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第百八十一話 推測

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 馬車の荷台にロブレンも加えた四人が黙って座っていた。


「いいよ。ゆっくりでいいから。話せるようになったら教えてね」


 少女が自分で口を開くのをただただ待つ。


「(かあっ。ダメだダメだ。俺にはこの重たい空気に耐えられねぇ)」


 ロブレンは無言で立ち上がった。

 大きく伸びをして、小さく息を吐く。


「(大体なんで俺がこんな話を一緒に聞かなくちゃなんねえんだ?よくよく考えると俺には関係ないじゃないかよ。すまんな坊ちゃんに嬢ちゃん。あとは任せた!)」


 吹き慣れない口笛を吹きながらロブレンは御者台の方に戻っていった。

 再び沈黙がその場を支配する。


「無理なら無理で大丈夫だからね」


 少女はゆっくりと小さく頷く。

 それから少しの時間を空け、少女は僅かに唇を震わせた。


「――……あ」


 震える唇でなんとか口を開こうとする。


「あ、あの……ヨハン、さんに……ニーナ、さん?」


 少しの間時間を掛けてようやく少女は口を開いた。


「うんそうだよ。君は? 良かったら名前、教えてもらってもいい?」

「…………あ、アイ、シャ」


 戸惑いながらも少女は自身の名前を名乗る。


「そっか。アイシャだね」


 俯き加減のアイシャの様子を見ながらゆっくりと声を掛けた。


「質問……しても、いいかな?」

「……う、うん」


 ヨハンの問い掛けに対して、アイシャは上目遣いにヨハンの表情を確認しながら小さく頷く。


「あのね、僕たちがアイシャを助けたのは偶然なんだ。村から煙が上がっているのが見えたから慌てて駆け付けてね。だから何が原因であんなことになったのかわからないんだけど、アイシャは知ってるの?」


「ううん。わからない」


 アイシャは小さく首を左右に振った。


「……そっか。なら、辛い事を思い出させると思うけど、アイシャがどうして地下にいたのか、教えてもらってもいいかな?」


 何もなければ地下になど入る必要などない。何かしらの出来事が起きたからこそアイシャは地下に身を潜めていたのだろうから。


「わ、わたしが、地下に、潜っていたのは……――」


 それからアイシャは知っている限りの村に起きた出来事を話し始める。


「――……今日は、いつもと、うん、いつもと同じ、全く変わらない日だった」


 穏やかな日。

 晴天の中、いつも通り村の大人は農作物の手入れや収穫に勤しんでいた。


『おかあさん。今日は何を手伝ったらいい?』


 家の中で母親の手伝いをしていたアイシャもそれもいつも通り。


『そうねぇ。もうお昼ご飯作る時間だから…………あっ。じゃあ床下にある保存食、ジャモイモを取って来てくれない?』

『わかった。ジャモイモだね』


 床下収納に当たるその場所。

 温度の低い地下に保存の効く食材を保管していた。


「それで、わたしは地下に降りたのだけど……」


 思い出す様に口にし始める。


『あった。これだね』


 ジャモイモを手に取り、梯子に足を掛けて上に上がろうとしたところで不意に扉が閉められた。


『えっ?』


 バタンと扉が閉まったことで思わず混乱する。


『アイシャ』


 直後に母の声が聞こえてきた。


『おかあさんこれじゃわたし出られないよ!』


 早く開けてもらおうと慌てて声を掛ける。


『いいからアイシャはここにいなさい!』

『えっ!?』

『絶対に出てきたらダメよ!』

『どうしたのおかあさん?』

『村の様子がおかしいの。ちょっと見て来るわ』

『おかあさん!? ねぇおかあさんってば!』


 扉をドンドンと叩くのだが、アイシャの声は届かない。

 パタパタと足音が玄関方向に遠ざかっていくのはわかった。


『いったいどうしたの? 何が起きてるの?』


 どうしてこんなことになっているのか理解できない。


『なに?この音? あ、頭が、痛い……』


 不意に小さく何かの音が聞こえてきた。

 頭痛がする中、頭を押さえながらもそっと扉に耳を当てて音の原因を探ろうとしたところ――――。


『きゃあああああああああ……――――』


 突如聞こえてきた声、その悲鳴は母の叫び声だった。


『えっ?』


 どうして母の悲鳴が聞こえるのか。


『おかあさん!おかあさん!どうしたの!なにがあったの!?』


 それからもドンドンと扉を叩くのだが、誰も扉を開けてくれない。


『早く火を消せッ!』

『そんなことよりも逃げないと!』


『ぐわぁあああ』


 アイシャの声が届くどころか、聞こえて来る声はどれも逃げ惑うような叫び声のみ。


『なに?火事?それにしてはなんだか変よね?』


 外の状況が全くわからない。


『――熱っ!』


 叩き続けた扉なのだが、次第に扉は熱を帯びてとても近寄れなくなる。

 熱から逃げる様に慌てて身を屈めた。


『なにが……どう、なってる、の……――』


 そうしてそのままアイシャは意識を失い、その場に倒れてしまった。


「――……そう、なんだ」


 話し終えたアイシャにどう声を掛けようか迷う。

 アイシャから教えて貰った状況からして、自分達が駆け付けたのはそれからしばらく後、それほど多くの時間が経ってはいないのだということはわかる。



「ねぇ。わたしの村、どうなってた?」

「あっ…………」


 戸惑いを見せながらも目が合うアイシャの瞳には受け入れようとしている覚悟が見られた。

 生存者がアイシャ一人だけだということは伝わっている。


「……さっきの、ラウルさんって人なんだけど、あの人が言っていたように、村は全部焼け落ちていたよ。助けられたのはアイシャだけなんだ」


「…………そっか。うん。そうよね」


 アイシャにもわかっていた。ただもう一度確認したかっただけ。


「あのさ、アイシャ」


 声を掛けるとアイシャは無言でヨハンを見る。

 その瞳に複雑な感情を抱いて。


「その、凄く怖い思いもそうだけど、その地下にいる時に他に何か変わったことは起きなかった?」

「変わった……こと?」


 ヨハンの問い掛けの意味をアイシャは咀嚼した。


「別に……いつも通りの日で、ほんとにいつも通り。村の人達の叫び声が聞こえた事以外は、その前になんだか鈍い音が響いていたことぐらい、かな?」

「鈍い音?」

「うん。さっきお姉ちゃん達が聴かせてくれた音とはまるで真逆の、なんだか変な、歪って言ったらいいのかな。そんな感じの音」

「変な歪な、音……か」


 これまでも壊滅した村の原因は明らかにされていない。

 魔物でも野盗でも、そのどちらでもないとされている。原因を究明することができるヒントになり得るのはアイシャが聞いたという歪な音のみ。


「(――……それって、まさか!?)」


 僅かに思案に耽るのが、持ち得る情報の中でそれを可能にする何かがあるのだとしたらヨハンに思いつくのはたった一つしかなかった。


「(もし人と魔物、そのどちらもがあるのだとすれば?)」


 人と魔物の二つが結託することがあれば村人を逃がす事無くそれを実行することができるかもしれないと脳裏を過る。


「ごめんニーナ」

「ん?」

「ちょっとラウルさんと話したい事があるんだけど、アイシャをお願いしても良い?」

「別に、いいけど」


 疑問符を浮かべながら小首を傾げるニーナ。


「じゃあお願い」

「うん。わかった」


 そうして荷台を降りてラウルを探しに行こうと岩陰から出た。


「どうした?そんなに慌ててどこに行くんだ?」


 そこへ丁度ラウルが戻って来る。


「ラウルさん。実はアイシャ、あの女の子なんですけど、あの子が話したことでどうしてもラウルさんと話したいことがあって探しに行こうとしてました」

「俺に話したい事?」

「はい」


 真剣な眼差しでジッと見られることにラウルは疑問符を浮かべた。


「(もし、僕の考え通りだとしたら、もしかしたらこの件にはシトラスが関わっているかもしれない)」


 ヨハンが辿り着いた回答。

 それは魔物を召喚する魔道具。

 かつてオルフォード・ハングバルム伯爵が使用したサイクロプスを呼び出したその笛の魔道具。


 あくまでも可能性の話だが、アイシャが聞いた歪な音にヨハンも覚えがある。あのなんとも言えないその音は言葉で表現するのは難しい。



「その様子だと何かわかったようだな」

「いえ。わかってはいません。ただ……」

「ただ?」

「はい。本当にもしかしたらですが、それが起こせる可能性があるかもしれません」


 そうしてヨハンは知り得る限りの王国での出来事とシトラスのこと。それに笛の魔道具のことをラウルに話して聞かせる。


「――……そんな魔道具があるとはな。冷静に考えてもそれはあり得ないことだが、仮にその話が真実だとすれば今回の件と合わせて考えると一概に否定もできないな」


 どれくらいの規模なのかわからないが、人間が意図的に逃げ道を封鎖すれば壊滅することもあり得る。


「わかった。一応覚えておく。帝都に着いたら色々と調べさせてみる」


 未だに信じられないでいるラウルなのだが、ヨハンにはどうにも無関係には思えなかった。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 ラウルと二人で戻ったところ、ニーナに問い掛けられる。


「あとで話すよ」

「んん?」


 アイシャはこれだけ怖い思い、悲しい思いをしたのだ。その原因が理解の及ばない話になっては変に不安がらせることになってしまう。


「(この子に聞かせない方がいいだろうしね)」


 そんな必要もないと考え、ニーナにはまた別の機会に話して聞かせることにした。



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