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第二百十九話 眼前の人物

 

「もういいわよねアリエル」


 ミモザが溜め息を吐きながら声を掛けた。


「ああ。十分だ。堪能させてもらったよ」

「……何がですか?」


 アッシュは訝し気にアリエルを見る。


「いやいや。きみ達がやはりバカだったということがわかったのだよ。まぁもちろんゼン達とは違って愛らしいバカさだけどね」

「なんだよ。確かに俺たちゃ冒険者しかできないバカだが、いきなり言われるなんてこたないっすよ」

「ほんとさね」


 アッシュもモーズもロロもわけもわからず首を捻った。


「(俺達がバカ?ギルド長は突然何を?)」


 この場に於いて、バカ呼ばわりされる程の出来事など起きただろうか。

 確かにバカではあるのはある程度自覚はある。


 モーズとロロも調子に乗ったとは思うがコレも割といつものこと。むしろ酒が入っていない分だけ幾らかマシ。

 そんなことはモーズ達に限らず他の冒険者でも同じなのは、多くの冒険者を目にしているギルド長のアリエルが知らない筈がない。


「となると、他に何がある?」


 小さく呟き、状況を確認するために周囲を見た。

 苦笑いしているヨハン。先程まで笑っていたアリエルはミモザと共に呆れ顔。ニーナは欠伸をしている。


「ティアナさんは……」


 ティアナに視線を向けると俯いているのでどういう表情なのかわからない。

 だが微妙に震えているように見えた。


「そういえば先程、彼のことをお兄様って……――」


 わざわざ兄のことをそう呼ぶのは育ちの良い家であることの証明でもある。


「――……あれ?確かティアナさんのお兄さんの名前はラウルって…………」


 同時に脳裏を過る微かな可能性、思い当たるその結論に至ると同時にサーッと血の気が引いていった。


「い、いや、いやいやいや、ちょ、ちょっと待て。そそそ、そんなまさか!」


 アッシュは突然大きな声を出した。


「なんだ?」


 疑問符を浮かべているモーズとロロ。


「お前達も冷静になってギルド長やヨハン達の言葉を思い返せッ!」

「なんだい、急に思い返せって」

「彼らはあの時何を言っていた!?」


 嫌な予感がしてならない。


「アッシュの奴はようやく気付いたようだな」

「ほんとあの人たちにヨハンくんとニーナちゃんを任せていて良かったのかしら」

「まぁバカではあるが、真正のバカではない」

「それはそれでどうなのよ」


 複雑な感情を抱きながらミモザは見ていた。


「さて。いい加減そろそろ話を進めてもいいか?」


 ミモザが溜め息を吐く中ラウルが口を開く。


「ああいいぜ。すまねぇな笑っちまってよぉ」


 ガタンと音を鳴らしたモーズは手近な椅子を反対に向け、背もたれに腕を乗せて無造作に座った。


「いや、冒険者らしいから気にならんさ。それより、俺に代わってヨハンとニーナの面倒を見てくれていたのだな。助かった」


「い、いえっ!俺達の方こそヨハンには助けられています!きょ、今日だって!」

「なんだいアッシュ。急に改まってからにさ」


 まだ立っているアッシュはそこでラウルと目が合うのだが、その眼光の鋭さに一瞬尻込みする。


「そういえば、どうしてアリエルがここに来ているんだ?」


 ラウルの問い。


「そうだ!その話だよッ!」


 同時にモーズもアリエルを見るなり声を大きく発した。


「なぁ。俺達確かにコイツラの世話をしてたけどよぉ、こいつら今日オーガを倒したらしいんだ。特別な位置にいるって一体どういうことだ?」


 親指でニーナを指差す。


「って言ってもアンタは死にかけてたけどね」

「うっせぇな。その話はもういいだろ。で、あんたは何もんなんだ?」


「(まさか……そんなこと、あるはずがない)」


 自分に言い聞かせながらゴクッと息を呑むアッシュは至った結論を口にすることがまだ適わない。言ってしまって、それが真実だということはあってはならない。

 もし仮に想像の通りであるならば相当な無礼を働いてしまった。


「お、おいモーズ!もうちょっと丁寧に聞いた方がいいのじゃないか?」

「なに言ってんだ?」

「そうさね。どうしたんだいアッシュ?」

「コイツもしかしてあの妹狙ってんじゃねぇの?」

「アンタにはあんな綺麗な子は流石に不釣り合いさね」


 改めて見るラウルは、物腰柔らかではあるがその姿勢や振る舞いにどこか違和感を得て、返ってくる答えが想像通りではないことに期待しながら、より一層慎重な姿勢になる。


「ちょっとお前ら――」

「――いい加減にしなさいッ!」


 そこでダンッと勢いよく机を叩いて立ち上がったのはカレン。


「おいカレン」

「もう我慢できませんお兄様!」


 カレンがどうして突然怒り出したのか一切理解出来ないモーズはキョトンとする。


「なんだよ。どうしたんだ嬢ちゃん」

「ぐっ……」


 カレンは歯噛みしながらギンッとモーズを睨みつけた。


「あなたは先程……こ、この方が何者かと尋ねましたね?」

「ああ。それがどうした?」

「この方は…………この方は、剣聖ラウル様でいらっしゃいます」


「は?」


 一瞬部屋の中の時が停まったような錯覚を得る。


「剣聖……ラウル? こいつが?」

「ええ。そうです」


 迷うことなくカレンは即答した。


「そして、それがどういうことを差すのかを、帝都で活動をしているあなた達がまさか知らないということはありませんよね?」


 再びギロリと睨みつけるカレン。


「……こいつが」

「……剣聖ラウル?」


 それが真実かもしれないと一瞬脳裏を過る。


「「…………うそだろ?」さね」


 モーズとロロが顔を見合わせた。


「ははっ。だなっ」

「こんなところに剣聖がいきなり現れるわけないじゃないさね」


 互いの意見が合致することでその可能性を振り切り、ぎこちない笑みを浮かべる。

 数瞬の間を開けて互いに小さく息を吐いた。


「だ……だっはっはっは! おいおい嬢ちゃんいくらなんでも冗談が過ぎるぜ!」

「ま、まったくさね! いくらなんでも剣聖ラウルがこんなところにいるわけないじゃないかい」


 不安を拭い去るかのように笑い飛ばす。


「いや……」


 俯くアッシュ。


「剣聖ラウルといやぁ。帝国民なら誰でも知ってる第一皇子ラウル・エルネライじゃねえか。いっつもふらふらどっかほっつき歩いてるダメ皇子って話もあるぐらいじゃねぇかよ」

「ほ、ほんとさね! なら妹のアンタは皇女ってことになるじゃないかい。そんなんがこんなところで二人して何をしてるって話になっちまうじゃないさね」


 一気に口数が多くなり、早口で捲し立てた。


「いや……」


「おいアッシュからも何か言ってやれよ!」

「ほんとさね。さ、早く言ってやりな!」


「い、いや……――」


 アッシュはここに至る迄の様々な発言を思い出している。

 唇がプルプルと震えていた。


「――……よく、よく考えてみろお前ら」

「な、なにをだよ?」


 アッシュの静かな問いかけにモーズは息を呑む。


「そもそもとして、ヨハンくんとニーナの実力が異常に高いこと」

「お、おうっ。それは間違ってねぇみたいだな」

「理由はどうあれ、その彼らの師に会いに来たんだ」

「も、もちろんさねっ。礼がしたいって話だったからね」


 モーズとロロも徐々に冷や汗を垂らし始めた。


「その時、ヨハン君は俺達に何かを伝えようとしていた」

「あ、ああ」

「そのやりとりを、何を話したのかしらないが、ギルド長はヨハンくんが話そうとしたのを止めていた」

「そ、そりゃ確かに不思議だったけど、それがなんだってんだ?」


「俺もその時は気にしてなかったけど、その後で気付くべきだったのだよ。ギルド長がわざわざここまで足を運んでいるということに」

「だ、だから何をだっての!」

「……ミモザさんが言っていたではないか。ギルド長のことを」


 その関係性がどういうものなのかはわからないが歳の近そうな二人の仲が良いことはあり得る話。


「も、もしかして、ギルド長がわざわざ足を運んで冒険者の生活を見ることなどないってことかい?」

「ああ」

「た、確かに、あたいらにもそんなこと一度もなかったけど、それはヨハン達が特別な位置にいるからって言うからであって……」

「そうだ。だからギルド長はわざわざ足を運んだ。それはなんのために?」

「そ、その師に会いにいくんだろ?」

「ああ。そ、それで、特別な位置にいる彼らの師の名前が……ラウルだというのだ……――」


 確かに全てが繋がる。

 もし仮にその通りであれば特別な位置というのも頷けた。

 要は説明されずとも納得してしまうような人物を師に持っているということに。


「いやいや、偶然同じ名前だってあるわけであって……だからってそんなまさかこんなところにいるわけ……――」

「――……先程その人はギルド長のことを名前で呼び捨てにしていた」

「あっ……」

「それにモーズも言っていただろ? 剣聖ラウル・エルネライは放浪していると。それでシグラム王国からヨハンとニーナを連れて来ていたとしたら?」


「ま、まさか……――」


 グルリと首を回して揃ってヨハン達を見るアッシュ達。

 目が合うなり無言で頷かれた。


 それがその推論を肯定することなのだと。


「やっと気付いたんだぁ」

「はぁー、面白かった。最後までしっかりと面白かったよ」


 呆れるニーナとミモザに対して満面の笑みのアリエル。


「すいません。何度か言おうとしたのですが……」


 一度は笑うのを終えていたアリエルなのだが、アッシュが推論を立てながら青ざめていくモーズとロロの姿を見ていると再び笑い出し、ヒーヒー言いながら目尻に涙を溜めている。


「はぁ、まったく。アリエルもアリエルですが、あなたたちも冒険者ならもう少し観察力を身に付けた方がいいですね。では私はお茶を入れて来ます」

「ああ。すまないなミモザ」

「いいえ。いつものでいいわね?」

「ああ」

「カレンちゃんも」

「ありがとうございます」


 いつも通りにとミモザは応接間を出て行き、廊下をパタパタと小走りになる足音だけが響いた。


「……マジか」

「今……カレンって」


 その場に取り残されるアッシュ達は呆然とする。

 決定的な発言をミモザが残していった。アッシュに名乗った名前が偽名で本名であるカレンという名を。


「あ、あたいら、さっき何を言ってた?」

「お、俺は何も言ってない」

「て、テメェ一人だけズルいじゃねぇかよ!」

「ほんとさね!あたいらは一心同体!死ぬ時も一緒さ!それが冒険者の矜持さね!」

「それとこれは別だッ!それは冒険者としての活動に限った話だ!犯罪は別だろう!」


 皇族に堂々と暴言を吐き続けるなど、国家反逆罪に相当していた。

 突然仲違いして掴み合う。



「……あのぉ。あたしもうお腹空いたから早く終わらせたいんだけどぉ?」


 ニーナの声に反応した途端、アッシュ達はビクッと身体を硬直させる。

 現実を直視できなかったのだが、そこで恐る恐るラウルの方にゆっくりと顔を回していった。


「こ、こうなると俺達にできることは一つしかねぇッ!」

「あ、ああ!死なばもろともだ!」

「もちろんさね!」


 グッと身体に力を込めるのはお互いの意思の合致。目線だけで互いの意図を汲み取る阿吽の呼吸。


 それは山間部に流れる自然の恵みのような穏やかな流水の如く、三人共に見事な同調を果たした。

 これまで行って来た活動の中で至上最高の連携、それを見せる。


 揃って滑らかな動作を用いて綺麗に床に手を着き平伏した。



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