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第百九十 話 路地裏の出会い(後編)

 

「いやいや、こんなところで美しい女性と幼いが剣を持った男の子がいるとはね。それとそこに倒れた強面の男たち。なんとなく事情は察するけど、まさかこれを君が?」


 青髪の男は歩いて近付きながら周囲の状況を見渡した。

 ヨハンと銀髪の女性はお互いに顔を見合わせる。


「ええ。まぁ」

「そうか。君が強いのか、こいつらが弱いのかはわからないけど、困っているのはそれじゃあないよね?」

「この人が大通りまでの道を教えて欲しいって言っていたんですけど、僕も道に迷っていたんで」


「なるほどね」


 男はヨハンの言葉を聞いて、薄く口角を上げた。

 そのまま額に手の平を当てる。


「はははっ。そうかそうか。じゃあ大通りまでの道に加えて君の帰り道の案内は俺がしよう」

「いいんですか?」

「構わないよ。こんなところで出会ったのも何かの縁だ。そちらの女性もどうだい?」


 小さくウインクをするその男なのだが、女性は目線を合わせようとしない。


「ええ。助かるわ」


 それでも男の提案は素直に受け入れていた。


「さて、自己紹介をしようか。俺は冒険者のアッシュ。君たちは?」

「僕はヨハンといいます。大通りまで出た後は孤児院までの道を教えて欲しいんです」

「君は……そうか、孤児か。だからそんなに知られてないのか……」

「えっ?」


 アッシュと名乗るその男はどこか納得したように小さく呟く。


「きみ、孤児院の子なの?」

「えっ? はい、まぁ……今日帝都に着いたところで、これからお世話になる予定です」

「……そう」


 女性は顎に手を送り、アッシュをチラリと見て僅かに思案気な様子を見せた。


「それでそちらの君は?」

「わたし?」


 そこで目が合い、女性は自身を指差す。


「わたしは……ティアナよ」

「ティアナか。美しい良い名前だね」

「それはどうも」

「釣れない返事だねぇ」


 アッシュはやれやれといった様子で溜め息を吐いた。


「そんなことよりも早く大通りまで案内して頂戴」

「わかってるさ。すまないヨハン君。先に女性を道案内するべきなので、君はその後でいいかな?」

「もちろんです。そうしてあげて下さい」

「きみも急いでいるみたいだけど、ごめんね」


 ヨハンに小さく片目を瞑るティアナ。


「じゃあ行こうか」


 そうして入り組んだ路地裏をアッシュの道案内により歩き、程なくして大通りに出ることができる。

 広い大通りに出ると銀髪の女性はアッシュより前に出た。


「ここよここ!ありがと!助かったわ」

「もし良かったらこの後食事でもどうかな?」

「ごめんなさい。わたしも急いでいるの」


 取り付く島もない程のその返事。


「そうか。残念だよ」

「申し訳ないわね。じゃあね!」


 ティアナは足早に走り去って行く。


「ふぅ。仕方ないね」


 それほど急ぐ用事だったのだろうか、もう人混みの中に姿を消して見えなくなった。


「さて。次は君だな」

「ここまで来れば後は周りの人に聞いて帰りますので大丈夫ですよ?」

「いやいや。まだ俺のもう一つの目的も達成していないからね」

「目的、ですか? もう一つって?」


 隣に立つアッシュの言葉に引っ掛かりを覚えて見上げる。


「君も厳しいこと聞くね」

「えっ?」

「いやいや、一つ目は先程のティアナさんを食事に誘おうとしたのだがたった今見事に断られたところなのでね」

「あっ、そういうことでしたか。じゃあもう一つって?」

「とにかく歩きながら話そうか?」

「……はい」


 妙な笑顔を向けられた。

 何を話すのか知らないが、疑問符を浮かべながら歩き始める。


「それで。確認だけど、君は孤児院にいるみたいだってね」


 大通りを歩きながら問い掛けられた。


「はい」


 その頃には陽が十分に傾いており、帝都はその賑やかさをより一層広げている。

 日が暮れると飲食店の屋外にある飲み処、そこら中で酒盛りを始める冒険者達の姿があった。

 荒くれ者達がそれは楽しそうに飲み食いをしている。


「今日着いたところと言っていたが。ここに来るまでは何をしていたのだい?」

「ここに来るまでは……冒険者?」


 答えとしては間違ってはいない。

 学生としてのその立場では駆け出しだが、一言で言うのなら冒険者。


「そうか。もう既に冒険者をしているのか」

「はい」

「ランクは?」

「えっと……Cです」


 シグラム王国では実質Aランクの依頼をこなしていたのだが、表向きはCランクで登録されている。


「凄いな!その歳でもうCランクなのか!?」

「えっ? はい」


 ギルド証をアッシュに見えるように提示した。


「なるほど、そうか……」


 アッシュは驚き、思考に耽る。


「――となると……――あっちの方も問題ないか……――」


 ブツブツと独り言を言い始めた。


「どうかしましたか?」

「いや、急な話だが、君さえ良ければ俺たちと一緒にパーティーを組まないか?」

「えっ!?」


 唐突に勧誘される。


「どうしてですか?」


 疑問の眼差しを向けると、アッシュは苦笑いをした。


「いや、正直に言うよ。実は、さっき君があの男達を倒すところを見ていたんだよ」

「あっ、そうなんですね」

「驚かないのかい?」


 アッシュは目を細める。


「はいまぁ。何か視線を感じるなとは思っていたんですよ」


 男達の仲間が隠れているのかと思っていたのだが、その気配はアッシュだった。


「まさか気付いていたのか?」

「はい。一応そういう訓練もしましたので」


 ジッと見定めるように見られた。

 周囲の気配を探る訓練は天弦硬を会得する際、ラウルに嫌という程叩き込まれている。


「どうやら嘘ではないみたいだね。尚更君が欲しくなったよ。孤児院にいることも今日帝都に着いたということも都合が良いしね」

「どういうことですか?」


 突然勧誘されることに覚えがない。

 それに孤児院だと何の都合がいいのだろうか。


「おっと、すまない。君の事情を聞く前に勝手に決めるわけにはいかないね」

「はぁ」

「簡単な話だよ。俺も冒険者をしていて、君も冒険者をしている。だがそれだけ強いというのに今まで君の存在を全く聞いたことがなかった」

「はぁ」


 何を言いたいのか全く理解できない。


「それで、失礼だけど孤児院にいるなら親御さんの心配とかいらないしね。おまけに帝都に着いてすぐというのもパーティーを組んでいない可能性が高いからさ」

「あっ、そういうことですか」


 そこまで聞いてようやく理解した。


 冒険者をしているアッシュの情報網の中にヨハンの情報がない。それは孤児院に滞在していることで孤児だと思われてしまっている。


 しかしいくらか間違えていた。


「すいません」

「ん?」

「いえ、僕は帝都に来たばっかりですが孤児ではないですよ」

「孤児院にいるのに孤児ではない?その歳でかい?」


 ヨハンの言葉にアッシュは疑問符を浮かべる。


「はい。実は知り合いの紹介で今日からしばらくは孤児院にお世話になろうとしているだけで一時的に滞在するだけです。だから別に孤児というわけではないんです」

「んん?どういうことだい?」


 アッシュはいまいち理解できていない。

 とはいえ、ヨハン達の事情を知っていなければこの返答では誰も理解できない。


「ええっと、どう言いますか」


 どう答えたらわかってもらえるのか悩む。


「簡単に言いますと、僕の面倒を見てくれている人が帝都に立ち寄っただけで、いつ帝都を離れるのかはわからないんですよ。まぁその間知り合いの孤児院を使わせてもらうだけでして」

「面倒を見てくれている人って?師匠か何かかい?」

「師匠? まぁそうですね」


 師弟関係だというのはラウルも認めていたこと。


「なるほど、ならその師匠もかなりの腕前だろうな。君がそれだけの強さなのだから」

「……ははは。そうですね」


 それが剣聖ラウルだと言えばこの人が一体どれだけ驚くのだろうかと想像すると苦笑いしかできなかった。


「(きっと想像もしていないんだろうなぁ)」


 なら言わなくても良いことを言う必要もないと判断する。


「そうか。なら仕方ないか。一日に二度も振られることになるとはね」


 残念そうに肩を落としているアッシュを見て申し訳なさが込み上がった。


「あっ」

「ん?」


 ヨハンの声に反応したアッシュは不思議そうにヨハンを見る。


「いえ、アッシュさんさえ良ければですけど、僕が帝都にいる間だけでも良ければお手伝いさせて下さい」

「いいのかい?その師匠は?」

「あぁ、その……実は…………師匠の手が空くのがいつになるのかわかりませんので、好きに過ごして良いと言われているんです」

「ふむ」

「だから短い期間だと思いますがお手伝い程度でしたら。僕も帝都のことに詳しい人に色々と教えて欲しいので」


 その言葉を聞いたアッシュは表情を明るくさせた。


「本当かい?」

「はい」

「そうか、助かるよ。ありがとう」


 グッとヨハンの手を力強く握る。


「あっ、でも、えっと……まだ妹?がいるんです」


 そういえばニーナのことを伝えておかないといけなかった。

 当然置いて行くつもりもないが、仮に置いていかざるを得ない状況にでもなろうものなら憤慨するのは目に見えている。


「ほぅ。君の妹か」

「まぁ……。それで、きっと妹も付いて来たいと言うと思うんですけど、良いですか?妹もそれなりに強いので」

「うーん、それはどうだろうな。君の腕前はさっき見たが、妹に関しては一度見てから判断してもいいかい?」


 訝し気な目で見られた。


「はい。それで大丈夫です」


 さっき程度のことで認めてもらえるのなら、ニーナなら間違いなく認めてもらえると断言出来る。


「では詳しい話は明日ギルドで話そうか。仲間とも待ち合わせをしているのでね」

「わかりました」


 そこでアッシュは立ち止まった。


「あとはこの道を真っ直ぐ行けば孤児院に着くはずだ」

「あっ」


 周囲の景色に覚えがある。

 そんな話をしていればもう孤児院に着く直前のところまで来ていた。


「ありがとうございます!」

「では明日の朝、九時に迎えに行くけど、それでいいかな?」

「はい、大丈夫です。お願いします」


 深々と頭を下げる。


「ではまた明日」


 そこでアッシュは振り向き、来た道を戻っていった。


「どうせギルドには顔を出す気だったし、丁度良いな」


 見知らぬ土地で一から調べるよりも、帝都を拠点にしている人と行動をした方が情報は集まり易い。


「あとでニーナにも話さないと」


 ラウルの手が空くまでの間、翌日からの過ごし方が決まり、ニーナも喜んでくれると期待感を膨らませて孤児院に帰って来たのだが、帰るなりニーナとミモザに怒られる始末だった。


 理由は明確。

 簡単な買い物を迷子になって予定よりも大幅に遅れて帰って来ている。


「お兄ちゃんおーそーいーっ!おなかすいたー!」

「まったく。どこほっつき歩いているのかと思った」


「……ごめんなさい」


 ミモザには心配され、ニーナにはご飯が遅れたといった具合で怒られることになった。




 ◇ ◆ ◇


「ちょっとカレン!どうしてボクの名前を名乗ったのさ!」


 大通りを城の方角に向かって行く銀髪の白いローブの女性、カレン・エルネライ皇女。

 その肩に乗る羽のある小さな存在セレティアナ。


「だってあんな軽薄な男に名乗りたくなかったのよ」

「だからって、偽名なら他にも適当なのあったでしょ」

「いいじゃない別に。ティアの名前、セレティアナはほとんど知られてないんだし。それよりも、ミモザさんが兄さんはもう城に帰ったっていうじゃないの!早く帰らないと!」


 兄ラウルを驚かすために孤児院に向かったのだが、ラウルはもう既にいなかった。


「もうっ、仕方ないなぁカレンは」

「(それにしてもあの子、かなり強かったわね)」


 近道のつもりで迷い込んだ路地裏のせいで孤児院に辿り着けなかったのだが、同時にヨハンの顔を思い出す。

 セレティアナが溜め息を吐く中、カレンは一目散に帝国城に帰っていった。



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