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第 二百五話 迫る気配

 

「わっと!」


 モーズの声。

 地面を力強く踏み抜いて勢いよく突っ込んできたワーウルフの攻撃を横っ飛びで躱した。


「大丈夫か?」


「ああ。これならまだまだ余裕さ」


 すぐさま立ち上がるモーズとアッシュでワーウルフを挟み込む。

 二人とも剣を構えてジリジリとワーウルフとの距離を測っていた。


「グルゥゥゥ……」


 ワーウルフも低い唸り声を上げてアッシュとモーズの二人を交互に見やって警戒心を露わにする。


「(やっぱりそれなりに経験値があるからこれなら大丈夫そうだね)」


 少し離れたところで戦局を読み取り、即死に陥るような一撃でも受けない限り問題はなさそうに見えた。


 ワーウルフの攻撃は確かに通常では脅威。

 しかし、ある程度の実力の冒険者ならばその対応は一貫している。


 最初の奇襲には驚かされたが、それさえ躱せば攻撃自体は本能的なもの。

 その動きはほとんどが直線的であり、動きも比較的単調。


「(周囲に気配は……)」


 そうなると警戒すべきは他からの急襲。

 目撃情報は三匹。

 当初懸念していた問題は三匹同時に遭遇したときにどうするのか。今のところ一匹だけ。つまり、ここで問題になるのは目の前のワーウルフに気を取られて他のワーウルフに襲われてしまう事。


 だが、近くに目立った気配は見られない。


「(これなら……――)」


 アッシュとモーズの動きをサポートするように立ち回れば問題は感じられなかった。


「――……いくぞ」

「おうっ!」


 次に仕掛けたのはアッシュとモーズの二人。

 僅かにアッシュの方が早く動く。


「ガ?」


 挟み込んだ状態で同時に仕掛けることでワーウルフの混乱を生み、先に襲い掛かられるアッシュの方を向いた。


「ハァッ!」


 大きく振りかぶったアッシュのその剣。

 一瞬先に攻撃が届いたアッシュの剣をワーウルフが爪で受け止めると鋭い金属音を立てる。


「どりゃああああ!」


 遅れてモーズが背後から斬りかかった。


「ごえっ!」

「モーズ!」


 だがモーズは身体をくの字に曲げる。

 アッシュの剣を受け止めながらワーウルフは後方に蹴りを放っており、それがモーズの腹部に深々と打ち込まれていた。


「がッ――」


 勢いよく吹き飛ばされたモーズは背後の木に衝突しようとしたところで――――。


「よっと!」


 がっしりとヨハンが受け止める。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。たすかったぜ……」


 とはいえ、言葉とは裏腹にモーズは口から血を流して苦痛に顔を歪めた。


「……ぐぅっ」


 遠目にはアッシュがモーズへの追撃をさせまいと剣戟を繰り出してワーウルフの気を引いているのだがそれだけで精一杯な様子、鋭いその爪を躱すどころかいくらか切り傷が見える。


「くっ、くそぅ」

「じっとしててください」

「お、おまえ、治癒魔法も使えたのか?」

「まぁそれなりにですが」


 そっとモーズの腹部に手をかざし、ヨハンの手がかざされた場所を柔らかい光が包み込む。


「大丈夫かい!?」


 慌てた様子のロロが駆け寄り、その後ろを付いて来るニーナは明らかに不満そうな顔を見せていた。


「……ああ」


 モーズはすぐさま口元の血を拭うとすくっと立ち上がる。


「おや?あたいは必要なかったかい?」

「だな。こいつの治癒魔法、中々だ」


 グッパッと手の動きを、タンタンと地面を踏んで足の感覚を、念入りに確認するモーズ。


「これなら少々の傷はすぐに治してもらえるな」

「へぇ」


 ロロも感心する様にしてヨハンを見た。


「でもあんまり怪我しないでくれたら助かります」

「チッ、次は油断しねぇよ」

「えー!?次はあたしの番だよぉ」


 モーズの前にずいっと一歩前に出るニーナ。


「ちょっと待ちな」

「えっ?」


 ニーナが踏み込もうとするのを遮るように立ち塞がるロロは持っていた杖をワーウルフ目掛けて構える。


熱玉(ヒートボール)


 ロロの杖の先端が光ると同時に火球が繰り出されて中空に漂った。


「どうすんのそれ?」

「行ってもいいけどさ」

「え?やたっ!」

「だからちゃんと隙を見て狙いな」

「どゆこと?」


 掛けられる言葉の意味をニーナは理解できていない。


「アッシュ!」


 遠くのアッシュに声を掛けると同時にロロが魔力を加えると、アッシュはロロの行動の意味をすぐさま理解してワーウルフ目掛けて剣を振るう。


「ハアッ!」


 直後、中空に漂っていた火球が一直線にワーウルフ目掛けて飛んでいった。


「今だよ!」

「あっ。なーる」


 そこでようやくニーナは理解して地面を力強く踏み込む。

 アッシュの誘導するような動きに合わせて剣を受け止めたワーウルフの背にロロの火球が見事に着弾した。


「ガアッ!」


 背に焼け焦げた痕を残し、体毛をチリチリと燃やす。


「よっと!」


 そこにニーナがしっかりと踏み込んでニヤリと笑みを浮かべた。


「覚悟してよね」


 同時に横薙ぎに振るわれたニーナの剣はザンッと音を立ててワーウルフの胴体を見事に両断する。

 上半身と下半身を斬り払われたワーウルフの胴体はずるりと地面に落ちて果てた。


「おいおい、ニーナの野郎一撃かよ」


 呆気に取られるモーズ。


「……かなりの攻撃力さね。あれだと多少自信過剰になるのも仕方ないね」


 背後からの奇襲とはいえ筋肉質のワーウルフを苦も無く両断。

 思わずロロも驚嘆する。


「(あれ?今ニーナ、もしかして……)」


 ヨハンの目に映るのは、闘気の使用は勿論として、部分的な使用を行っているように見えた。それは天弦硬の片鱗。


「(何もしてないわけじゃなかったんだね)」


 感心するのは、やる気がないように言いながらも着々と実力を上げている。


「……すごいね」


 ワーウルフの下半身の向こう側で鞘を納めるニーナの様子に呆気に取られたアッシュも剣を納めながら小さく息を吐いた。


「そうですか?」

「自覚はないのか?」

「なにが?」


 問い掛けに対する答えに思わず目を丸くさせる。


「ふぅ。いや、まぁいい。とりあえずこれで一匹か。中々大変だなこれは」


 額の汗を拭って腰に手を当てながらワーウルフの死体をアッシュが見下ろした。


「別にあたし一人でもこれぐらい大丈夫ですけど?」

「ニーナが強いのはわかったけど、自信過剰も程々にね。こういうのはパーティーで連携を取って倒すものだから。今みたいに」


「そうだぜ。強がりはよくないぞ」


 周囲を見回すように首を振りながら歩いて来るモーズ。


「いや、べつに強がってるわけじゃ……」

「まぁまぁ。僕たちはこれぐらいで丁度良いよ」


 ニーナの頭にポンと手を乗せる。


「お兄ちゃん?」


 疑問符を浮かべながら見上げられた。


「あんまり勝手をし過ぎるのも良くないと思うしね」


 どちらかというと、指導を受けている立場。

 遠征授業の時と似たような感覚。あの時は過信と慢心によって不意の事態に巻き込まれることになった。


「……ふぅん。まぁお兄ちゃんがそういうなら」


 なのだが、ニーナには納得しているようなしていないような微妙な顔をされる。


「さて。とりあえず毛皮と爪と牙だな」


 ワーウルフの素材として回収できる三点。


「ああ。だが油断はするなよ。依頼には三匹とあったが確認されているだけで三匹だ。他にもいるかもしれない」

「だな」


 屈みながらワーウルフの素材状態を確認していた。


「しっかしロロが毛を焼いたからこりゃあ半額にされるしな」

「隙を作るためだから仕方ないさ。それに初っ端から一撃喰らったあんたには言われたくないね」

「しゃあねぇじゃねぇか」


 倒したワーウルフから剥ぎ取りながら話す。

 一通り剥ぎ取り終わるとアッシュが周囲をチラリと見た。


「さて。とりあえず次はどっちにいこうか?同じようにして捜索すれば良いと思うが…………」


 思案気な様子をアッシュが見せる。


「(あと二匹かぁ。もうちょっと気配を探れたら楽なんだけどなぁ)」


 周囲に何かしらの変化がないかと耳を澄ませて体内の魔力を張り巡らせるのは、先程見せたワーウルフと似たような気配があればそれが当り。


「(……ん?)」


 遠くに妙な気配を得た。


「(なんだろうこれ?)」


 森の中を素早く走り回る気配を感じ取る。

 しかし感じる気配はどこかワーウルフには思えない。


「ニーナ」

「なに?」

「ちょっとあっちの方、何か来る?」

「んー?」


 ニーナに指差し示すと額に手の平を当てて見つめた。

 その魔眼に魔力を集中させる。


「人間、だね。何人かいるよ」


 どうやら人間のような気配なのだが、それが複数。


「今ここは立ち入り禁止になってるはずだけど?」


 状況が改善されるまでは森に入る制限、採集者にはそう通達されていた。


「(それに……――)」

「お兄ちゃん!」


 直後、ニーナの表情が一変する。ゾワッと毛を逆立てた。

 それが物語ることは、明らかに尋常ではない事態が迫っているということ。



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