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第二百十六話 竜人族

 

「精霊なんて僕初めて見るなぁ」


 木や水に火、雪に土に雷といった自然界の様々な物や現象に精霊が存在する。

 だが実際的には目にする機会などそうそうない。


「なるほど。さっきの声はこの子か」

「へぇ。こんな小さな子がいるんだねぇ」


 いくらか納得したのと同時に目の前に浮いているセレティアナを見てニーナは疑問が浮かんだ。


「チッチッチッ。小さな子、っていうのはちーっと違うかなぁ。精霊には大きさの概念はないからね」

「どゆこと?」


 首を傾げるニーナ。


「たぶん、生き物の様に子どもや大人といった身体的な成長がないってことじゃないかな?」

「んー、きみ頭いいねぇ。せいかーい!」


 ヒュンっとセレティアナはヨハンの周囲を一周する。


「それで、さっき言っていた竜人族っていうのは?」

「あぁ、そのことね――」

「――ニーナが竜人族の血を引いているということだ」


 そこで口を開いたのはラウル。


「すまんな。色々と話が拗れている。一度整理したい」


 口調は穏やかなのだが、頭を抱えているラウルのその表情はどう見ても困惑していた。


「わかりました」


 話を落ち着かせるために対面の椅子に座ることになる。


「まず、この通りカレンは精霊術士だ」

「はい」


 カレンの肩にちょこんと座っているセレティアナ。


「俺も今回帰って来て初めて知ったのだがな」

「精霊術士って物凄く珍しいんですよね?」

「まぁ精霊と契約を交わせる絶対数がそもそも少ないからな」


 いくらか認知はされているがそれだけ稀有な才能。

 魔法は自身の体内にある魔力を用いて様々な現象を発現させることができるのに対して、精霊術士は自然界の魔力を、精霊を介して扱うことでより大きな力を生み出せる。


 授業でも習ったことのあるその話。


「カレンさんはそんなに凄い人なんですね」

「まぁね」


 えへんと胸を張るセレティアナ。


「どうしてあなたが偉そうなのよ!」

「実際エライんだからいいじゃない!」

「だからってあなたが偉そうぶる必要ないわよ!」


 カレンとセレティアナはあーだこーだと張り合っていた。


「けんかしてるね」

「うん」


 既にお互いの頬をつねり合っている程のその様子をただ見ているだけ。


「まぁ二人はこんな関係みたいだが、それよりも珍しいのが竜人族だ」


「ちょ、ちょっと、あんたのせいで話が先に進んじゃってるじゃない!」

「ボクじゃないでしょ!カレンでしょ!」

「もうどっちでもいいわよ!」


 ラウルの言葉を受けて視線がニーナに集まる。


「あのー?」


 そこでドアがコンコンとノックされた。


「ねぇ、お客さん連れて来たけど入っていい?」


 僅かに開いたドアの隙間から顔を出したのはミモザ。


「いや、すまんがちょっと話さないといけないことができたからもう少し待っててくれないか」

「まぁ別にいいけど……わかったわ。じゃあ食堂に案内しておくわね」

「ああ。すまない」


 ミモザは顔を引っ込めてドアを閉める。


「そうか。世話になった冒険者も連れて来てくれているのだな」

「……えぇまぁ」

「だがそうも言ってられない状況みたいだな」


 再びニーナに視線が集まった。


「えっ?なんで?」


 話の中心に据えられているニーナなのだが、当の本人は一切の関心を示していない。


「いやいやいや。ニーナは気にならないの?」

「何を?」

「だから、その、竜人族だって言われたこと」

「うーん、別にないかなぁ?それを知ってあたしが変わるなら気にした方がいいかもしれないけど」


 まるで意に介していない。

 ニーナ自身、種族が普通と違っているかもしれないということについて気にしていないなら他の人が気にしたところで仕方ない。


「ニーナがいいなら別にいいけど……」

「それが変わるかもしれないと言ったらどうだ?」

「へ?」


 ラウルは顎に手を送り、ジッとニーナを見た。


「……変わること……――」


 旅を共にしていることでラウルもニーナの楽観的な性格は十分に理解している。

 そうなると、この場に於ける変化で考えられるのは一つしかない。


「――……それは、もしかして魔眼に関係しますか?」

「そうだ」

「……やっぱり」

「やはりというからには何かが起きたのだな?」

「はい」

「何があった?」


 問い掛けられる内容。

 それは、突然ニーナのことを尋ねたことに起因していた。


「はい。僕たちは今日、いつも通り依頼を受けて西の森にワーウルフの討伐に向かったのですが、その時オーガに襲われたんです」

「あんなところにオーガ……か」


 僅かに考え込むラウル。


「へぇ。オーガなんかに襲われてよく生きていられたねぇ」

「ちょっと。あなたは黙ってなさい」

「じゃあカレンは不思議じゃないの?」

「いや、まぁそれは確かにそうだけど…………」


 ひそひそとカレンとセレティアナは小さく言葉を交わす。


「それで……――」


 そのままオーガと戦っていた時のニーナのことを、魔眼の変化を話して聞かせた。


「……うそ」


 ラウルは静かに聞いていたのだが、カレンは驚きに目を丸くさせる。


「(この子達だけでオーガを倒した? いえ、今の話だと実質こっちの子一人。ならさすが竜人族といったところかしら。でも、今の話と兄さんの話を合わせればこのヨハンっていう子はこの子の力を上回るってことになるわね)」


 それでも現状を冷静に分析した。

 兄が嘘をつくなどとはとても思えない。

 それでも果たしてそれだけの実力があるのかどうなのかと懐疑的に見てしまう。


「――……なるほどな」


 ヨハンの話を全て聞き終えたラウルは納得の表情を浮かべていた。


「そもそも、ラウルさんはニーナのことを知っていたのですか?」

「ああ。その境遇と父親の名前を聞いた時にな」

「父親?」

「ニーナの父親とは古い知り合いだからな」


 確かに父アトムとラウルが旧知の仲なのだから、父の言葉に従ってアトムを訪ねて来たニーナの父親がラウルと既知の仲だとしても不思議はない。


「つまり、ニーナの父親も竜人族ということですか?」


 加えて浮かぶ疑問。


「そうなるな」


 世界にいる人間以外の種族。

 エルフやドワーフに獣人族などがいる中、歴史上その数が一番少ないとされていたのは竜人族。

 伝えられている話では、竜人族とはかつて竜の血を取り込んだ種族であり、どこかで小さな集落を築いて暮らしているということらしいのだがその真偽は定かではない。

 確認しようにも生存状況が知られていないために竜人族はほぼ絶滅したとされていた。


「実際的には絶滅してなくて、未だにひっそりと生活しているだけだな」

「ニーナは今の話、知らなかったの?」

「うん」


 きっぱりと断言する。


「恐らくリシュエルは大きくなったら伝えるつもりだったはずだ。だが、何らかの理由で事情が変わったのだろうな」

「何らかの事情とは?」

「それは知らん。ただ、意味もなくニーナを一人にはしないだろう」


 ラウルによると、ニーナの母親は普通の人間なので竜人族との混血ということらしい。

 その母親はニーナが生まれてすぐに亡くなっていると、ニーナ自身が話していたこと。


「それで、魔眼が変化したのは……?」


 今回の話の根幹の部分。

 そこに至るまでに聞いた話でも十分な驚きはあったのだが、これを聞かずには終えられない。


「その魔眼には竜人の力が込められている。恐らくそれが発動したのだろう」

「……竜人の力?」

「発動条件の大体は生命の危機に瀕した時らしい。例外もあるらしいがな。まぁそれはいいとして、その竜人の力が発動した時には圧倒的な力と残虐性が増す。まぁ竜の力の一端だからな」


 ラウルの説明を聞いてオーガと戦っていた時の変化には納得がいった。

 しかし、まだ疑問は残る。


「ラウルさんはどうしてそれをニーナに伝えなかったのですか?」


 これだけ事情に詳しいのだから話していても良かったのではないかと考えた。


「そうだな。一つにはニーナ自身がそれを知らなかった。リシュエルが伝えていないことを話すわけにはいかなかった」


 ニーナの父親への義理立て。


「二つ目はその竜人の力はコントロールできる。リシュエルがそうだった。だが今のニーナでは到底扱えるようには思えなかったのでその底上げだけをしようと考えていた。それがニーナの同行を許可した理由だ」


 ニーナのことを知ったことで、この旅でのラウルの目的の一つにそれが含まれることになる。


「そう、だったんですね」


 だが、それも配慮が足りなかった。

 ニーナは無自覚にソレを発動させてしまっている。


「(アリエルも判断が難しかったようだな)」


 ギルドの指名依頼に込められていた意図。

 ラウル自身が想定以上に忙しくなり、帝国の事情を整理することに終始してしまい、ほとんどの時間を要してしまった。

 ヨハンとニーナがどう過ごしているのかは気に掛けていたので、冒険者としての活動の主はアリエルを通じて報告を受けている。


 つまり、ヨハンはもちろんニーナの面倒をラウルに代わってアリエルに遠巻きにでも構わないから見ておいてもらえるようにと願い出ていた。


「(直接手を出せるわけでもなかったからこれも仕方ないな)」


 アリエルのせいではなく自身の責任。

 想定外の事態は起きたが、現状を把握出来ただけでも良しとして小さく溜め息を吐く。


「すまなかった。きちんと話していれば良かったな」

「い、いえそんなことないです」


 おいそれと話せるような内容ではないことは誰の目にも明らか。


「でも良かったです。ラウルさんが知っていたおかげで疑問がなくなりました」

「それなら良いが」


 ここでラウルを責めることなど出来はしない。


「ねぇお兄ちゃん?」


 グイっとニーナがヨハンに顔を近付ける。


「な、なに?」

「お兄ちゃんは今の話を聞いてどう思う?」

「えっ?」


 突然の問いかけ。

 どこの部分を指してどうと問いかけられているのかがわからない。


「(えっと、ニーナが竜人族と人間の混血で、あの魔眼の変化はその力の一端だったわけだったから……)」


 知りたいことは知れた。

 どう思うと言われても――――。


「別にどうも思わない、かな?」


 状況の理解ができれば納得も出来る。

 ラウルが知っていたことで安心もした。


「まぁ……――」


 そうしてニーナの顔をジッと見る。

 いつもと変わらないニーナのその表情。


「――……竜人族の血が混じっていたってニーナはニーナだからね」

「だよねー。お兄ちゃんならそう言うと思った!」


 にひっとはにかむ。


「あっ、でもその力のコントロールはしっかりと練習しておくことだよ」

「っていってもあたしにはよくわからないけどなー」

「そこはこれから調べるってことで」

「めんどくさいぃっ!」

「我儘言わないの!」


「……なるほどな。つまり俺の考えは杞憂だったわけだ」


 その様子を見ていたラウルは小さく呟いた。


 敢えて話さなかったのはもう一つの、三つ目の理由。

 ニーナ自身がそれを知った時のこと。


「(リシュエル。今頃何をしているのやら)」


 ラウルはニーナの父に向けて心の中で話してしまったことをいくらか謝罪する。

 同時に、その父であるリシュエルのこと浮かべ、簡単に死ぬようなヤツではないと考えていた。



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