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第百九十六話 セレティアナ

 

 ヨハンがアッシュと冒険者ギルドに出てしばらく後、ラウルは孤児院を訪れていた。

 応接間に腰掛け、隣には妹であるカレンがいる。


「別に城で待っていても良かったんだぞ?」

「いえ、兄様が帝都にいる間は補助をするのもわたしの仕事ですので」

「……そうか?」


 表情の割には妙に笑顔のカレン。

 兄の補助をするというのを口実にラウルに付いて来ていた。


「(ほんとこの子、ラウルのこと好きよねぇ)」


 カレンの動機にラウルは気付いていないがミモザは見抜いている。


「まぁいい。それでヨハンはとりあえず冒険者として活動することにしたのだな?」


 冒険者としての先輩が面倒を見てくれるのなら丁度良かったかと考えた。


「ええそうよ。その先輩は悪い人ではなさそうだったけど、ちょっと頼りない感じだったかなぁ」


 見送った時のことを思い出しながら抱いたアッシュの印象。


「そうか。まぁその辺りは特に問題ないだろうな」


 ヨハンの実力は保証済み。

 よっぽど不測の事態が起きない限り危機に瀕するということは考えられない。


「それに、もう少し帝都に滞在することになったからヨハン達のことをどうしようかと思っていたのだ。それならばしばらくは暇な時間はなさそうだな」


 城での会議の時の話。

 帝国に帰還したラウルが取り扱う問題がまだ決まっていない。実際的にはほぼほぼ北方領土の調査に向かうことは決まっているのだが、情報の収集にもうしばらくの時間を要している。


「ではとりあえず俺が来たことだけ伝えておいてくれないか?」

「ええ」

「それと、もし何か困ったことがあれば城に直接来てもらい、俺の名前を出してくれればいい、と」

「いいの?」

「ああ」


 それだけヨハンとニーナのことを気に掛けているのだと、ミモザは僅かに嫉妬の目を向けた。


「(はぁ)」


 だが目の前の男はそれに気付く素振りを一切見せずにいることに小さく溜め息を吐く。


「わかったわ。それは構わないわ。ただ、あなたがいない時はどうするのよ?あの子達だけで城になんて入れないわよ?」

「俺が不在時は…………そうだな。カレン宛に話をしてくれればいい。いいな?カレン」

「はい、お兄様。お兄様の役に立てることでしたらどんなことでも厭わないです」


 笑顔で応えたのだが、カレンは内心で焦りを覚えた。


 今いる場所が孤児院であり、ラウルの連れの名前がヨハン。それも昨日から帝都に来ていると言っていたのを思い出す。


「(いやいやいや。もしかして、昨日のあの子のことじゃないの?)」


 むしろ他の理由を探す方が難しかった。


「(っていうか、もしかしなくてもそうなのだろうけど)」


 偽名を名乗ったことを一瞬後悔する。


「(……まぁ別にどうでもいいわね)」


 あとでなんとでも言い訳すれば良いと考えた。

 そもそもとして、言い訳する必要性すら感じないし、もう一度会うかどうかもわからない。

 ただ、兄と一緒にいれば会ってしまう可能性はある。その時ティアのことをどうしようかと過る。


「(どうせあの子にティアは見えないでしょうしね)」


 そこだけ若干の面倒くささを感じた。


「さて、そろそろ戻るか」

「はい」


 そうしたことを一通り話したあと、ラウルとカレンは孤児院を出る。


「(ねぇ。ボクのことはいつお兄さんに紹介してくれるのさ)」


 ラウルが前を歩く中、カレンは不意に聞こえて来た声に対して立ち止まった。


「(待ちなさいってば。兄さんは帰って早々で忙しいからもうちょっとゆっくりした時にするわよ。こういうのはタイミングがあるのよ!)」

「(昨日は突然で驚かすって言ってたじゃない!なら今でもいいでしょ!)」

「(事情が変わったのよ!)」

「(ったく、勝手だなぁ)」


 セレティアナが不貞腐れるのを感じるのだが、こればかりは仕方ない。

 頬の横の髪を指先でくるくると巻き取って心の中で言葉を交わす。


「そういえばカレン」


 ラウルも立ち止まっており、ジッとカレンを見ていた。


「なんでしょうかお兄様?」


 首を傾げながらも髪から指を離さずに笑みを浮かべながら問い掛ける。


「俺に何か隠してることでもあるのか?」

「えっ!?」


 観察する様に見られているラウルの洞察力に背筋をグッと伸ばした。


「どどど、どうして、でしょうか?」

「いや、カレンの様子を見ているとそう感じてな」


 これまで何度となく帝都に帰る度にカレンの様子を気にかけている。

 幼かった頃はその一挙手一投足に注目して可愛がったもの。


「カレンが髪をいじっている時はだいたい何か言いたがっている時だからな」


 当時から変わらないその癖。


「あっ……――」


 すぐさま髪から手を離した。

 顔を傾けながら髪を指先で巻き取るその癖はいつもどういう時に見せるのか決まっていた。


 何かを言いたげにしている時、小さい頃から変わっていない、いつも見せていたその仕草。


「――……はぁ。兄様には敵いませんね」


 妙に恥ずかしかったのだが、兄が癖を覚えていたことがどこか嬉しくもある。


「もうっ。もっと特別な時に見せて驚かそうとしていたのに。結局驚かされたのはこっちかぁ」


 ラウルに応えるようにして手の平を水平に伸ばして手の平を上に向けた。


「ティア。出ておいで」


 ぽぅっと薄い光がカレンの手の平を包み、ポムっと姿を現したのは背中に羽の生えた青い髪を結った人の形。


「ほぅ。精霊か」


 一目でわかるその人外ならざる者。


「お初にお目にかかります。ボクはカレンと契約を交わしましたセレティアナ。以後お見知りおきを」


 セレティアナはカレンの手の平の上で可愛らしくお辞儀をする。


「なるほど、これは凄いな。自我を持っている精霊と契約を交わすだなんて。一体どうやったのだ?」


 想像以上のことに驚いた。

 ラウルが不思議に思うのも無理はない。


 一般的に精霊魔道士と呼ばれる存在は通常の魔道士とは一線を画する。生来の特殊な才能が必要となり、努力でどうにかなるものでもない。後天的に精霊魔導士になるには特殊な条件を必要としていた。

 加えて、通常の精霊魔道士は微精霊と呼ばれる精霊を使役する者であり、自我を持つ精霊と契約を交わしている者など探しても見つかるものでもない。


 そのため、カレンがどのようにしてセレティアナと契約ができたのか不思議でならなかった。


「えっ?いやぁ、ははは……――」


 ラウルの問いかけに対してカレンは目が泳ぐ。


「あっ。それはですね――」


 セレティアナが指を一本立てて口を開こうとしたところでカレンの手がグッと握られた。


「ティア?それ以上言ったら……――」

「ちょ、ちょっとカレン!」


 カレンの表情は笑っているのだが目が笑っていない。


「こ、こらっ! い、痛いってば!」


 それどころかセレティアナの表情が苦悶に歪み始めている。


「どうかしたのか?」

「い、いえっ」


 そこで手の力が抜け、セレティアナはヒュッと空に浮かんだ。


「カレンのばーっか!」


 セレティアナはカレンに向かって大きく舌を出す。


「(くっ!あとで覚えておきなさいよ)」


 微妙にセレティアナを睨みつけるのだが、宙を浮くセレティアナの方が現状有利。


「仲は良くないのか?」

「そんなことありませんよ」


 手を後ろに組んで美しい笑みをラウルに向けた。


「なら良いが……」


 その笑顔からはこれ以上の追及をしないで欲しいというのが見て取れる。


「まぁその様子だとカレンにも色々とあったようだな」

「え? え、ええ…………」


 気まずそうに僅かに視線を落とすカレン。


「とはいえだ。それだけの精霊と契約を交わせたということは凄いことだ」

「でっしょお!そうなのよ。もっと言ってやってよ!」


 カレンの目の前に下りて来るや否や、中空でえへんと小さな胸を張るセレティアナ。


「何を偉そうに言ってるのよ、あ・な・たはッ!」

「い、いたいってば」


 セレティアナの両頬を指先で軽く摘まむ。


「(精霊との契約条件……何があったか)」


 どんな条件が生まれたのか気にはなったのだが、それでも目の前の二人。喧嘩していても仲良さそうにしている二人の様子をラウルは笑顔で見た。



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