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第百九十二話 閑話 帝位継承者達(前編)

 

「すまないなカレン」


 カレンに優しい笑みを浮かべたラウルはそのままポンと手の平をカレンの頭の上に乗せる。


「お兄様?」


 一体どうしたのかとカレンは疑問符を浮かべた。


「あのなカレン。父上は今体調が思わしくないのはお前も知っているだろう?」

「えっ?はい。それはもちろん」

「ならもう少し静かにしないといけないだろ?」


 ラウルの言葉を受けたカレンはハッとなる。

 恐る恐るラウルの肩越しに覗き込むようにして父親であるマーガス・エルネライ皇帝の顔を確認した。

 その表情はなんとも言えない表情であり、叱られるのを覚悟する。


「カレン」

「は、はい!」


 思わず上ずった返事をした。


「儂はお前にいつもなんと言っておる?」


 微妙に怒気を孕んだその口調にカレンは背筋をピンとさせる。


「じょ、女性らしく、落ち着くように、と」


 表情を強張らせながら答えた。


「まったく。公の場ではあれだけおしとやかな振る舞いができるというのに、どうしてラウルのこととなるとこれだけ落ち着きがないのやら」


 呆れられながら溜め息を吐かれる始末。


「い、いえ、その……ラウル兄様には今会いに来ませんと。兄様はいつまた旅に出られるかわかりませんので…………」


 シュンと肩を落とし、これだけ慌てて皇帝の寝室を訪れた理由を言い訳混じりで話す。


「そうだな。確かにいつもはそうだが、今回は少し帝都にいる期間が長くなるかもしれない」

「本当ですか!?」


 ラウルの言葉を聞いた途端にカレンは目を輝かせた。


「まだ何かが決まったわけではないけどな」

「と言いますと?どういうことでしょうか?」


 カレンは僅かに表情を落としたラウルの様子を訝し気に見て首を傾げる。


「これこれカレン。ラウルもまだすることがあるのだ。積もる話はまたあとにしなさい」

「そうですね。申し訳ありません、お父様。お兄様」


 カレンはローブの裾を摘まんで小さくお辞儀をした。


「いや、構わないさ」

「相変わらずカレンに甘いのぉ」

「兄様?」

「ん?」

「この後はどうなさるおつもりですか?」


 ラウルを見上げて問い掛ける。


「いつも通りさ。アイゼン達と会議をしてくるのだが?」

「……そうですか」

「カレンは国政には?」

「知ってるくせに」


 ラウルの言葉を受けたカレンは少しばかり頬を膨らませた。


「そうだったな。やはりその辺りは変わっていないようだな」

「儂の代で急に伝統は変えられんさ」


 ラウルとマーガスが話すそれは、帝位は継承権順に継ぐというもの。そして女性に継承権はない。

 それだけならば貴族が家を、爵位を継ぐのとそう変わりはしないのだが、同時にラウルは唯一無二の称号、剣聖も得ている。

【皇帝】と【剣聖】では本来皇帝の方が優先的に扱われるのだが、放浪癖のあるラウル。


 誰もが知るその行いのために、次代の皇帝は従来の継承権順ではなく、現皇帝であるマーガスが指名すると決められ、それは臣下のみならず国民に広く通達されていた。


「そうですね。俺のことだけでも相当に苦労掛けましたしね」

「さすがに剣聖の称号を受け継がなければこれは変えるつもりはなかったがな」

「わかっています」


「どっちにしろわたしには関係ない話だものね」


 同時に寂しさを見せるカレンは継承権を持っていない。

 カサンド帝国では、女性に継承権がないというのが伝統。そのため国政への関与も限定的となり、その中には決定権を持たずに皇帝や兄の承認が必要なことも多くある。


 臣下からは自由奔放なラウルのことでいくらか反感を買ってしまっているので、継承権を変えるだけで相当な労力がかけられていた。結果、カレンが国政に関与するための法を変えることが叶わない。


「カレンには窮屈な思いをさせてしまっているな」

「いいえ。わたしは別に問題ありません」


 両手を小さく振る。


「本当にそうか?」

「ええ。それがこの国の皇女としての役目ですもの」


 笑顔を作り皇帝に笑いかけた。


 そもそも、カレンとしても必要以上に国政への関与をしようとは思っていない。最低限の公人としてのその役割を遂行できていればそれで良かった。


「まぁその辺りも会議で聞いてみるよ。では父上。俺達はこれで失礼します」

「ああ」

「また何かわかりましたら報告に参ります」

「うむ」


 ドアの前で小さく一礼して、カレンと二人皇帝の寝室を出る。


「さて……、残る命でどこまでやれるか。ラウルにアイゼンにルーシュ。そしてカレン、か」


 閉じられた寝所のドアに視線を向けたままマーガス・エルネライ皇帝は小さく呟いた。


「せめて子ども達が自由に生きられることになれば良いのだが」


 何か良い方法がないかと思案に耽る。

 そしてゆっくりとベッドに横になり、思考を巡らせながら瞼を閉じた。




 ◇ ◆ ◇


 皇帝の寝所を出たラウルとカレンは会議室に向かうために二人で城内を歩いていた。


「それで、帝都の方はどうだ?アイゼンは上手くやっているか?」


 ラウルの横を歩くカレンは堂々とした佇まい、凛とした佇まいで歩いている。


「はい。いくらか行き届いていないところはありますが、補佐を務めている臣下、オリヴァスらと共に皇帝に代わって滞りなく内政・外交共に進めております」

「どういったところに手が届いていない?」

「はい。皇帝が病に臥してから不穏な動きがあるということを少し耳にしています」

「不穏な動き?」


 カレンの言葉にラウルは疑問符を浮かべた。


「あくまでも噂ですが、北方で何やら怪しい動きが見られると。街に潜ませている者からそういった話を酒場で耳にしています」

「北か。あそこはメイデント領だったな」


 カレンの手の者、暗部からの情報を聞いたラウルは顎に手を当て、いくらか思考を巡らせる。


 継承権を持たないとはいえカレンも皇族。

 皇帝直結の血筋には暗部の分隊が直属部隊としていくらか振り分けられている。


「……そうか。必要であれば俺が行くとするか」

「お兄様が自らですか?仮に反乱分子でしたらいつもこちらに任せて頂いたではありませんか」


 疑問符を浮かべるカレンなのだが、帝都に戻ったばかりのラウルが何を気にしているのか理解できなかった。

 いつもならこれほど性急に判断はしない。


「いや、色々とついでがあってだな」

「ついで?」

「ああ。北には聖なる泉があるだろう?」

「はい。確かに精霊界との繋がりがあるという話です」


 カサンド帝国の北側にあるメイデント領。

 冬は雪に埋もれることもあるというその土地なのだが、そこにある森は魔素が満ちている。普通の人間がおいそれと簡単に入る事の適わない森の泉には治癒の効果が施されているというのだと。


「そこなら俺の連れが魔法に関して何かしらきっかけを掴めるかもしれないかと思ってな」


 ヨハンに魔法の手解きを加えてやりたいのだが、ラウルが教えてやれることはない。

 となれば代わりの何かを用意するつもりだったのだが、北の調査と合わせて何かあれば丁度良かった。


「連れ……ですか?」

「ああ。まぁ色々あって帝都に連れて来たのだが、落ち着いたらカレンにも紹介するさ。カレンとそう歳は変わらないから仲良くできるだろうしな。それよりルーシュの方はどうだ?」

「…………」


 機会があれば紹介するつもりである。

 それよりも、と末の弟のことを問い掛けたのだがカレンからは返事がなかった。


「どうした?」


 隣に視線を向けると膨れっ面のカレンが視界に入る。


「その、つかぬことをお聞きしますが、お連れの方は女性ですか?」

「いや?男だが?」


 上目づかいで問い掛けられたことを不思議に思いながらも答えた。


「そうですか」


 途端にカレンが表情を明るくさせる。


「男だとやはり警戒するか?別に婚姻を持ちかけるわけではないぞ?」


 と口にしたものの、表情を明るくさせる理由がわからない。


「いえ、それはわかっています。それよりルーシュですね」

「ん?ああ」

「ルーシュですが、目覚ましい成長を見せています。正直なところ現時点でアイゼン兄様より有能な分野もある程ですね。そしてそれは臣下の中でも徐々にそういう風に評価、認知されつつあります」

「そうか。確かまだ十ほどだったな。だがルーシュはまだ幼い。今はまだアイゼンを立てなければな」


 いくら皇帝が病に臥せているとはいえ、末の弟が実権を握るには尚早だと考えていた。


「ラウル兄様が戻って下されれば……」

「何か言ったか?」

「いえ。なんでもありません」


 小さく呟かれた言葉はラウルに聞こえていない。


 そうした話をしながら歩いていると、会議室のドアの前に着く。


「あっ……――」


 会議室の取っ手に手を掛けようとしたところで歩いて来た方向とは反対側から足音が聞こえ、カレンが目を向けると金髪の髪の長い男を先頭にした集団が歩いて来ていた。



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