第一話 父の試験
ヨハンは十二歳になった。
茶髪で背も年相応で将来は男前になると母に言われていたがまだ幼い顔立ちである。
八歳の時に初めて両親に魔法を見せてからのこの四年間は冒険者学校に入学するために、父アトムからは基礎体力の向上と剣技について学んだ。母エリザからは魔法に関する基礎知識と魔力増量の基礎訓練を行って来た。
父と母の教えにより、ヨハンは十二歳とは思えないほどの身体能力と剣技、魔法技術を身に付けることになる。
さらに、ヨハンは両親に隠していたが、母と父の教えだけでは物足りなさを感じていた。教えられたことをただ行うだけでなく、それらの応用により、自身がより効果的に能力向上を行えるように訓練を行うことで常人の数倍の成果を発揮していた。
例えば、基礎体力の向上と剣技は、毎日日課として父と早朝にランニングを行い、剣の型と素振りの後、父との模擬戦を行っている。
その際、自身にしか感じない重量負荷をかけており、毎日少しずつ能力の向上に合わせて負荷の比重を上げていた。
実はこの重量負荷は無系統の魔法であり、ヨハンも感覚的にで使用している。天性の感性がもたらすものであった。
何故隠していたのかということだが、母の魔法の基礎知識講義の中では、基本の火・水・風・土四系統の他に光・闇・無の系統があることを知る。
ヨハンは若干の得意不得意はあるものの、およそ全ての系統の魔法の使用が行えたが、そういったことが可能な魔法使いは母の知る中ではこれまで一人もいなく、子どもながらに自分が特別変わっていることを自覚したためである。
特に無系統魔法は使える術者が少なく、オリジナルの魔法が大半であり固有魔法とも呼ばれることがある。
魔道具により張ることができる結界のように、魔法力をどこの系統に分類させることなく放出・維持するなどのことは結界用に作った特別な魔石を媒介にすれば魔法理論を理解しているものであるならば大小の違いはあるが可能である。だからこそ無系統魔法には他の系統にはない属性を偏らせることのない固有魔法の実現が可能なのである。ヨハンはそれを感覚的に行えた。
それらの経緯があり、両親が思っている以上に能力の向上を行えたわけではある。ヨハンは隠しているつもりでも、父アトムと母エリザはどこかその違和感に気付いていた。
いよいよ翌週に冒険者学校への入学を控えた晩ご飯の時、両親から突然話し掛けられる。
「ヨハン。いよいよ来週冒険者学校に入学することになるが、お前俺に隠していることないか?」
「ん?なんのこと?」
隠していることと言われ少し頭の片隅を考えが過るがまさかと思う。
「あのねヨハン、私も少し思うところがあるの。あなたに魔法を教えている間に、あなたが何をしているのかわからないときがあるの。なんていうか、魔力の流れに私の理解が追いつかないのよね」
母も困惑した様子で話す。
「と、いうわけでだ、ヨハン。明日俺とエリザの2人でお前のテストを行うことにした。内容は俺と本気の剣術の仕合いと魔法の実践だ!」
「…………えっ!?」
あまりにも突然の話に困惑してしまった。
――――翌日――――
村のはずれにある草原にてヨハンは父と対峙していた。
「ヨハン。いつも通り訓練用の木剣ではあるが、本気でかかってこい」
「(本気……本気かぁ………)ほんとにいいの?」
どこまでを差しての本気なのかわからない。
「あぁ。日頃のお前の鍛錬の様子を見ている限りではまだ俺の方が強い。歳を取ったとはいえ、だ。 だが、昨日も言った通り、お前が隠していることが何かはっきりさせてぇからな」
「うーん、わかったよ。じゃあいくね」
そう言うとヨハンは左足に力を込めて地面を思い切り踏み抜く。
すると5メートルほどあったアトムとの間合いが一瞬で詰まり、右手に構えた木剣を逆手袈裟切りに振り抜く。
「!?――ちっ!」
アトムはあまりの速さに驚いたものの、即座にヨハンの木剣に対して自身の木剣を当てる。同時に右足をヨハンの軸足に対して足払いをかけた。
宙に浮いた姿勢になったヨハンに対して父アトムはさらに追い打ちで上から木剣を振るう。
対してヨハンは左手を地面に付き、手首・肩・腰と捻って右手に持った木剣を父目掛けて下から突き上げるように振るう。
アトムとヨハンのどちらが先に当てるでもなく、ヨハンは父の剣に対して身体を捻った分でかわし、剣を振り切った後に左手で地面を押し、後方に跳ぶ。アトムは下からの突き上げに対して上半身を仰け反らせた後に後方に跳び退く。
「…………ヨハン、なかなかやるじゃねぇか。(あっぶねぇー。なんだあいつの速さ。鍛錬中にも見た事のない速さだったじゃねぇか。あまりの速さで俺もちょっとマジに返してしまったじゃん。こりゃーなめてかかるとこっちが危ねぇな)」
「お父さんすごいね!今ので決める気だったのに!」
それは事実で間違いはない。本気と言われたので本気で向かった。
「なにおぅ。ちょっとびっくりしたけど、こんなもんじゃやられねぇよ。(かといってこれはちょっと本気でいくかな)」
アトムの目つきが変わった。しっかりと木剣を構えて今度はアトムからじりじりと間合いを詰める。
――――それからは、およそ大人と子どもが仕合っているとは思えない程の剣閃が何度も交差し合う。アトムの高速の剣技に対してヨハンも難無く付いていく。
「(ったく、これほどとはな)――ヨハン、おめぇ鍛錬の時、手を抜いていたのか?」
「違うよ。鍛錬は本気でやっていたけど、こうした方がいいかなって鍛錬中自分に負荷をかけていたんだ」
「そうか。負荷ってぇのが何かは後で聞くとして、そろそろ終わらせねぇとな。この後母さんの魔法実技もあることだし」
剣を弾いて飛び退いた先でアトムが魔力を練る。
――するとアトムの体をうっすらと黄色い光の膜が包み込んだ。
「お前が思った以上にできるようだからこれを見せておいてやる。ここまでするつもりはなかったんだが、これは『闘気』という。詳しい話は後にするとして、まぁ基本的には魔法と似たようなもんだ。まだお前にはできねぇだろうが、世の中にはこういうものもあるんだと勉強しておけ」
直後、それまで互角の様相を呈していた打ち合いが一気に決着となる。
アトムの踏み込みと剣速に対してヨハンも見えてはいたのだが、身体の方が全く反応出来ずに一撃を喰らってしまった。
そこでヨハンの意識が途絶える。