第二百十八話 知らぬが故の
孤児院の応接間、そこには変わらずラウルとカレンの姿なのだが、いつの間にかセレティアナは姿を消していた。
「(――……こうなるの、わかってたんだろうなぁ)」
アリエルの方を見ると、俯き加減のアリエルは手の平で口を押さえて笑うのを堪えているのだが、プククと漏れ出てしまっている。
「ねぇお兄ちゃん。この人たちなにしてるの?」
「まぁ、一言で言うなら大人の事情……かな?」
ニーナの質問に答えるヨハン達の視線の先では、アッシュとモーズとロロが見事な姿勢でラウルとカレンに向かって平伏していた。
◇ ◆ ◇
――――十数分前、応接間にアッシュ達を連れて入る。
「なんだ。もっとごつい人を想像していたけど、思っていた以上に普通の人だな」
「でもカッコいいさね」
初めて会うヨハンとニーナの師。
そのラウルの見た目はアッシュ達が考えていたような超人然としているわけではなかった。
あれだけの実力を持ったヨハンとニーナの師であるので、一体どれほどの豪傑なのだろうかと想像を巡らせ、いくらか覚悟していた部分はある。
「俺は隣のねぇちゃんがいいな」
「あれ? 彼女、どこかで……――」
モーズの声に反応してラウルの隣に目を向けるのは、アッシュには覚えがある女性。
「――……あっ! そうだ! きみティアナさんだよね?」
「……ええ」
気まずそうなカレンはラウルをチラッと見た。
「彼にもか?」
「はい。彼はその子と一緒にいましたので」
「そうか。全く仕方ないな」
「申し訳ありません」
「いや、気にするほどでもない」
「なんだ?」
部屋の中の二人の様子、ラウルとカレンの様子を疑問に思いながらもアッシュ達は前に進む。
しかし、もう少し慎重になってそこに気付くべきだった。
「どうしてティアナさんがここに?」
「はん。大方ヨハンの師匠に垂らしこまれたんだろ?弟子を見ずに女遊びだなんて何やってんだって話だよなぁ」
「へぇ。ならあたいなんかどうだい?」
モーズとロロがそれぞれの視点からラウルとカレンを見る。
「ちょっとあなた達!」
「カレン」
グッと前に身を乗り出すカレンをラウルが制止した。
「でもお兄様!」
「いや、いい。彼らが俺の代わりにヨハンとニーナを直接見ていてくれたのだから気にすることでもない」
「で、ですが――」
ロロがジッとラウルを見つめながら近付く。
「へぇ。心が広いじゃないさね」
ロロが感心を示してアッシュの肩に肘を乗せた。
「――プッ!」
部屋の入り口ではアリエルがそれを見るなり頬を膨らませて今にも吹き出しそうにしている。
「それよりさ、妹じゃないかいモーズ」
「みたいだな。ちっ、なんだ面白くねぇな」
カレンの発言でラウルとのその関係性を説明されずとも理解していた。
「ティアナさんがヨハンの師匠の妹だったのかい?」
アッシュが振り返りヨハンを見る。
「そうですね。僕もさっき知ったのですが、隣の女性は僕がお世話になっている人の妹さんだったようです」
「へぇ。そんな偶然もあるものなのだね。なんだ、びっくりしないでくれって言ったのはこういうことかい?」
「いえ、そういうことではなくですね」
「ははは。この程度なら驚くほどのことじゃないさ」
アッシュはヨハンの肩に腕を回した。
しかし、彼らの態度や接し方を見ているとどうにも苦笑いすることしかできない。
「なんだよ。お前らだけで納得するなよ。俺にもあの綺麗な姉ちゃん紹介しろよ!」
「相変わらずモーズは品がないさね。それよりも、あたいにはあっちの師匠の方を紹介してくれいないかね」
ヨハン達に向かって歩くロロ。
困り果ててアリエルの方に顔を向けると、小さく首を振られる。
「一緒じゃねぇかよッ!」
「おろ?そうかいヨハン?」
「……あはは。そうですね」
チラッとラウルを見れば、ラウルは笑みを浮かべているのに対して肩をわなわなと震わせているのはカレン。
「(うわぁ。あれ絶対怒ってるんだろうなぁ)」
どうしたものかと考えるのだが、ここにおいては出来ることは一つしかない。
「あのー、皆さん」
わいわいと騒いでいる三人に声を掛けた。
「なんだい?」
「それぐらいにしておいた方がいいのじゃ……」
「さすがにあたしでもそう思うなぁ」
「ええ。アリエルも悪ふざけが過ぎるわね」
ヨハンとニーナとミモザがそれぞれ答える。
「なんだよ。俺たちゃあいつに代わってお前らの面倒を見てやってたんじゃないかよ」
「まぁあんたは死にかけたのを救けてもらったけどね」
「おっ?となるとおあいこだな」
ゲラゲラと笑っているモーズを見ているともう手遅れな気がした。
「どうかしたのかい?」
「いえ、そんなこと言ってると後で後悔すると思いますよ?」
「後悔するって何がだい?」
疑問符を浮かべながら首を傾げるアッシュ。
「後悔ってことは病気でも持ってるのかい? あー、ならあたいもお断りさね」
「ぎゃはは。それおもしろいなっ!」
尚も笑顔のモーズとロロを見ながらニヤニヤとしたアリエルがヨハンに近付いて小さく耳打ちする。
「なっ。面白いものが見れただろう?」
「アリエルさん。僕もう知りませんよ」
「ああ。彼らも良い大人だ。自分達の尻ぐらい自分で拭くさ」
言葉だけを切り取ればそれは普通の言葉なのだが、そもそも前以て伝えておけばこんなことにはならなかったのではと思えてならない。
絶対この人、アリエル・カッツォは確信してコレを狙っていたのだと。
この後に起きる展開へ期待するために。




