第二百二十四話 閑話 帝都の催し③
「ガルゥウウウッ!」
「よっと」
「キャンッ!」
パタリと倒れる四つ足の獣、シャドウドッグの突進を躱しながらすれ違い様に剣を一閃した。
「これで五匹目、と。あとどれぐらい獲ろうかなぁ」
現在、地下を捜索しながら歩いている。
広場の地下、そこはひんやりとした石の壁に床、人工的に造られた空間だった。
しかしそれでもそれなりに広大に造られたその空間は大きく入り組んでいる。
「あんまり獲って帰っても食べられなかったら……――」
意味がないと考えるのだがすぐにその考えを否定した。
「まぁニーナなら間違いなく全部食べるよね」
調理担当の役目は如何にしてこれを美味しく料理として仕上げるか。
事前情報としては、この四つ足の獣、シャドウドッグは調理自体がそれなりに扱い辛い。
陰気くさい場所に棲息している動物と魔物の中間の生き物。その味は珍味として紹介されるほどである。
アイシャならある程度美味しく仕上げるのは分かっているのだが、多少美味しくなかったとしてもニーナなら問題が見当たらない。
「まぁあと二~三匹獲って帰れば大丈夫かな?」
制限時間の加減もあり、調理するための時間と食べる時間も確保しなければならない。
調達も含めた総合的な能力が問われるこの大食い大会は帝都でも一際評判が良かった。
「――……へぇ。やるじゃねぇか小僧」
「あっ。ゼンさん」
細い通路の角から姿を見せたのはゼン。
「俺でもまだ三匹だってのに、よくもそれだけ仕留められたな」
「運が良かったんですかね?」
「いや、運は悪かったようだな」
ゼンは薄く口角を上げて笑みを浮かべる。
「どういうことですか?」
「言っただろう? 獰猛な獣に注意しなって」
「それほど危ない感じはしないですけど? 他になにかいるのですか?」
「ハッ!何を勘違いしてんだか。他の獣ならいるじゃねぇか」
「えっ?」
「つまり、今俺とここで会ったってことがだッ!」
「!?」
瞬間、ゼンは地面を勢い良く踏み抜いて腰から剣を抜きつつヨハンに斬りかかった。
突然のゼンの急襲に驚き、軽く跳躍してゼンの頭の上を飛び越える。
「ちっ。どうやら身軽さはあるようだな」
立ち位置を入れ替えるようにして真っ直ぐにゼンを見た。
「いきなり何するんですか!」
問い掛けるのだが、ゼンはヨハンに向けて腕を伸ばして手の平を上に向ける。
「ソレを寄越しな」
クイクイッと指を折り曲げる仕草をする意図は、ヨハンの持つシャドウドッグのことを差していた。
「もしかして、奪い取ろうということですか?」
「あん?何を当たり前のことを言ってやがる。それ以外何があるっていうんだよ? 大人しく渡せば命だけは助けてやるぜ?」
「それはルール違反じゃないんですか?」
ヨハンの問い掛けを受けたゼンは途端に目を丸くさせる。
「――プッ! だっはっはっはッ!」
直後、大きな声で笑い出した。
「何をダッセェこと言ってやがる?誰も獲物を横取りするなとは言ってなかったろ?そんなもの冒険者をしてたら同じ獲物を狙うだなんてのは日常茶飯事だ。何も珍しいことなんかじゃねぇ。そんなこともわからないのか? かぁっ! これだからガキはまだまだ青いんだっての!」
「……なるほど、そうですか」
「ったく。アッシュの野郎、とんだ甘ちゃんの世話してるみたいだな。」
見下す様に見て来るゼンなのだが、確かにゼンの言っていることもわからないでもない。
実際的に獲物の横取りをする冒険者がいるのは授業でも教えられており、当然そういった手合いには気を付けるようにと言われている。
「それなら……――」
「ほれ、痛い目に遭いたくないだろ? 早くよこせ」
「――……僕があなたの獲物を横取りしても文句はないわけですよね?」
笑みを向けてゼンを見た。
それは当然の帰結。
通常なら自分から相手の獲物を横取りしようなどということを考えはしない。
しかし、今は襲撃を受けている。
「は? 何言ってやがんだテメェ? 舐めてんのか?」
ヨハンの言葉を受けた途端、ゼンは笑みを失くして明らかに苛立ちを見せた。
その目には冷たさを孕んでいる。
「テメェ、何か勘違いしてやがるな? どっちが奪う側でどっちが奪われる側か理解してないのか? 確かに俺達はお前がいるアッシュ達のパーティーにどういう理由か一杯食わされたようだけど、それはてめぇじゃねぇ。てめぇはアッシュ達に群がる腰巾着だろうがよぉ? 何を調子に乗ってイキがってやがる? なんだ?アッシュ達に付いてくことで自分がすげぇとでも思ってやがんのか?」
堂々と隠す事のない怒気を放った。
その中には明確な殺意、殺気も感じる。
「別に調子に乗っているわけでもなく、イキがっているわけでもないですよ?」
「あん?」
むしろあの一件を思い返すとヨハンとしてもこのままにはしておけなかった。
「あなたがさっき言っていたじゃないですか。冒険者が横取りされることは珍しい事じゃないって」
「ああ。そう言ったが、それがどうかしたかよ?」
「あなたはそうやってワーウルフの時も横取りを狙っていたのですよね?」
「チッ! いちいちムカつくことを掘り返すガキだなお前は。ああそうだよ。元々は俺達が受けた依頼だ。それがテメェらにかっさらわれるのは我慢ならなかったしな。だからナンだ?」
「でも結局それは失敗に終わって、挙句の果てにオーガまで押し付ける形になった。上手くしたつもりなんでしょうけど、僕たちは生きていた」
「だからそれがどうしたっつんだよ!?」
「いえ。ただこのままだと今もまた失敗しようとしているってだけのことですよ」
その言葉を聞いた途端、ゼンはピキッと青筋を立ててヨハンを睨みつける。
「それはつまり、テメェが俺の獲物を横取りするってことかよッ!?」
「そういうことになりますね」
「ふざけんなッ!」
ダンッと勢い良く再び地面を踏み抜いたゼンは一直線にヨハンに向かった。
「はんッ!二度同じことが通じるかよ!」
目の前のヨハンが膝を、軽く身を屈めるのを見たゼンは急停止させて立ち止まり、ヨハンが再度跳躍すると判断し、持っていたシャドウドッグを先んじて上空、ヨハンの跳躍するだろう位置に向かって放り投げる。
そうして上を見上げ、ヨハンが怯むのを見越してすぐさま剣を撃てるように、切り上げるように剣を構えた。
「はぁ。隙だらけですよ?」
「は?」
その声は見上げていた上からではなく、下から聞こえて来る。
声に反応するように目線を下げると、そこにはヨハンが既に踏み込んでいた。
「なッ!?」
まるで予想もしていなかったその位置から、顔面目掛けて迫ってくるその一筋の塊。
「ぐあっ!」
ドゴッと鈍い音を立てるのは、ヨハンは鞘から剣を抜く事なく、鞘ごとゼンの顔面に向けて剣を振るっている。
避ける事どころか視認した直後に受けた衝撃でゼンは白目を剥いてバタンと後ろ向きに倒れた。
「じゃあコレは僕がもらいますね」
ドサッと上空から落下してくるシャドウドッグを受け止め、地面に倒れるゼンに声を掛けるのだが、反応は一切見られない。
「思わず倒しちゃったけど、この人このまま放っててもいいのかな?」
いくら襲撃を受けたとはいえ、これはあくまでも催しの一環。
悩むのだが、突如得体の知れない気配を感じ取って慌てて背後を振り返る。
「だれ!?」
「なるほど、凄いな。完全に気配を消してみたつもりだったけどね」
「アリエルさん。どうしてここに?」
影から見せた姿、そこにはアリエルの姿があった。
「いやなに。最初に言っただろう? 中のこういったいざこざを解消するためさ。参加者の身の危険にはこういった奪い合いも含まれるからな」
つまり、ゼンの行いは想定内なのだと。
「そいつのことはこっちに任せておいてくれ。すぐに救護班が駆け付ける」
「そうなんですね」
「それよりも、さっきので大体どれぐらいの力だ?」
アリエルはヨハンの身体全体を見回す。
全く以て本気を出しているようには見えない。
「どれぐらいって言われても……そうですね、大体二割ぐらいですかね?」
「なるほど。さすがといったところだな」
「ありがとうございます」
アリエルはゼンの身体を軽く持ち上げて肩に担いだ。
「では私はまだやることがあるのでここで失礼するよ」
「はい。お疲れ様です」
「ふふふっ。疲れてなどおらんさ。良いものも見せて貰ったことだしね。それならば今度の護衛依頼も問題なさそうだな」
「いやぁ。それはどうなんでしょうね」
「謙虚なのも行き過ぎると皮肉に聞こえるぞ?」
「そんなことないですよ。実際まだまだ力不足ですので。上には上がいますから」
「そうか。ラウルが近くにいればそう感じるのも当然といったところか。詰まる所、ただの向上心といったところだな」
片手を顎に持っていき、再度ヨハンの様子を見る。
ジッと見て、それが嘘偽りのない程度だと見定めた。
「じゃあ僕はコレを貰って失礼しますね」
「ああ」
そうして全部で八匹のシャドウドッグを得る事で地上に戻ることになる。




