第百八十四話 孤児院
中央の大通りの中から一本中に入った道。
住居が多く構えたその中を歩いて進んでいく。
そうして少し歩いたところで開けた場所に出た。
そこはさっきまで見て来た帝都の中にしては風変わりな景色がある。石畳の多い帝都内の中で異色に見えるのは、その広場には自然と変わらない程度の土が敷かれており、木々に囲まれた中の中央に大きな教会が建っていた。
木々が陽の光を遮らない程度に建物は建てられており、建物の前には何人かの子どもが土に落書きをして遊んでいた。
「あれ?」
「お兄ちゃんたち誰?」
ヨハン達に気付いて顔を上げる子ども達。
その表情は怪訝な様子を見せている。
「ミモザはいるか?」
ラウルが尋ねた。
「あっ!ミモザお姉ちゃんの知り合いだね!」
「わたし呼んでくる!」
女の子が小走りで建物内に走っていく。
「ミモザさんっていう人がここのシスターなんですか?」
「ああ」
少し待っていると、白を基調とした修道服に身を包んだ茶色の髪の若い女性が歩いて来た。
「あら?もしかしたらと思っていたけどやっぱりラウルじゃない。久しぶりね。急にどうしたの?」
「突然すまんなミモザ。ちょっと子どもを預かって欲しくてな」
「ええそうよね。あなたが来るってことは大体そうだもの」
ミモザはラウルの背後を覗き見るとすぐさま表情を一変させる。
「えっ!?」
そのまま視線をラウルに戻した。
「子どもって…………もしかしてこの子達全員? 三人も?」
「(あっ。僕たちも入ってるんだ)」
そう思われても仕方ない。
どうやらミモザはヨハンとニーナも孤児院で預かる子だと勘違いしている様子が窺える。
「違う違う。この一番小さな子一人だけだ」
「そうなの?別に三人でもいいのよ?」
「いや、こっちは俺が面倒を見ている」
「あなたが?それってどういうこと?」
ミモザは首を傾げて疑問符を浮かべた。
「まぁいいわ。こんなところで立ち話もなんだし中に入ったら」
詳しい話を聞こうとミモザは建物内に身体を向ける。
「あたし難しい話は別にいいからアイシャちゃんと外で遊んでいてもいい?」
「あーうん。別にいいですよねラウルさん?」
「そうだな。アイシャのことはこっちで話をしておくから他の子に紹介しておいてくれ」
「はーい。じゃあいこアイシャちゃん」
「う、うん」
ニーナがアイシャの手を引いて他の子に声を掛けに行った。
そうしてラウルと二人、ミモザに案内されるまま孤児院の応接間に通される。
部屋の中、窓際には机が置かれてあり、壁際にある本棚には古い本が差しこまれていた。
「とりあえず座って」
ミモザに促されるまま中央の椅子に腰掛ける。
「で、ほんとにさっきの子。アイシャって呼んでたわね。あの子だけでいいの?」
「ああ。あの子はこの間焼け落ちていた村の中で助け出した子で行き場を失くしてしまっていてな」
「……そう」
アイシャを連れてここに来た経緯を簡潔に説明した。
見つけた当時の話を聞いたミモザは小さく「ひどい話ね」と呟くと息を吐く。
「はぁ。まったく。ちゃんと言わないとわからないじゃない。私はてっきりそっちの子と合わせて三人かと思ったわよ。まぁいいわ。あの子のことは任せて。あなたが連れて来るのはいつものことだからね」
ミモザと目が合うとニコリと微笑まれた。
「それで?その子はどういう子なの?」
そのままミモザはラウルに視線を戻す。
「こいつはヨハンといってな。まぁ弟子のようなものだ。で、さっきの女の子はヨハンの付き添いで付いて来た」
「へぇ。あなたが弟子を取るだなんて珍しいこともあるのね。それはつまりそれだけその子に素質があるってことよね」
「まぁそういうことだな」
ラウルとミモザが軽快に会話をしているのを聞いていてふと疑問が浮かんだ。
「あの?」
「なぁに?」
ミモザのラウルに対する気安さはとても一般人がするものとは思えない。ラウルは帝位継承権を持ち、剣聖でもあるのだからこれほどまでに気安く接することなど通常できるはずがない。
「いえ、そのミモザさんって……その、ラウルさんとどういう関係の方なのですか?」
一体この女性は何者かと思い問い掛ける。
「ど、どういう関係って、どうもこうもないわよ!いきなり何を言ってるのよこの子は」
ヨハンの質問を受けた途端にミモザはあたふたして赤面させた。
「ああ、こいつ、ミモザとは古い付き合いがあるんだ。まぁ古いといっても付き合いとしてはミモザもアイシャと同じようなものでな」
「同じようなもの?」
「ああ。ミモザは帝都の生まれではない。俺が旅をしていた時に助けた」
「そうなんですね」
「あっ、そっち?」
「ん?」
僅かにミモザに視線を向けるラウル。
「なんでもないわ。ええそうなの。もう随分と昔の話だけどね」
ミモザはかつてラウルが旅をしている時に出会っている。
当時少女だったミモザもアイシャと同じように天涯孤独の身だった。偶然放浪していたラウルが魔物に襲われていたミモザを助けたことがそのきっかけ。
そうして連れて来られた帝都で孤児院に預けられることになる。
当時孤児院は老神父が管理していた。周囲は似たような境遇の子ども達ばかり。
老神父はミモザが成人した頃、数年前に亡くなってしまっていたのだが、そのまま他の子ども達の面倒、世話はミモザが引き継いで見ていた。
「あの、すいません。嫌なことを思い出させたみたいで」
「何を子どもが大人に気を遣ってるのよ。もう昔の話よ」
笑いながら手をひらひらとさせるミモザ。
「それよりも、この子達はどこから連れて来たの?」
「それがだな。こいつはアトムとエリザさんの子なんだ」
「えっ!?」
ミモザは目を見開き驚愕を示す。
「アトムさんとエリザさんの子?この子が?」
驚きのままヨハンを見た。
「父さんと母さんを知ってるんですか?」
「え?まぁ向こうは覚えてないかもしれない程度に私が一方的に知っているだけだけどね」
笑顔で答えるミモザ。
「あれはね……――」
それから当時のミモザの話を教えてもらう。
スフィンクスが帝都に訪れた際にラウルに紹介されただけの間柄。当時まだ子どもだったミモザは伝説に語られる前のアトム達をその目にしていた。




