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第百八十三話 帝都

 

 翌日。


 帝都に着く予定のこの日、ガラガラと馬車を走らせる中、眼前には大きな崖のある山が見えた。


「す、すげぇ」


 馬車の手綱を引きながらロブレンはゴクッと息を呑む。


「ふわぁぁぁ」

「おっきいねぇ」

「うん」


 呆気に取られるアイシャと嬉しそうなニーナ。


「あれが帝都。王都と同じぐらい大きいな。それに――」


 あまりにも壮大な規模のカサンド帝国の首都。


「ラウルさん、でもどうして帝都はあんな場所にあるんですか?」


 それでも王都との決定的な違い、崖の下には切り開かれたかのような堅牢な外壁に囲まれている巨大な街並み。


「あれは敵国からの侵攻を限定するためにある。あの位置だと四方を取り囲まれることがないから籠城する分には抜群だからな」

「へぇ。なるほど」


 確かに奥に見える城の背後、聳え立つ巨大な崖の上からの急襲など、滑り落ちるというよりも垂直落下。それは命を捨てる行為に等しい。


「まぁ当時の話で今は平和なものだがな」


 城塞として使っていたのは昔の話。

 今となっては街の構造のその珍しさから観光客を呼び込む役割を兼ねている程度。


「どれぐらい前まで戦争をしていたんですか?」

「大きな戦争はだいたい二百年ぐらいまえだな。それからは領地の反乱を鎮圧する程度の小さな小競り合い程度だからな」

「シグラム王国とは違うんですね」

「それは土地によりけりだな」


 シグラム王国は大陸の端にあるのに対して、カサンド帝国は内陸側にあるので他国からの侵攻にあっていたのだという。

 そんな話をしながら木々に挟まれた街道を馬車は差し掛かった。


「待てッ!」


 突然木々の上からいくつもの影が地面に降り注ぐ。


「わっとっ!」

「ヒヒーン!」


 ロブレンは驚き、慌てて馬の手綱を引いて馬車を停止させた。

 前方にはフードを頭まで被った黒ずくめの人間が何人も立ち塞がる。その十人以上。


「まさか野盗!?」

「お兄ちゃん!いくよっ!」


 慌てて馬車から飛び降りて身構えた。


「いや待て。コイツらは違う」


 続けてラウルも降りてきて、ヨハンとニーナの前に立つと腕を水平に伸ばして制止する。


「えっ!?あなたはラウル様!?」


 ラウルの姿を確認するなりその中から一人がずいっと前に出てきてラウルに声を掛けた。


「その声、お前シンバか?」

「はい。僕です。シンバです」


 シンバと呼ばれた男はフードに手を掛け、顔を見せる。

 ラウルと同じ年頃で長い黒髪の男。


「ご無沙汰しておりますラウル様」

「久しぶりだな。どうした?こんなところで追い剥ぎみたいな真似をして」

「ち、違いますよ!」


 苦笑いしながら手を振り否定した。


「追い剥ぎだなんてそんなわけないじゃないですか」


「ラウルさん?この人たちは?」

「ああ。こいつらは帝国の暗部だな」

「暗部?」

「ああ。暗部というのはな……――」


 カサンド帝国における暗部は帝国内外における諜報活動、表に出てこない情報も集めるといったことを任務にしている。

 機動性に優れ、機密保持の厳守が出来る優秀な人材を配置するのが暗部なのだが、シンバはその部隊の隊長を務めていた。


「(その暗部の人がどうしたんだろう?)」


 不思議そうにシンバを見るとシンバを目が合うのだがシンバはそのままラウルに視線を戻す。


「何かあったのか?」

「いえ……」


 ラウルの問いに対してシンバはチラリとヨハンとニーナにロブレンを見た。


「どうやら聞かせられない話みたいだな。とりあえずどういうわけか話を聞いて来る」


 そのシンバの表情が思わしくない。

 ラウルがシンバに近付くとシンバはラウルに小さく耳打ちする。


「実はですね……――」

「――……そうか」


「なにを話してるんすかね?」

「さぁ?」


 シンバの言葉を聞くラウルは表情を険しくさせていた。


「っていうか、さすがにA級冒険者ともなるとそんな暗部とかにも一目置かれるのかぁ。こりゃあ自分はほんとについてたみたいっすね」

「……そうですね」


 未だに勘違いしているロブレンをどうしたものかと思うと苦笑いしか出来ない。


「待たせたな」


 シンバと話を終えたラウルが戻って来る。


「どうしたんすか旦那?」

「いや、なんでもない」

「そうっすか?」

「それでラウルさんはこれからどうするのですか?」


 用件はわからなくとも、恐らく立場上それは必要なこと。急用が入ったのなら仕方ない。

 もう帝都は目の前なのだから孤児院の場所さえ聞けばあとは自分達でなんとかするつもりでいた。


「いや、気にしなくていい。元々城にはあとで顔を出すつもりだったからな」

「そうですか?わかりました」


 それほど急を要する用事でもなかったのか、ラウルは意に介している様子を見せない。


「ではラウル様。自分達はこれで」

「ああ。気を付けてな」

「はい」


 シンバ達はその場から瞬時に姿を消す。


「なんかよくわかんないですけどもういいみたいですね。じゃあ出発しますよ」

「ああ」


 疑問符を浮かべながらも深く考えずにロブレンは馬の手綱を握った。



 ◇ ◆ ◇


 再びガラガラと馬車を走らせていくと帝都が目の前に来る。


「着きましたぜ」


 見上げる程の外壁が続いているのは王都とそれほど変わらない。


「じゃあ自分は入都手続きがありますので」


 ロブレンはもういくらか慣れてきたその手続きを済ませ、そのまま中に入ると思わず目の前に広がる圧巻の光景に目を奪われた。


「中も凄いねぇ」

「う、うん」

「ほんとに凄いや」


 平地に作られた王都と違い、帝都は外壁の門からその奥にかけて一直線に伸びた広大な道がある。

 その一番奥、最奥には巨大な城が街を見下ろすように作られていた。


「あの城に住んでる人は偉そうっすね」

「そう思うか?」

「だってわざわざ見下ろすように作られているんすよ?でも自分もいつかあんなところに住んでみたいっすね」


 小さく溜め息を吐くロブレン。

 あそこまでとはいかなくとも、豪邸を構えるぐらいの暮らしに夢を見る。そのためにはこれから帝都で情報を集めなければならない。


「じゃあ自分は商業ギルドの方に行っていますので護衛報酬に関してはあとでギルドから受け取っておいてください」

「わかった。こっちはとりあえず孤児院に顔を出してくる」

「そうしてあげてください。あのお嬢ちゃんも早く落ち着きたいでしょうしね」

「ああ。護衛はここまででいいな?」

「ですねぇ。ほんとは帰りもお願いしたいところなんですが、しばらく滞在するんでしょ?」

「そうだな。大体四か月程度で考えている」

「かあっ。なら都合合わないっすねぇ」


 ロブレンは次に帝国の特産品を王都に運ぶつもりでいた。

 見識を深める為に帝国の事情を調べるつもりらしいのですぐさま帰るようなとんぼ返りというわけにはいかないがさすがにそれだけ長期に滞在するつもりはない。


「仕方ねぇっすね。帰りは正規の料金で護衛を雇って帰りますよ。さすがに一人だと気が抜けなさ過ぎておっかないんでね」


 ここまでの道中はA級冒険者のラウルがいたことで安堵してしまっている。


「そうした方が賢明だな」

「じゃあまた機会がありましたらご贔屓にしてくださいな」

「ああ」


 ロブレンが手を差し出し、ラウルが握り返すとガシッと握手を交わした。


「じゃあ坊ちゃんに嬢ちゃんも助かったよ」

「はい。ロブレンさんもお元気で」

「じゃあねぇ」

「アイシャちゃんも元気で生きなよ。生きてりゃ世の中良いこともあるさ」

「……はい」


 アイシャもそれに合わせて小さく頭を下げる。


「そうそう。坊ちゃんたちは将来俺が大商人になったら専属護衛にしてやってもいいけどな」

「えー。いらないよぉ。っていうかロブレンさんには無理だと思うなぁ」

「ひゃあ。相変わらず嬢ちゃんは厳しいな」


 ヒクヒクと苦笑いするロブレン。


「まぁとにかく自分はもういきますわ」

「ああ」


 そういって御者台に飛び乗ると手をひらひらとさせて帝都の中で馬車を進めていった。



「うーん。あの人商才ないと思うんだけどなぁ」


 馬車を見送りながら口を開くニーナ。


「わからんぞ。誰がいつどこでどういう幸運を引き当てるかもわからん世界だからな」

「でも確かにあの人、嘘つけなさそうですけど?」

「正直者がバカを見ることが多いのが商人だからその辺りは仕方ないな。まぁそういうのも含めてこれから覚えていくだろ。あいつは根が悪いやつではないからな」

「ですね」

「とにかくまずは孤児院に向かうぞ」

「はい」


 ラウルに案内されるまま帝都を歩いて行く。

 孤児院は帝都の東の端にあるそうで、大通りを通り途中の道を横に入って行くのだと。


 そうして周囲に目を奪われてしまうのは、つい王都と比べてしまう程に大きなその街並み。

 土の道が多かった王都に対して帝都は石畳が敷かれており、家屋も石造りが多い。


「こうしてみると全然違うね」

「うん」


 それなりの感動を抱きながらふとニーナ達に視線を送ると、ニーナの隣で手を繋いで歩くアイシャの目が輝いている姿が視界に入った。


「どうだ?帝都も中々に立派なものだろう?」

「は、はい!びっくりしました!」

「他の国の首都もこれぐらい立派なんですか?」


 ヨハンの問いにラウルはしばし考え込む。


「そうだなぁ。他には……――」


 と歩きながら、口を開く。


「俺が知っているのは、規模は大きいのはそれほど多くはないが珍しいのはあったな」

「珍しいの?」

「ああ。険しい山の頂上に作られた城や、湖の中央の島に据えられてたり砂漠のオアシスに作られている宮殿など、変わったところに作られたものもあったな」

「へぇ」


 世界各国、文化や土地に応じた建物の違いを簡潔に話して聞かせてくれた。

 その中にはまるで絵本や御伽噺にあるようなものも実在しているのだと。


「お兄ちゃん!あたしそれ見に行きたい!」

「そうだね。僕も見たいから卒業したら一緒に行く?」

「うん行くっ!絶対に行く!約束だよっ!?」


 笑顔で力強く返事をするニーナ。


「わ、わかったから。そんなに近付かなくても大丈夫だよ」


 これだけ目を輝かせる程に期待させてしまったのだろうか。


「(あっ。でもその前に父さんにニーナのことがどういうことなのか聞かないといけないなぁ)」


 勝手に連れていってしまってもいいのかどうなのかわからない。いくらかの疑問を抱くのはニーナのこと。

 父アトムがニーナの父とどういう関係性だったのか。それにどうしてニーナの面倒を見ることになっているのか疑問が残っている。


「なんかここまで来ると普通に終わりそうにないんだよなぁ」

「ん?なに?お兄ちゃん」

「ううん。なんでもないよ」


 人伝に聞く話ばかりだが、段々と冒険者アトムを理解して来た。

 相当な無茶をする人物なのだということ。

 それが指し示す意味は、恐らくニーナのことはそれほど簡単に終わらない気がした。



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