第二百十一話 二組の勝負
「そんなのもちろん倒して来たに決まってるじゃないか」
「ふ、ふざけんなッ!」
ダンッとテーブルを叩き、ゼンが勢いよく立ち上がる。
その顔の距離は目と鼻の先。お互いの息がかかりそうな程の距離。
「てめぇがあのオーガを倒したっていうのか?」
「ああ」
「嘘つくんじゃねぇッ!」
鼻息荒く、今にも襲い掛かりそうな勢いで片手を広げて声を荒げた。
「ロロ」
「あいよ」
アッシュに声を掛けられたロロは素材袋から一本の太い角を取り出す。
「なっ!? そ、それは…………」
「これに見覚えはあるだろう?見ての通りだ。俺にはこんな高価な物は買えないし買わない」
ゼンの視線の先、ロロが手に持つのはオーガの角。
アッシュ達は素材回収としてオーガの角を切り取って来ていた。
「お、おい、アレ!」
「あ、ああ。間違いねぇ、オーガの角だ」
アッシュとゼンのやり取り、その騒ぎを何事かと思い見ていた周囲の冒険者たちは一様に驚愕を示す。
ざわざわと周囲が騒がしくなり始めた。視線が一層アッシュとゼンに集まる。
「さて。これでもまだ信用できないかな?」
「ぐっ……――」
オーガの角を出されたことで、ゼンはそれが事実なのだと認めざるを得なかった。
「――……アッシュ」
「ん?」
俯き加減にゼンはアッシュをギロッと睨みつける。
「どんな手を使いやがった?」
小さくだが、明らかな怒気を含めて問い掛けた。
ゼンの言葉を聞いたアッシュはチラリとヨハンとニーナを見たのだが、すぐにゼンを見る。
「(まぁ実際俺達もよくわからないが、ここは仕方ないな)」
そこで薄く笑みを浮かべた。
オーガを押し付けられたこと。こんなことで気が晴れるわけではないがせめてこれぐらいはしておきたい。
「そんなの、もちろん秘密に決まっているじゃないか。お前に教えてやる義理はないね。ああそうそう。おかげで貴重な素材が手に入ったよ。すまなかったね、気を遣ってもらって。さすがB級ともなるとお優しいことで」
指を一本立てて、厭らしく答える。
「て、テメェッ!」
そこでゼンの怒りは沸点を越え、アッシュの胸倉を掴んだ。
拳を握り、殴りかかろうと振り上げる。
「そこまでっ!」
ピピーッと笛の音が響き渡り、ゼンも振り上げた拳をピクッと止めると同時に笛の音がした場所を見て、周囲も同様で一斉に視線が集中した。
「ギルド内の喧嘩が御法度なのはあなた達に説明する必要、今更ないわよね?」
受付嬢のマリが腰に手を当てて立ち上がっている。
「マリ、カッコいい」
「ありがと」
横で座るミナは目を輝かせて小さく拍手した。
「……チッ!」
マリの言葉を受けたゼンは掴んでいたアッシュの服をパッと離す。
「わかってらぁ」
ぶっきらぼうに答えて憎々しげにアッシュの顔を見るのだが、アッシュは何食わぬ顔で服を整えていた。
「お騒がせしたようで申し訳ありません」
受付に向かって小さく頭を下げる。
「いえ。ですがアッシュさんも煽るような言動は控えてください」
「わかりました」
ニコリと笑みを浮かべた。
「ではアッシュさん。依頼報告をお願いします。その様子だと無事に終えられたようですね」
「はい」
マリの言葉を受けたアッシュは受付に向かって歩いていく。
「けっ!」
対してゼンは不満気にその場にドカッと座った。
「ははん。ざまぁみろ」
「よっぽど腹に据えかねてたんですね」
「当り前さね。こっちは死にかけたんだからあれぐらいでもまだ可愛い方さ」
「ふぅん」
ヨハンとニーナもそのあとを歩く。
どう見ても鬱憤を晴らしているようにしか見えなかった。
そうしてがやがやとした喧騒に包まれたギルド内は次第に穏やかさを取り戻していく。
「それで、アッシュさん。さっきはああ言いましたけど、オーガとは一体どういうことなのでしょうか?」
マリは疑問符を浮かべて問い掛けて来た。
指定依頼はワーウルフ討伐。
「あー……」
「どうしました?」
それがどう転がるとオーガ討伐になるのか理解できずにマリは首を傾げる。
「いや、なんと言いますか……――」
アッシュがどう報告をしようかと悩んでいるところ、ゼンたちは立ち上がり酒場をあとにしようとしていた。
「詳しい事は上で聞くよ」
受付の奥、上階に上がる階段を下りてくる姿がある。
「ギルド長!?」
マリの後ろから姿を現したのは、綺麗な事務服に身を包んだ青い髪を束ねた若い女性。
帝都の冒険者ギルドのギルド長である、アリエル・カッツォだった。
「(この人が帝都のギルド長…………)」
ギルドの長を務める程の役職なのだからシグラム王都のギルド長のアルバのような人物なのかと勝手に想像していたのだが、アリエル・カッツォのその見た目は遥かに若い。
とても帝都のような巨大な街のギルドの長とは思えない。
それこそラウルとそう変わらない様に見えた。
「ん?」
そこでアリエルと目が合うのだが、どこか小さく微笑まれる。
どういう意味があるのか全く理解できない。
「ギルド長? 上と言うのは?」
「もちろん私の部屋で、という意味だよ」
アリエルはマリに笑顔を向けると、すぐにギルドの入り口の方を見た。
「それとゼンくん?」
もうギルドを出ようとしているゼンたちに対して大きな声を掛ける。
「あん?なんだよ?」
明らかに不貞腐れている様子を見せているゼンたちが足を止めた。
「きみたちも一緒に来てくれたまえ。結果を伝えないといけないからね」
笑顔で声を掛ける。
アリエルの言葉を聞いたアッシュ達はお互いに顔を見合わせると同時に目を見開き、対してゼンたちは一瞬何のことなのか理解が及ばなかったのだが、すぐに理解して明らかに不満そうな顔をした。
「(そういえば、なにか勝負をしているようだったけど?)」
ふと思い出す。
詳しい事はなにも聞いていなかったのだが、以前に聞こえて来た話の内容からなんとなくそんな感じがしていた。




