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第二百十三話 手紙の差出人

 

「いや、あの…………」


 どう説明したものか、言葉を選べずにいる。


「いいよ。ありのままを話してくれたらいいから」


 笑顔で首を傾けられた。


「あっ、じゃあ自分が……――」

「私は彼に聞いているのだが?」


 アッシュが口を開こうとしたところに冷たく言い放たれる。


「うっ!」


 表情と真逆なその口調にはそれ以上口を挟める余地はなかった。

 思わずアッシュは口籠る。


「(なるほど。さすがギルド長だな)」


 先程のゼン達に対する対応からしてもそうなのだが、見た目の割に一切物怖じせずに自身のペースで話を進める辺りに感心した。

 この様子からしても、恐らく誤魔化したところで見抜かれるだろう。はっきりと話すまで追及されることは目に見えていた。


 隣では不思議そうに疑問符を浮かべているニーナがいる。

 自身のことについて話をするということをそもそも理解していない。


「あー……わかりました」


 覚悟を決めて全てを話す事にした。

 今回の一連の騒動、ヨハン自身がわかっていることの全てを話して聞かせる。



 ◇ ◆ ◇


「――……そうか」


 起きたことをありのまま包み隠さず話した。

 無言でヨハンの話を聞いていたアリエル。隣にいるニーナは目をパチクリとさせていた。


「お兄ちゃん?」

「なに?」

「今の話、本当?」

「覚えてないの?」

「うーん。覚えてないわけじゃないんだけど、ちょっと記憶がおぼろげというかなんというか…………」


 ニーナはチラッとアッシュを見た。


「アッシュさん。ごめんね。危うく殺しかけちゃって」

「……い、いや、大丈夫さ。結果生きているのだから」


 アッシュは苦笑いを返す事しか出来ない。

 結果的にアッシュにニーナのことを話す手間が省けたといえばそうなのだが、結論としては何もわからず仕舞い。


「よし。なるほど。わかった」

「えっ?」


 思わず間抜けな返事をしてしまう。

 アリエルは話を聞いていただけであり、それ以上の質問の一切を、何も聞いて来なかった。


「何も、聞かないのですね?」


 不思議に思い問いかけるのだが、微かに笑みを向けられる。


「何もわからないのだろう?」

「……はい」

「なら聞いたところで無駄だ」


 どこまで見透かされているのだろうか。

 こうなると、向けられる笑顔に不気味さすら感じられた。


「お、おいっ!俺は納得できねぇぞ!」


 勢いよく立ち上がるモーズ。


「何が納得できないのかね?」

「死にかけてた俺が言うのもなんだが、今の話を聞く限り、こ、こいつらがいくらなんでも強すぎるってことだ!」


 そのまま真っ直ぐにヨハン達を指差す。


「あー。そのことか。彼らはシグラムでA級扱いだから別に特段不思議なことではないがね」


「は?」


 モーズだけに限らず、アッシュとロロもバッと顔を振り向きヨハンとニーナを見た。


「知ってた……のですね」

「もちろんさ。私を誰だと思っている?」


 笑顔で返される。


「お、おい!どういうこった?」


 困惑しながら問い掛けられた。


「簡単な話さ。彼らが特別な位置にいるというだけのことさ」

「特別な位置ですか?」


 アッシュの問い。


「そのことだが、これを預かっていてね」

「えっ?」


 アリエルは立ち上がり、ヨハンの下に来て封筒を渡される。

 封筒を受け取ったヨハン自身もわけがわからない。


「手紙……ですか?」

「開けてみるがいい」


 不思議に思いながらも封筒を開けてみた。

 ゆっくりと中を確認すると、一枚の紙が入っている。


 取り出して紙に書かれている文字に目を通した。


「あちゃー」


 頬を指先でポリポリと掻きながらアッシュ達を見る。

 目が合うアッシュ達は一様に疑問符を浮かべていた。


「なになに?」


 ニーナがその手紙を横から覗き見る。


「あっ、おっちゃんからじゃない」


「おっちゃん?」

「何か困ることでも書いてたのかよ」


 一体その紙に何が書かれているのか気になって仕方がない。


「そうですね。困るといえば困ることになりますかね?」

「んだ?」


 ヨハンは再び手紙に視線を落とした。

 そこにはこう書かれている。


『今後のことについて色々と話すことができた。ゆっくり話したいから孤児院で待つ。それと、世話になった先輩に礼もしたいから連れて来てくれ。 ラウル』


 と、これまで一切連絡のなかったラウルから突然連絡が来たのだった。


「あのですね。この手紙は僕たちを帝都に連れて来てもらった人からの手紙でした」

「ああなるほど。ヨハンの師匠かい?」

「まぁ、はい」

「なら何も変ではないではないか?」


 確かに変ではない。

 だがなんと説明しようか。ただでさえニーナのことで色々説明不十分な上に、相手が剣聖ラウルともなれば驚きに輪をかける。


 しかし、連れてこいと言っている以上連れて行かないわけにはいかない。


「あー……実は、その師匠なんですが……――」


 説明しようとしたところでアリエルにポンと叩かれた。

 見上げると、アリエルは指を一本口元に持っていっており、意地悪そうな笑みを浮かべている。


 見てすぐにその意図は伝わった。

 この手紙が誰からなのかもアリエルは知っている。


「……いいんですか?」

「ああ」


 不思議に思い問い掛けたのだが、アリエルは殊更意地悪く笑みを浮かべた。


「そこに面白いことがあるのになぜやらない?」

「……はぁ」


 どういう理論なのだろう。

 全く理解できない。


「それで?」


 疑問符を浮かべるアッシュ。


「いえ。アッシュさん達に僕たちが帝都でお世話になったお礼をしたいらしいので、孤児院まで連れてきて欲しいそうです」

「なんだ。そんなことか」


 アッシュは納得の表情を浮かべた。


「いやいや、それがいったいあんた達と一体どう関係しているのさ?」


 根本的な話が進んでいない。

 今の話の中心はヨハンとニーナが特別な位置にいるということについて。


「まぁ会えばわかる。私も一緒に行こう」

「ん? ギルド長も一緒にかい?」

「ああ。すぐに準備をするから下で待っていてくれたまえ」


「わかりました」


 そうして話を途中で切り上げることになり、アリエルに言われるがまま部屋を出て階下に向かう。


「それにしても、こうも色々と重なるとはね」


 ヨハン達が部屋を出て行った姿を確認してアリエルは小さく呟いた。


「アトムの子にあの種族の末裔か。ラウルめ。久しぶりに戻って来たかと思えばこれほど面白いネタなどないな」


 壁に掛けてある黒い上着を手に持ち、ゆっくりと羽織りながら思案に耽る。


「それがまさかアッシュ達と一時的とはいえパーティーを組むとはね。これが帝都にどんな影響をもたらすのか……。ふふふっ。丁度良いところに護衛依頼があったことだな」


 卓上に置かれていた指名依頼の報告書を手に取った。


「さすがにアッシュ達だけではオーガなど倒せるはずもない。彼等、ヨハン達がいる時に指名を出してやはり正解だった。選定の口実としても問題ないしな」


 そのまま報告書を自分の引き出しに片付けると窓の外、帝国城に目を向ける。


「あとはラウルの話の内容がどういうものなのか、それ如何によってはどうなるのか。皇帝の余命も幾ばくも無いと聞いていることだし……――」


 帝国城から視線を外して、笑みを浮かべたままアリエルは部屋を出て行った。



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