いて来る姿がある。
「(さすがにちょっと可哀想な気がしなくもないかな?)」
別にロブレンの肩を持つ気はないが、ああまでハッキリと言われてしまうと気の毒にも感じた。
「あの、ロブレンさん?」
「……なんだよ。もう決まっちまってるじゃねぇかよ。今更なんだってんだ」
どう見ても不貞腐れている態度。
「それはそうなんですが。そういえば、ラウルさんからお礼はもらったんですか? ほらっ、アイシャの村に立ち寄った時に言っていた」
多少卑怯かもしれないが、ラウルであればロブレンをなんとかしれやれるかもしれない。
その言葉を聞くなりロブレンは目を剥く。
「そうだよ!旦那あれから音沙汰なくて、どうにも連絡がつかないんだよ!寄り道の礼がないどころかこっちの用意した報酬も受け取ってないみたいだしよ! 思えばアレからじゃねぇか!俺がツイてないのも! そりゃあの子、アイシャちゃんが元気に逞しくしているのを見れただけでもまだ良かったけど、旦那はなにしてんだよ!?」
「こんなところにいたのか。探したぞ」
「あっ、ラウルさん」
突然背後から聞こえる声。
「どうしたんですか?」
「いや、孤児院に行ったら子ども達にここだって言われたからな」
「今終わったところですよ?何か用でしたか?」
「いやなに。忘れていたんだが、帝都を離れる前にあのロブレンという男に寄り道の礼をしなければと思ってな。連絡は取れないか?」
「連絡もなにも……――」
後ろを振り返った。
「――……ここにいますよ?」
一歩ズレて縄で縛られているロブレンの姿を見せる。
「お前、犯罪を犯したのか?」
「ち、違いますよ旦那っ!なに言ってんすか!」
「ならどうしたんだ?」
疑問に思い、首を傾げた。
「これはこれは殿下。ご無沙汰しています」
そこにロレンテ・マッシラーモ、商業ギルド長が姿を見せる。
「ロレンテか。色々と報告は聞いているが中々大変そうだな」
「はい。村々が襲撃に遭うため、商人もあまり遠出をしたがらず、流通にも支障が出ています。そうなると猫の手でも借りたいのですが、出来の悪い商人の手は必要ありませんからね」
「ぐっ!」
ロレンテは蔑むような眼差しをロブレンに向けた。
「彼がどうした?」
「いえ。意気揚々と仕事を欲する割には管理がずさんでしてね。こちらの用意した品を盗まれるわ、騙されて持ち逃げされるわ、挙句の果てに勝手に価値の低いものと交換するわで我がギルドは損害を被っているのですよ」
運送する荷が用意できない、当てがないといった商人を救済するために商業ギルドが用意しているその手段。
「……い、いや、被害額を回収する為に良かれと思ってだな」
「それで結果余計借金をしていれば世話ありませんね。まぁそういうわけで、使えないクズを誰か引き取らないかと思って出品したのですが、誰も引き取り手がいなくて困っているのですよ」
ロレンテは大きく溜め息を吐く。
「……ふむ。なるほどな。これはこれで都合が良いかもしれないな。なるほど。そういうことならその借金の肩代わりを俺がしよう」
「えっ!?」
「ラウル様自らですか?」
「ああ。まぁ知らない仲じゃないのでな。もちろんコイツにもタダというわけにはいかない。仕事はしてもらう」
チラリと二人してロブレンを見た。
「な、何でもいい!いやぁ助かったぜ!ったく、旦那が連絡してこないから逃げやがったかと思ってたが、こいつぁ渡りに船だな!前と立場は変わっちまうが今よりよっぽど良いぜ! はははっ!」
「ロブレン?」
「なんだよロレンテさん。へっ、俺はもう自由さ! さ、早くこの縄を解いてくれよ!」
どんな仕事をさせられるのか知らないが、借金を肩代わりしてもらうことで頭がいっぱいのロブレンは嬉々とした表情をしている。
「あなたは先程からこの方に馴れ馴れしく話し掛けていますが、この方がどなたかご存知ないということはないですよね?」
「あったりまえだろ!旦那の名前はラウル、A級冒険者だろ?」
「ええ。間違いありません。他には?」
「んにゃ?それ以外に何かあるのか?」
ロブレンはヨハン達を見るのだが、ヨハンとニーナは無言で頷いた。
「はぁ。知らないのですか?」
「なにを?」
「この方はカサンド帝国帝位継承権第一位であるラウル・エルネライ様ですよ。加えて言うなら剣聖でもあります」
「は?」
「当然あなたが気軽に話し掛けられるようなお方ではありません」
若干の怒気を孕んでロレンテはロブレンに言葉を掛ける。
「まぁその辺は構わんさ。そんなことを気にしていれば冒険者なんてできないからな」
「それはそうですが、ここは帝都です」
「相変わらず固いな」
「あなたが緩いだけです」
商業ギルドのマスターがここで嘘をつくだろうか。
ロブレンは目の前の出来事を信じられずに見ている。
「え? いや、マジで?」
「じゃあとりあえずコイツは俺が連れていく。請求は城に送っておいてくれ」
ラウルはロブレンに近付き、ナイフで縛っているロープを素早く切った。
「かしこまりました。では私はこれにて失礼します」
ラウルに向かって一礼する。
「優勝したそこの君たちも、今日は楽しませてもらいましたよ。おめでとう」
ヨハン達にも声を掛けたロレンテはそうしてその場を後にした。
「な、なあどういうことだ?」
ロブレンは困惑しながらヨハンとニーナを見る。
「どういうこともなにも、今聞いてたでしょ?」
「な、なら坊ちゃんと嬢ちゃんは?」
「僕たちは普通の子どもですよ。たまたまラウルさんと知り合っただけの」
「そ、そうか。なら安心したぜ。い、いや違う!旦那が……皇子?」
とはいえ、竜人族であるニーナは普通と言っていいものなのかと内心で考えた。
「(まぁ、大した問題じゃないかそれぐらい)」
「ヨハンくん、ニーナちゃんお待たせ。やっと手続きが終わったわ」
「ミモザさん」
「どうしたのみんなして? それにラウルもいるじゃない」
「じゃあ終わったみたいなんで僕たちも帰りますね」
「ああ。ではまた明後日な」
「はい」
「お、おい!まだ話は終わってねぇって! ど、どういうこった!?」
困惑したロブレンを取り残したままそのまま帰路に着くことになる。
◇ ◆ ◇
「ねぇアイシャちゃん?」
帰り道、ホクホクと満足そうにしているアイシャに話し掛けた。
「なんですか?」
「もしかして、ラウルさんがいること気付いてた?」
「えっ? はい。前から見えましたし、それにラウルさんのこともミモザさんに教えてもらいました。それがなにか?」
ラウルがロブレンの借金の肩代わりをしたことついて。
「いや、だからロブレンさんを選ばなかったのかなぁって」
もしかしたら、皇族であるラウルが目の前で奴隷紛いな扱いを受けていることを許さないと踏んでいたのかもしれないと。
「あっ、それはないです」
しかし即答された。
「確かに恩はありますけど、それとこれは別なので。私にはまず孤児院のことが先にきますよ」
ニコリと微笑む。
「……そっか」
つまり、ロブレンのことは本当に後回しにしていたのだと。
「ほんとよくできた良い子でしょ?」
「まぁ、確かに」
短期間でも環境に適応して逞しさを見せているアイシャを見て安心し、感心した。




